/ ´,_ゝ`\初心者のための富士山登山入門136m (ワッチョイ無) [転載禁止]

1 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 07:26:20 ID:
【アフィサイトへの転載・誘導禁止】

富士山は、夏の暑さと冬の寒さを一日で体感する過酷な環境です。
>>2~のテンプレを参考に「余力を残して登頂・余裕を持って下山」でご安全に。


■ ご覧の皆様へ
登山キャンプ板にはブログ宣伝荒らしや業者が常駐しています。
http://matsuri.2ch.net/test/read.cgi/out/1500267844/1
「wi1d28jp」(栗城ハンター)などの悪質スパムは踏まずにNG登録を。
踏んでしまった人は関連cookieを削除し、ネットショッピングは別ブラウザから。

■ 普段から対策を!
ブラウザにadblockやuBlock導入+国内フィルタ全部載せが推奨です。
スマホは広告ブロッカーも多いのでお好みのものを(フィルタ追加できるものが効果的)。
勝手な広告やスパイウェアをブロックして安全で快適なネットライフを♪
スマホ通信量の節約、時短にもなります。


※前スレ
127m https://2ch.live/cache/view/out/1502426392
128m https://2ch.live/cache/view/out/1504257381
129m https://2ch.live/cache/view/out/1505654412
130m https://2ch.live/cache/view/out/1505746304
131m https://2ch.live/cache/view/out/1506049117
132m https://2ch.live/cache/view/out/1511685239
133m https://2ch.live/cache/view/out/1512444556
134m https://2ch.live/cache/view/out/1512518697
135m https://2ch.live/cache/view/out/1512657195

2 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 07:26:43 ID:
 
開山期間は山梨県側で7/1~9/10。静岡県側で7/10~9/10です。
初心者が登れるのは山小屋が営業する期間に限られます。
  
初冠雪(積雪)は例年10月初旬ですが、9月でも降雪の可能性があります。
10月以降、風雪と強風に磨かれカチカチに凍った急斜面は氷の滑り台のようになります。
毎年のように滑落事故があります、十分なご注意を。
 

3 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 07:27:02 ID:
 
高度が100m上がるごとに気温は0.6℃下がり、風速1m/sごとに体感温度は1℃下がります。
富士山では台風並みの強風が吹くこともあり、夜明け前の山頂は真冬のような寒さに、体感温度は氷点下になります。
冷えた体を温めるために多くのエネルギーが消耗され、真夏でも低体温症や疲労凍死のリスクがあります。
万全の準備で臨みましょう。  
 

4 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 07:27:19 ID:
 
5ちゃんねるの書き込みは、釣りや冗談、初心者以下の知識で語る人や受け売りも多いので気をつけましょう。
また、各種業者のステマやアフィリエイト目的のブログ誘導などにも注意、まずは対策から>>1。  
「自分はこれで大丈夫だった」「他の人もこうしてる」という話は鵜呑みにせず、信頼できる情報源から総合して慎重に判断しましょう。
 

5 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 07:27:38 ID:
 
■リンク
(公共性の高いものを抜粋。不適切サイト、推奨サイトお知らせください)

・富士登山オフィシャルサイト
ttp://www.fujisan-climb.jp/
・静岡県「世界遺産 富士山とことんガイド」
ttp://www.fujisan223.com
・環境省「富士箱根伊豆国立公園」
ttp://www.env.go.jp/park/fujihakone/data/index.html
・富士山ガイド.com(富士吉田市)
ttp://www.fujisanguide.com/forms/top/top.aspx
・富士宮市「富士山」
ttp://www.city.fujinomiya.lg.jp/fujisan/index.html
・御殿場市「富士登山」
ttp://www.fujisan-climb.jp/hospitality/resource/link.html
・小山町「富士山」
ttp://www.fuji-oyama.jp/kankoubunka_mtfuji.html
・山梨県警察「富士登山情報」
ttp://www.pref.yamanashi.jp/police/p_tiiki/sangaku/fujitozan.html
・静岡県警察「夏の富士登山情報」
ttp://www.pref.shizuoka.jp/police/kurashi/sangaku/fujitozan/index.html
・富士山五合目観光協会
ttp://www.fujiyama5.jp
・フジヤマNAVI 
ttp://www.fujiyama-navi.jp/fujitozan/
 

6 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 07:27:57 ID:
 
■富士山の天気
 
・気象庁HP
ttp://www.jma.go.jp/jp/yoho/
・富士山の天気 - 日本気象協会 tenki.jp
ttp://www.tenki.jp/mountain/famous100/5/25/150.html
・snow-forecast.com
ttp://www.snow-forecast.com/resorts/Mount-Fuji/6day/top
・富士山山頂の天気 - てんきとくらす
ttp://tenkura.n-kishou.co.jp/tk/kanko/kad.html?code=19150004&;;amp;amp;amp;amp;;;type=15&;;amp;amp;amp;amp;ba=kk
 

7 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 07:28:15 ID:
 
■気象について

雨の日に登っても楽しくありません。天気が悪ければ延期する決断を。予報が晴れでも、夏は局地的な夕立や雷雨があります。
雨具や荷物の防水も忘れずに。降水確率と雨量は無関係です。確率が低くても大雨ということも。 
風の強さも確認を。天気概況で「大気の状態が不安定」「急変する恐れ」「雷を伴い」と予報されていたら、登山は中止してください。
冷たい風が吹き降ろしてきたら夕立の合図です。降り出す前に雨具を着用しましょう。
 

8 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 07:28:36 ID:
 
■装備 ◎必須○有効△状況しだい×余計な荷物
 
◎ザック....防寒着が嵩張るので、30~35㍑が適当
○ザックカバー.雨のとき被せる防水カバー。砂埃除けにも
○スタッフバッグ ..小物をまとめ、パッキングが楽に。電子機器、着替えなどは防水袋へ
◎登山靴....防水のミドルカットが最適。ハイカットは必要ないが、スニーカーはNG
◎雨具.....予報にかかわらず必要。ポンチョ、100円雨合羽はNG。傘は不可。強風で雨が下から
吹き上げるので、上下セパレートタイプが必須。強風時はウィンドブレーカーとして使える
◎ヘッドランプ.日帰りでも下山遅れに備えて必ず必要。予備の電池も忘れずに

◎帽子.....風に飛ばされない対策を。ご来光待ち用にニット帽も
◎サングラス..目も日焼けする。安物はレンズに歪みがあるのでNG
◎手袋.....軍手と防水の手袋を別々に。転倒時に怪我をしないように、下りでは必ず着用
◎防寒着....夜明け前は真冬並みの寒さ。ダウンなど、脱ぎ着しやすいものを
◎長ズボン...伸縮性の物が良い。ジーンズは濡れると動き難くNG。半ズボン、短パンは、風が吹くと寒い
◎化繊の下着..必ず100%のものを。綿は濡れると乾きにくく、体温を奪う
◎中厚手の靴下.長時間歩行のクッションとして。柔らか過ぎず、網目が密でしっかりしたものを

◎日焼け止め..汗で落ちたら塗り直し、首筋、耳も忘れず
◎登山地図...下山時に道を間違う人が多い
◎飲み物....2~3㍑が目安だが個人差がある。怪我や目に入った砂埃を洗う真水も必要
◎救急セット..下痢止め、バンドエイド(靴擦れ対策にも)、テーピングテープ、保険証のコピーなど
◎その他....飴や干し梅など行動食を定期的に摂ろう。タオルや日本手ぬぐい。ゴミ袋

×保冷水筒...重く嵩張るのでペットボトルが良い
○保温水筒...ご来光待ち用に。山小屋でお湯を売っていれば出発時に補給
△スパッツ...砂や小石が靴に入るのを防ぐ
○ストック、金剛杖.腕の力を活かし、足(特に下りの膝)の負担軽減に有効
△その他....マスク(下山時の砂埃対策)、ウェットティッシュ、カイロ
△頭痛薬....高山病の頭痛も和らげるが、症状を隠すので却って危険という意見も
×酸素缶....吸っている間しか効果ない
 

9 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 07:28:53 ID:
 
■登山の注意点

余計な荷物は体力を消耗するので無駄は省きましょう。
といって必要以上の軽装も本末転倒です。必要品は省かず、背負える体力をつけてから登りましょう。

登り始めは靴一足分の歩幅で、ゆっくりと登りましょう。追い抜かれても慌てずに。
オーバーペースではバテます。また高所は乾燥していますから、水分は少量をこまめに。

グループで登る方は、途中はぐれないように2人以上で組んで行動しましょう。
登山中は最も遅い人のペースに合わせ、また子供には単独行動をさせないようにしましょう。
初心者は列の中央、経験者が前後で目を配りましょう。

全員が地図のコピーを持ち、どのルートで登って来たかを覚えておきましょう。
はぐれた場合の待合せ場所、下山の分岐点についても事前に確認し共有しておきます。

万一の体調不良、ケガの時は全員での下山が原則です。
体調不良は高度障害の可能性もあり、休憩や小屋待機よりもすぐに下山した方が良いケースも。
分かれて登山を続行する場合でも傷病者には必ず誰か付き添い、下山をサポートしましょう。
スケジュールが決められたツアーでは自分のペースで登れず、無理をすると高山病にかかる場合もあります。

トイレは有料のため、100円玉を用意しておきましょう。順番待ちも多いので出来るときにお早めに。

下山時は重心を軽く前へ、歩幅は小さく一足分。滑りやすいところでは足を逆八の字に開きます。
富士宮ルートの平らな岩場では岩の角に靴底の溝を掛けると滑りません。  
爪先で踏ん張らず、力を抜いて足裏全体で接地するか、親指の付け根を意識します。
 

10 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 07:29:12 ID:
 
■高山病の予防と対策
 
高山病は体質に起因すると言われ、年齢や性別、体力やスポーツ経験もあまり関係ないようです。
自己の体力を過信せず、登り始めはゆっくりと時間を掛け、身体を慣らしながら登りましょう。

息を吸う事よりも吐く事を特に意識してください。有圧呼吸法も有効とされています。
大きく息を吸い込み、2秒ほど息を止めるとともに、胸に圧力をかけるように力を入れた後、口先を
すぼめてゆっくり吐き出す。これを5~6回繰り返すと、血中の酸素濃度が上がり、楽になります。

水分を定期的に摂ることも大切です。行程の時間から逆算して必要量を算出し、計画的に摂取し
ましょう。1時間あたり、体重kg×5mlを4回ぐらいに分けて飲むのが良いそうです。(間隔や量は各自
調整してください)

・Yutaka Miura's home page:私の高山病の治療方針
ttp://www.med.nagoya-cu.ac.jp/igakf.dir/chyo_AMS.html

睡眠中は呼吸が浅くなるため、高山病になりやすいです。なるべく低い標高の山小屋を選択し、着い
てからすぐ横にならずに、しばらく身体を動かして高度に慣らしましょう。催眠成分を含有する頭痛薬
なども呼吸を浅くするため、高山病を誘発しやすいようです。

高山病になったら悪化する前に下山させるのが一番の解決策です。無理に動かしたり、引っ張って
登らせてはいけません。重篤な場合には、診療所・救護所へ助けを求めましょう。

初期症状は、頭痛、息切れ、むくみ、不眠症、食欲不振、脱力感、吐き気など。さらに、激しい頭痛、
嘔吐、空咳、 意識障害(支離滅裂なことを言う、問いかけに無反応など)になると、とても危険な状態
です。登山は諦めて付き添いの人と共にすぐに下山してください。高山病は最悪の場合死に至ります。
 

11 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 07:29:57 ID:
 
■ご覧の皆様へ

現在、前スレでは埋め立て荒らしが再発しています。
>>1の注意喚起とadblock周知を妨害しようとする者でしょうか。

ここが同様に荒らされた場合、さらに新スレを立て対処していきます。


・荒らしの状況
128m http://matsuri.2ch.net/test/read.cgi/out/1504257381/639-n
129m https://2ch.live/cache/view/out/1505654412
130m https://2ch.live/cache/view/out/1505746304
131m http://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/out/1506049117/126-n
132m http://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/out/1511685239/130-n
133m https://2ch.live/cache/view/out/1512444556
134m https://2ch.live/cache/view/out/1512518697
135m https://2ch.live/cache/view/out/1512657195

・異常者による荒らし予告
SN7P4m6n
http://hissi.org/read.php/out/20170917/U043UDRtNm4.html
YmBsHqVJ
http://hissi.org/read.php/out/20170918/WW1Cc0hxVko.html

・連投荒らしの抽出(冒頭にアフィスレへ誘導しています)
55THIflI
http://hissi.org/read.php/out/20170917/NTVUSElmbEk.html
 

12 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 07:30:17 ID:
 
ちなみに異常者はIP表示スレは荒らせないようです。
 
こちら。
 ↓
/ ´,_ゝ`\初心者のための富士山登山入門131m
https://2ch.live/cache/view/out/1505904686
 

13 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 08:46:18 ID:
本スレのテンプレを勝手に転載するのはなぜ?

14 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 08:48:46 ID:
モミの根本にブナ、イヌシデの種子が生え、宝永噴火の火山灰土
が、降雨により流亡しながらモミが成長したため、根が爪を立て
た状態で生育し、根上がりになったと考えられる。縁結びの木と
も呼ばれている。・社殿平成18年8月24日に小山町の文化財
(建造物)に指定された。宝永噴火により大きな損害を受けたが
、享保3年(1718)に再建された。その後蟻害や老朽化によ
り改修したものの、部材は享保年間(1716~36)のものが
今なお使用されている。社殿は本殿・幣殿・拝殿が連結した権現
造である。拝殿は入母屋造で千鳥破風を据え、本殿は享保年間の
遺構を残した流造りとなっている。-57-構造は、拝殿が桁行
5間・梁間2間の入母屋造で、向拝1間、正面千鳥破風付。幣殿
が桁行3間・梁間2間の両下造。本殿が三間社流造、向拝1間、
屋根は全て銅板葺きとなっている。写真社殿の写真図社殿の図面
・楼門二階建ての随神門で、上層の周囲に高欄付きの縁を巡らし
ている。北の櫛岩窓神、南の豊岩窓神が随神として配神されてい
る。宝永噴火により社殿とともに大破しており、現在のものは明
和4年(1767)随神が寄贈された当時に再建されたものと考
えられる。楼門の構造は、三間一戸楼門、茅葺型入母屋造、銅板
葺き。軒廻りは二軒繁垂木に組物は出組で、腰組も二手先として
いる。・参道大鳥居参道入口には、花崗岩の石鳥居が建てられて
いる。春日造で、額束には「不二山」と刻まれている。明治33
年(1900)に奉納された。・裏参道鳥居西側駐車場から本殿
へ至る裏参道の入口に石鳥居が建てられている。・富士塚狛犬楼
門前参道の両側に、富士塚が築かれ、その上に狛犬が置かれてい
る。・富士講講碑群明治より昭和にかけて、各地の富士講より寄
進された記念碑が多く残されている。多くは、数多く富士登山が
成就されたことを感謝し、先達や講名を高く掲げ信仰の証とした
もので、境内地の西側部分裏参道周辺に、多くの碑塔が建てられ
ている。写真富士講講碑群の写真図富士講講碑群の配置図B6河
口浅間神社図以下に示す要素が点在している平面図河口浅間神社
は、864~866年に北麓で起こった噴火を契機に、北麓でも
浅間神社が建てられることになったが、その神社で

15 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 08:49:03 ID:
が神路枚橋であるが、寛文10年(1670)の絵図では西側にのみ架けられてい
る。写真橋全体の写真絵図寛文10年の絵図B2山宮浅間神社図以下に示す要素が
点在している平面図・溶岩流地形山宮浅間神社の石鳥居から参道を経て参籠所に至
るまでの区域は北山溶岩流上に展開している。また、遥拝所が位置する小高い丘陵
は青沢溶岩流の先端部である。さらに、涸れ沢の西岸には、天母山(二子山)溶岩
流、万野風穴溶岩流で構成される丘陵地が展開する。よって、山宮浅間神社周辺に
は、籠屋付近の北山溶岩流を含め、4つの異なる溶岩流地形が広がっていることに
なる。遥拝所の基盤となっている青沢溶岩流は、約2,000年前の噴火によって
流出した比較的新しい溶岩流であるため、この部分は他の区域と比べて植生の回復
は遅れていたと考えられる。そのために、樹木等に遮られることなく富士山の山頂
まで見渡せていたため、この場所で山を遥拝する行為が行われたと考えられる。写
真溶岩流地形の写真図溶岩流の拡散している模式図・社叢目通りの幹周が3mを超
える巨木4本を含むスギ林が、約9,780㎡の社叢を形成しており、富士宮市の
保存樹林に指定されている。・籠屋(参籠所)遥拝所へ登る手前の平坦な土地に籠
屋が建てられている。籠屋は、神の宿った御鉾が浅間大社と山宮浅間神社を往復す
る祭儀「山宮御神幸」において、これに同行した大宮司以下の諸職が一夜参籠した
場所である。-53-・鉾立石籠屋をくぐり遥拝所へ続く参道に、「山宮御神幸」
で神の宿った鉾を休めるための「鉾立石」が置かれている。石は火山弾であり、籠
屋をくぐってすぐの位置に1つ、石段の手前に1つの計2つが置かれている。・石
段(参道)遥拝所が位置する丘陵へ登るための石段が組まれている。現在あるもの
は戦中もしくは戦後に改築されたものと考えられる。・石塁遥拝所の周辺約45m
四方が石塁により方形に区切られている。青沢溶岩流の溶岩塊上に溶岩礫を積み上
げて構築され、部分的に遺物を含む土層上に構築されている。石塁下から祭祀に用
いられたと思われる土師器が出土しているため、それらが用いられた

16 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 08:49:11 ID:
に別当・供僧席が設けられている。写真遥拝所の写真図遥拝所
の平面図・石鳥居境内地の南端に、石鳥居が建てられている。
昭和6年(1931)に建立されたものである。・参道石鳥居
から籠屋まで参道が続いている。B3村山浅間神社図以下に示
す要素が点在している平面図・元村山溶岩流村山浅間神社は、
新富士旧期溶岩の元村山溶岩流末端部付近にあたる。見付の間
は平地で、両見付から先は急傾斜地となっている。村山地区は
標高が高く、他の集落と急傾斜地で隔絶された一段高い場所に
位置する。・水源地(竜頭ヶ池)社叢東側に「竜頭ヶ池」と呼
ばれる湧水池があり、水垢離や生活用水として利用されてきた
。またこの湧水を水源とする村山沢は南流して渓谷を刻み神社
西側から大沢川となる。これらの水源は、村山の集落を成立さ
せた要因の一つである。・御神木(イチョウ、大スギ)[イチ
ョウ]-54-昭和43年(1968)7月2日に県天然記念
物に指定された。目通り8m、根回り9.15m、樹高26m
、枝張り東西19m南北14mで、樹勢よく乳状下垂気根の発
達も著しい。気根が数多く垂下する。気根の先端に針を刺して
祈願すると妊産婦の乳の出がよくなると伝えられ、女性の信仰
を集めていた。また以前はウロの中に大日如来が祀られていた
といわれ、現在でも祭祀でしめ縄を張る。[大スギ]昭和31
年5月24日に県天然記念物に指定された。村山浅間神社の御
神木と称される巨木である。境内の多くのスギの中で最大のも
ので目通り9.9m、枝張り東西17.5m、南北31m、樹
高47mもある。中心部には高さ8mに及ぶ空洞がある。案内
板では約1,000年の樹齢とされるが、実際にはおよそ40
0~600年と推定される。・社叢境内には胸高直径0.7m
以上のスギが39本ある。アカガシ3本、スダジイ1本などの
大樹も見られるが、裏山の大半は戦後植樹されたヒノキやスギ
である。富士宮市の保存樹林に指定されている。・浅間神社社
殿村山浅間神社社殿は、神仏分離令によって境内社富士浅間七
社を相殿として造られ、中座に木花開耶姫命、左座に大山祗命
、彦火々出見命、瓊々杵命、右座に大日霊貴(天

17 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 08:54:04 ID:
高い。現在も富士山と密接に結びついた宗教行事を行っており、
歴史的背景と相俟って、富士山信仰を語る上で欠かすことのでき
ない資産である。顕著な普遍的価値を構成する諸要素として、富
士信仰の拠点でもある本殿などの建造物群や境内地などがある。
・社殿、鳥居河口浅間神社創建は、平安時代の865年に遡る可
能性がある。建立目的は富士山の噴火を鎮めるためであり、当時
の富士山及び噴火ということに対する当時の考え方を理解するこ
とができる。鳥居は1697年に谷村藩主秋本喬知

18 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 08:54:22 ID:
15世紀、もしくは後の時代に築造されたものと推定される。写真石塁の写真図石
塁の平面図・断面図・玉垣遥拝所の周囲にはコンクリート製の玉垣が設置されてい
る。戦中もしくは戦後に設けられたものと考えられる。また、遥拝所入口には鉄製
の門扉が取り付けられている。・遥拝所富士山を直接拝礼し、祭儀を行うことを目
的として築造されたと推定される施設である。南北約15.2m、東西約7.6m
の長方形で、30~40㎝程度の溶岩を用いて石列等によって組まれ

19 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 08:54:30 ID:
弉諾尊・伊弉冉尊を祀っている。現在の社殿は大正2年(19
13)に改築されたものだが、幣殿と拝殿は老朽化したため、
その後さらに鉄筋コンクリート一部木造に建替えられている。
写真社殿の写真図社殿の図面・大日堂(興法寺)鎌倉時代の文
保年間(1317~1318)に、末代上人の流れをくむ頼尊
が村山に興法寺を開いたと伝えられている。その興法寺の建物
として現存する唯一の堂で、富士山の本尊である大日如来を主
尊とする。現在の建物は、部材の状況や絵様彫刻

20 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:01:17 ID:
の扁額に記された「三国第一山」の書は輪王寺宮公弁親王の筆と
される。写真社殿の写真図社殿の図面B7冨士御室浅間神社図以
下に示す要素が点在している平面図-58-冨士御室浅間神社は
、8世紀初めに吉田口登山道二合目に祭場をしつらえたのが最初
とされ、富士山中に祀られた最初の神社であるとする文献もある
。二合目本宮(もとみや)へは冬季の参拝に苦渋するため、95
8年、河口湖畔に現在の里宮が建立されたという。現在は二合目
にあった社殿も里宮の広い境内に敷地内に移設されている。修行
や登拝といった様々な富士信仰の拠点として位置づけられる二合
目の本宮と、土地の産土神としての里宮が一体となって機能して
きた。顕著な普遍的価値を構成する諸要素としては、信仰拠点で
ある二合目や本殿などがある。・吉田口二合目吉田口登山道二合
目に御室浅間名字(本宮)が鎮座した。御室浅間神社は木花開耶
姫を祭神とし、創立年代は詳らかでないが、社殿には和銅元年(
708)に祭場をしつらえたのが最初とされる。冨士山中最初の
社という。なお、平安末期には浅間神の信仰に修験道が習合して
、富士山が霊験所の一として広く知られていた。冨士修験の信仰
拠点は南口の村山であるが、北口の二合目、御室の地にも山内の
信仰拠点として行者堂が設置されていた。・本殿本殿は、161
2年に当時の甲斐国都留郡領主であった鳥居土佐守成次によって
桃山時代建築様式の神社建物に再建されたことが棟札から明らか
にされている。大規模な入母屋造りの一間社で棟の高さは9.3
m、屋根は檜皮葺形の銅板葺である。蟇股や軒唐破風妻などにも
彫刻を飾るなど、桃山建築様式の特色が見られる。内部の色彩も
当初のものを良く残しており、建築年代の確実なこの時期の遺構
としては大変貴重な建造物である。写真本殿の写真図本殿の図面
B8御師住宅図御師住宅の位置図御師住宅は、富士講徒の案内を
し、宿泊の世話や祈祷を行った御師の住宅兼宿坊である。御師屋
敷の多くは短冊状をなし、表通りに面して引き込み路を設け、敷
地を流れる水路の奥に建物がある。顕著な普遍的価値を構成する
諸要素として、最古の部類に入る旧外川家住宅などがある。・旧
外川家主屋、離座敷、中門主屋は妻入り形式の典型

21 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:01:34 ID:
山を拝む方向に祭壇が位置し、祭壇に向かって左側に祭儀を行う際の大宮司席、公
文・案主席、献饌所が、向かって右側に別当・供僧席が設けられている。写真遥拝
所の写真図遥拝所の平面図・石鳥居境内地の南端に、石鳥居が建てられている。昭
和6年(1931)に建立されたものである。・参道石鳥居から籠屋まで参道が続
いている。B3村山浅間神社図以下に示す要素が点在している平面図・元村山溶岩
流村山浅間神社は、新富士旧期溶岩の元村山溶岩流末端部付近にあたる。見付の間
は平地で、両見付から先は急傾斜地となっている。村山地区は標高が高く、他の集
落と急傾斜地で隔絶された一段高い場所に位置する。・水源地(竜頭ヶ池)社叢東
側に「竜頭ヶ池」と呼ばれる湧水池があり、水垢離や生活用水として利用されてき
た。またこの湧水を水源とする村山沢は南流して渓谷を刻み神社西側から大沢川と
なる。これらの水源は、村山の集落を成立させた要因の一つである。・御神木(イ
チョウ、大スギ)[イチョウ]-54-昭和43年(1968)7月2日に県天然
記念物に指定された。目通り8m、根回り9.15m、樹高26m、枝張り東西1
9m南北14mで、樹勢よく乳状下垂気根の発達も著しい。気根が数多く垂下する
。気根の先端に針を刺して祈願すると妊産婦の乳の出がよくなると伝えられ、女性
の信仰を集めていた。また以前はウロの中に大日如来が祀られていたといわれ、現
在でも祭祀でしめ縄を張る。[大スギ]昭和31年5月24日に県天然記念物に指
定された。村山浅間神社の御神木と称される巨木である。境内の多くのスギの中で
最大のもので目通り9.9m、枝張り東西17.5m、南北31m、樹高47mも
ある。中心部には高さ8mに及ぶ空洞がある。案内板では約1,000年の樹齢と
されるが、実際にはおよそ400~600年と推定される。・社叢境内には胸高直
径0.7m以上のスギが39本ある。アカガシ3本、スダジイ1本などの大樹も見
られるが、裏山の大半は戦後植樹されたヒノキやスギである。富士宮市の保存樹林
に指定されている。・浅間神社社殿村山浅間神社社殿は、神仏分離令

22 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:01:42 ID:
ら江戸時代末期の建造と考えられるが、外壁は波鉄板板張りに
変えられている。桁行5間・梁間7間、入母屋造、鉄板葺きで
、南面に出入り口を開き、前面と両側面に幅一間の回り縁を巡
らしている。写真社殿の写真図社殿の図面・水垢離場山伏修行
者及び修験者が、富士登拝の道者が垢離をとって身を浄めた場
所で、間口約6.5m、奥行き約4mの長方形で、深さ約0.
6mに掘り込み、底に石を敷きつめ周囲は石積みとなっている
。造成年代は不明。水垢離場へは社叢裏手の沢に湧く龍頭池湧
水を引き、上の段から樋で落とし垢離を取るようにしてある。
水の落ち口には山伏修行のときの主尊とされる不動明王の石像
が安置されている。写真水垢離場の写真・護摩壇大日堂東側に
あり、正面には不動明王の石像が祀られている。護摩壇は、四
囲を石で囲んだ一辺5.3mの丸い石組となっている。丸い石
組の前に置かれた葛石には、「干時安政四年九月」と刻まれ、
安政4年(1857)造立と考えられる。周囲の正方形の石組
みと中央の丸い石組みは石材に違いが見られ、造成時期が異な
っているものと思われる。写真護摩壇の写真・氏神社(高嶺総
鎮守社)-55-護摩壇裏手の一段高くなったところに末代上
人を祀る大棟梁権現社があったとされる。しかし、神仏分離令
により廃され、代わりに村山浅間神社社殿と大日堂の間から裏
山に登ったところに大棟梁権現社を遷し「富士大神社(祭神大
己貴命)」として祀られた。現在は「高根総鎮守」と呼ばれ、
元村山集落の氏神社となっている。「明治十八年五月十七日奉
再建冨士大神社」と記された棟札が残されている。現在の社殿
は、平成15年に再建された。・石鳥居村山浅間神社へと登る
石段の途中に、石鳥居が建てられている。昭和28年(195
3)に建立されたものである。・氏神社鳥居氏神社(高嶺総鎮
守社)へと登る参道の入口に、鳥居が建てられている。平成1
5年の再建に合わせて建てられたものである。・手水舎(手水
鉢)村山浅間神社へと続く参道入口の左側に、手水舎が設置さ
れている。明治16年(1883)に設置されたものである。
・石段(参道)段の入り口が、村山浅間神社へ続

23 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:04:30 ID:
ヽ(・∀・)ノ ♪

24 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:07:53 ID:
であり、棟札から1768年に建設されたものであることが判明
している。また、主屋は「平面座敷型」をとっており、近世にな
って御師住宅の様式が確立される以前の御師住宅として最古の部
類の建築物である。離座敷は、富士講が盛んになるととともに主
屋だけでは収容人数に限りがあるなどの理由から主屋の東側に増
設されたとみられる。ただし、御神殿が上段・下段の続きの手前
に配置され、上吉田の一般的な御師住宅に比して独自の構成を有
している。写真主屋等の写真図旧外川家住宅現状平面図等・小佐
野家主屋、蔵主屋は一部二階、切妻造、妻入の居室及び座敷部の
前面北寄りに台所部を背面南寄りに神殿部を付設した形式になる
。居室及び座敷部は間口11.8m、奥行き15.5m、正面南
寄りに式台、背面北寄りに庇、北側面には下屋を設ける。蔵は主
屋台所の前方に建つ。土蔵造りであるが、東西に庇を付けた切妻
造、板張りの覆屋をかけてい-59-る。この住宅は、部分的な
改変や増設がみられるほか保存がよく、富士講御師の住宅として
の形態を、屋敷地も含めてそのまま残している。全国でも比較的
少ない社家の一遺例として重要である。写真主屋外観写真図小佐
野家住宅現状平面図B9山中湖図以下に示す要素が点在している
平面図富士山周辺の湖を巡って修行する内八海巡りが多くの富士
講徒によって行われたが、いつの時代も変わらず巡拝の対象とし
て数えられている。また、景勝の地でもあり、多くの芸術作品と
ゆかりが深い。顕著な普遍的価値を構成する諸要素として、自然
地形(湖水)などがある。写真山中湖の写真B10河口湖図以下
に示す要素が点在している平面図富士山周辺の湖を巡って修行す
る内八海巡りが多くの富士講徒によって行われたが、いつの時代
も変わらず巡拝の対象として数えられている。また、景勝の地で
もあり、多くの芸術作品とゆかりが深い。顕著な普遍的価値を構
成する諸要素として、自然地形(湖水)などがある。写真河口湖
の写真B11忍野八海図以下に示す要素が点在している平面図忍
野八海は、富士山の伏流水による八つの湧水地で、それぞれに八
大竜王を祀る冨士信仰に関わる巡拝地(霊場)であった。顕著な
普遍的価値を構成する諸要素として、自然地形(湧

25 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:08:11 ID:
社富士浅間七社を相殿として造られ、中座に木花開耶姫命、左座に大山祗命、彦火
々出見命、瓊々杵命、右座に大日霊貴(天照大神)・伊弉諾尊・伊弉冉尊を祀って
いる。現在の社殿は大正2年(1913)に改築されたものだが、幣殿と拝殿は老
朽化したため、その後さらに鉄筋コンクリート一部木造に建替えられている。写真
社殿の写真図社殿の図面・大日堂(興法寺)鎌倉時代の文保年間(1317~13
18)に、末代上人の流れをくむ頼尊が村山に興法寺を開いたと伝えられている。
その興法寺の建物として現存する唯一の堂で、富士山の本尊である大日如来を主尊
とする。現在の建物は、部材の状況や絵様彫刻の特徴などから江戸時代末期の建造
と考えられるが、外壁は波鉄板板張りに変えられている。桁行5間・梁間7間、入
母屋造、鉄板葺きで、南面に出入り口を開き、前面と両側面に幅一間の回り縁を巡
らしている。写真社殿の写真図社殿の図面・水垢離場山伏修行者及び修験者が、富
士登拝の道者が垢離をとって身を浄めた場所で、間口約6.5m、奥行き約4mの
長方形で、深さ約0.6mに掘り込み、底に石を敷きつめ周囲は石積みとなってい
る。造成年代は不明。水垢離場へは社叢裏手の沢に湧く龍頭池湧水を引き、上の段
から樋で落とし垢離を取るようにしてある。水の落ち口には山伏修行のときの主尊
とされる不動明王の石像が安置されている。写真水垢離場の写真・護摩壇大日堂東
側にあり、正面には不動明王の石像が祀られている。護摩壇は、四囲を石で囲んだ
一辺5.3mの丸い石組となっている。丸い石組の前に置かれた葛石には、「干時
安政四年九月」と刻まれ、安政4年(1857)造立と考えられる。周囲の正方形
の石組みと中央の丸い石組みは石材に違いが見られ、造成時期が異なっているもの
と思われる。写真護摩壇の写真・氏神社(高嶺総鎮守社)-55-護摩壇裏手の一
段高くなったところに末代上人を祀る大棟梁権現社があったとされる。しかし、神
仏分離令により廃され、代わりに村山浅間神社社殿と大日堂の間から裏山に登った
ところに大棟梁権現社を遷し「富士大神社(祭神大己貴命)」として

26 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:08:45 ID:
日堂へ続くものの2本が平行して造られている。・狛犬昭和5
年に奉納された狛犬2体が、参道脇に設置されている。B4須
山浅間神社図以下に示す要素が点在している平面図・社叢樹齢
500年を超えるスギの巨木が22本あり、中には樹高37m
、目通りの太さが7mを超えるものも見られる。社叢全体が市
指定天然記念物として保護されている。・社殿大禰宜・渡邊対
馬守安吉の社伝旧記によれば、天元4年(961)に駿河国司
・平兼盛が社殿を修理したとの記録がある。その後の記録とし
て社殿の存在が確認できるのは、大永4年(1524)と記さ
れた修築時の棟札による。現在の社殿は、文政6年(1823
)に再建されたとされている。写真社殿の写真図社殿の図面・
神輿殿須山浅間神社の例大祭で使用される神輿を納めた神輿殿
が、境内地西側に建てられている。・狛犬境内には、社殿前と
石段手前の参道脇に計二対の狛犬が設置されている。社殿前の
一対は平成12年に、参道脇の一対は平成13年に奉納された
ものである。・灯籠参道の両脇に灯籠が建てられている。登り
口のものは平成13年に、階段を登ったところにあるものは、
それぞれ寛保2年(1742)、文政6年に奉納されたもので
ある。・手水舎石段に至る参道の脇と、社務所西側の2箇所に
、手水舎が建てられている。社務所そばには、文政7-56-
年と刻まれた水盤も置かれている。・参道鳥居から10mほど
は石畳が敷かれ、その後社殿の位置する高台へ登るためにコン
クリート製の階段が続いている。・鳥居参道入口には、朱塗り
のコンクリート製の鳥居が建てられている。昭和41年(19
66)に奉納されたものである。・石碑鳥居の東側に、郷社と
して奉幣を受けていたことを示す碑が建てられている。・古宮
神社八坂大神、八幡大神、愛鷹大神、子安大神、疱瘡守護神を
祀る境内社である。覆屋の中にあり、旧本殿と推測される建物
である。B5冨士浅間神社図以下に示す要素が点在している平
面図・社叢(浅間の杜)社殿周囲と、参道の南側に社叢が広が
っている。特に参道南側の部分を浅間の杜と呼び、静岡県や小
山町の天然記念物である大樹が生育している。・

27 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:15:06 ID:
B12船津胎内樹型図以下に示す要素が点在している平面図船津
胎内樹型は、1673年に富士講の指導者である村上光清により
発見され、富士講の開祖である長谷川角行が洞穴に祀った浅間明
神が遷宮された溶岩樹型である。顕著な普遍的価値を構成する諸
要素には、宗教的な意義付けがされている地形空間(溶岩樹型)
などがある。・胎内樹型船津胎内樹型は、承平噴火(937)で
流出した剣丸尾第1溶岩流の西縁に所在する。本穴自体も大小様
々な樹型が複雑に交叉して形作られている。本穴の側面では垂れ
下がった溶岩が肋骨のように見え、そのうえ溶岩は鉄分のため赤
色を帯び、あたかも内臓を摘出したあとの胸控の如く見える。胎
内の名称はこれに基づくものであり、極めて貴重な形態と言える
。・無戸室浅間神社・石造物群1673年、富士講道者村上光清
により現船津胎内樹型が発見され、開祖が祀った焼入の地の浅間
明神が遷宮された。浅間明神誕生の地ともいわれ、無戸室(むつ
むろ)に火を放ち、無事に御子を出産したという故事に倣い社号
を無戸室浅間神社と名付けた。-60-B13吉田胎内樹型図以
下に示す要素が点在している平面図吉田胎内樹型は、1892年
に富士道者によって整備された「お胎内」(溶岩樹型)である。
顕著な普遍的価値を構成する諸要素には、宗教的な意義付けがさ
れている地形空間(溶岩樹型)などがある。・胎内樹型吉田胎内
樹型は、承平噴火(937)で流出した剣丸尾第1溶岩流の東縁
に所在する。本穴の側面では垂れ下がった溶岩が肋骨のように見
え、母の胎内に似ているため、浅間大菩薩(木花開耶姫)出世の
御胎内として信仰の対象となった。・洞内の石祠、石造物群吉田
胎内の本穴の奥には、石祠があって富士講にとっての富士山の祭
神である木花開耶姫が祀られている。樹型内に入ると横穴の正面
には、食行身禄を祀る石祠がある。B14人穴富士講遺跡(人穴
浅間神社)図以下に示す要素が点在している平面図・犬涼み溶岩
流人穴付近は、新富士火山旧期溶岩(約11,000年前から約
5,000年前)に属する犬涼み溶岩流の末端部近くに位置して
いる。犬涼み溶岩流は、標高1,206mの犬涼み山から噴出し
、西方に約5㎞、標高差にして約700mの扇状地

28 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:15:24 ID:
在は「高根総鎮守」と呼ばれ、元村山集落の氏神社となっている。「明治十八年五
月十七日奉再建冨士大神社」と記された棟札が残されている。現在の社殿は、平成
15年に再建された。・石鳥居村山浅間神社へと登る石段の途中に、石鳥居が建て
られている。昭和28年(1953)に建立されたものである。・氏神社鳥居氏神
社(高嶺総鎮守社)へと登る参道の入口に、鳥居が建てられている。平成15年の
再建に合わせて建てられたものである。・手水舎(手水鉢)村山浅間神社へと続く
参道入口の左側に、手水舎が設置されている。明治16年(1883)に設置され
たものである。・石段(参道)段の入り口が、村山浅間神社へ続くものと、大日堂
へ続くものの2本が平行して造られている。・狛犬昭和5年に奉納された狛犬2体
が、参道脇に設置されている。B4須山浅間神社図以下に示す要素が点在している
平面図・社叢樹齢500年を超えるスギの巨木が22本あり、中には樹高37m、
目通りの太さが7mを超えるものも見られる。社叢全体が市指定天然記念物として
保護されている。・社殿大禰宜・渡邊対馬守安吉の社伝旧記によれば、天元4年(
961)に駿河国司・平兼盛が社殿を修理したとの記録がある。その後の記録とし
て社殿の存在が確認できるのは、大永4年(1524)と記された修築時の棟札に
よる。現在の社殿は、文政6年(1823)に再建されたとされている。写真社殿
の写真図社殿の図面・神輿殿須山浅間神社の例大祭で使用される神輿を納めた神輿
殿が、境内地西側に建てられている。・狛犬境内には、社殿前と石段手前の参道脇
に計二対の狛犬が設置されている。社殿前の一対は平成12年に、参道脇の一対は
平成13年に奉納されたものである。・灯籠参道の両脇に灯籠が建てられている。
登り口のものは平成13年に、階段を登ったところにあるものは、それぞれ寛保2
年(1742)、文政6年に奉納されたものである。・手水舎石段に至る参道の脇
と、社務所西側の2箇所に、手水舎が建てられている。社務所そばには、文政7-
56-年と刻まれた水盤も置かれている。・参道鳥居から10mほど

29 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:15:54 ID:
38年(1963)2月19日に静岡県の天然記念物に指定さ
れた。根回り約6m、目通り4m、樹高24.50m、枝張東
西28.10m、南北23.50m、樹齢約500年。北日本
の山地に多い落葉高木で、静岡県では極めて少なく当社以外の
小山町内では数本しか見当たらないが、境内には10本が生育
している。・エゾヤマザクラ昭和58年5月1日に小山町の天
然記念物に指定された。樹齢約130年で、根回り2.08m
、目通り1.75m、樹高約10m、枝張東西13.8m、南
北9.5m。別名をオオヤマザクラと称するヤマザクラの北

30 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:21:35 ID:
流である。写真溶岩流の写真図溶岩流の詳細図・溶岩洞穴人穴溶
岩洞穴は、天正年間に富士講の開祖、長谷川角行が千日の行を行
ったとされる洞穴である。犬涼み溶岩流の中に存在する19箇所
の溶岩洞穴のうち、西端部の最も低い位置にあり、溶岩が流れ下
るとき溶岩表面が冷やされて固化した後、内部の溶けた溶岩が抜
けて空洞ができたものである。洞穴の南西の端が進

31 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:21:52 ID:
れ、その後社殿の位置する高台へ登るためにコンクリート製の階段が続いている。
・鳥居参道入口には、朱塗りのコンクリート製の鳥居が建てられている。昭和41
年(1966)に奉納されたものである。・石碑鳥居の東側に、郷社として奉幣を
受けていたことを示す碑が建てられている。・古宮神社八坂大神、八幡大神、愛鷹
大神、子安大神、疱瘡守護神を祀る境内社である。覆屋の中にあり、旧本殿と推測
される建物である。B5冨士浅間神社図以下に示す要素が点在してい

32 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:22:00 ID:
組で、腰組も二手先としている。・参道大鳥居参道入口には、
花崗岩の石鳥居が建てられている。春日造で、額束には「不二
山」と刻まれている。明治33年(1900)に奉納された。
・裏参道鳥居西側駐車場から本殿へ至る裏参道の入口に石鳥居
が建てられている。・富士塚狛犬楼門前参道の両側に、富士塚
が築かれ、その上に狛犬が置かれている。・富士講講碑群明治
より昭和にかけて、各地の富士講より寄進された記念碑が多く
残されている。多くは、数多く富士登山が成就さ

33 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:28:33 ID:
洞穴中央部でくの字型に曲がっている。入口から約30mの屈曲
部手前中央には、直径約5mの溶岩柱がある。全体として幅広く
、奥に入ると広々として平坦な空間となっている。最奥部までは
約80mで、そのまま閉塞していると考えられる。写真溶岩洞穴
の写真図洞穴の図面・社叢(周辺の植生)人穴集落では主に製炭
と農業を中心とした生活が営まれたため、薪炭材のコナラ・クヌ
ギ等を中心に育林していた。しかし、昭和30年代に薪炭の消費
が減少し、境内地とその周辺は建材としてのヒノキ・スギに改植
された。御神木に相当する大樹等は存在しない。・碑塔群人穴浅
間神社の境内地には、富士講信者が建立した232基の碑塔が存
在する。そのうち碑塔に建立年が刻まれたもの89基についてみ
ると、一番古い碑塔は寛文4年(1664)建立のものである。
建立目的によって大きく分類すると、個人の戒名や行名を記した
墓碑・供養碑である「墓碑供養碑」、修行による大願成就を祈願
する「祈願奉納碑」、個人の富士登拝や講の人穴参拝を記念する
「顕彰記念碑」の3種とそれ以外に整理される。「墓碑供養碑」
が最も多い。-61-写真碑塔群の写真図碑塔群の配置図・参道
洞穴入口や浅間神社社殿のある平場へ至る参道が、境内地内を南
から北へ伸びている。現在はコンクリートで覆われている。・建
物跡大小2つの建物跡が人穴洞穴直上の平場で検出されている。
西側に規模の大きな1棟と、その東側にやや小規模の1棟があり
、大規模なものの方がより古い遺構とみられる。また建物跡の周
辺には石積みが施されている。・参道跡建物跡へ向かう参道跡が
、建物跡南側の平場から斜面を下り、井戸跡の所在する平地まで
約34m続いている。溶岩角礫や露出している溶岩を利用して2
1段の石段が構築されている。・道跡2本の道跡と思われる石列
が参道跡の上り口、石垣の西側に位置する。建物跡と洞穴や碑塔
群などを結ぶ機能を有していたと考えられる。・炭焼窯跡指定地
の北側を通る林道に沿って、5箇所の炭焼窯跡が検出されている
。昭和初期まで使用されていたものであるが、富士講に関わる遺
構は検出されていない。・井戸跡参道跡の南側に位置する。内部
が溶岩角礫や土砂によって埋没し、涸れ井戸となっ

34 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:28:50 ID:
叢(浅間の杜)社殿周囲と、参道の南側に社叢が広がっている。特に参道南側の部
分を浅間の杜と呼び、静岡県や小山町の天然記念物である大樹が生育している。・
ハルニレ昭和38年(1963)2月19日に静岡県の天然記念物に指定された。
根回り約6m、目通り4m、樹高24.50m、枝張東西28.10m、南北23
.50m、樹齢約500年。北日本の山地に多い落葉高木で、静岡県では極めて少
なく当社以外の小山町内では数本しか見当たらないが、境内には10本が生育して
いる。・エゾヤマザクラ昭和58年5月1日に小山町の天然記念物に指定された。
樹齢約130年で、根回り2.08m、目通り1.75m、樹高約10m、枝張東
西13.8m、南北9.5m。別名をオオヤマザクラと称するヤマザクラの北方型
で、静岡県が南限である。県内ではまれな樹種である。・根上がりモミ平成3年5
月1日に小山町の天然記念物に指定された。樹齢約300年で、根回り4.61m
、目通り3.07m、樹高27m。この根上り群は約150年生のモミの根本にブ
ナ、イヌシデの種子が生え、宝永噴火の火山灰土が、降雨により流亡しながらモミ
が成長したため、根が爪を立てた状態で生育し、根上がりになったと考えられる。
縁結びの木とも呼ばれている。・社殿平成18年8月24日に小山町の文化財(建
造物)に指定された。宝永噴火により大きな損害を受けたが、享保3年(1718
)に再建された。その後蟻害や老朽化により改修したものの、部材は享保年間(1
716~36)のものが今なお使用されている。社殿は本殿・幣殿・拝殿が連結し
た権現造である。拝殿は入母屋造で千鳥破風を据え、本殿は享保年間の遺構を残し
た流造りとなっている。-57-構造は、拝殿が桁行5間・梁間2間の入母屋造で
、向拝1間、正面千鳥破風付。幣殿が桁行3間・梁間2間の両下造。本殿が三間社
流造、向拝1間、屋根は全て銅板葺きとなっている。写真社殿の写真図社殿の図面
・楼門二階建ての随神門で、上層の周囲に高欄付きの縁を巡らしている。北の櫛岩
窓神、南の豊岩窓神が随神として配神されている。宝永噴火により社

35 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:28:58 ID:
謝し、先達や講名を高く掲げ信仰の証としたもので、境内地の
西側部分裏参道周辺に、多くの碑塔が建てられている。写真富
士講講碑群の写真図富士講講碑群の配置図B6河口浅間神社図
以下に示す要素が点在している平面図河口浅間神社は、864
~866年に北麓で起こった噴火を契機に、北麓でも浅間神社
が建てられることになったが、その神社である可能性が高い。
現在も富士山と密接に結びついた宗教行事を行っており、歴史
的背景と相俟って、富士山信仰を語る上で欠かすことのできな
い資産である。顕著な普遍的価値を構成する諸要素として、富
士信仰の拠点でもある本殿などの建造物群や境内地などがある
。・社殿、鳥居河口浅間神社創建は、平安時代の865年に遡
る可能性がある。建立目的は富士山の噴火を鎮めるためであり
、当時の富士山及び噴火ということに対する当時の考え方を理
解することができる。鳥居は1697年に谷村藩主秋本喬知の
再建。銅製の扁額に記された「三国第一山」の書は輪王寺宮公
弁親王の筆とされる。写真社殿の写真図社殿の図面B7冨士御
室浅間神社図以下に示す要素が点在している平面図-58-冨
士御室浅間神社は、8世紀初めに吉田口登山道二合目に祭場を
しつらえたのが最初とされ、富士山中に祀られた最初の神社で
あるとする文献もある。二合目本宮(もとみや)へは冬季の参
拝に苦渋するため、958年、河口湖畔に現在の里宮が建立さ
れたという。現在は二合目にあった社殿も里宮の広い境内に敷
地内に移設されている。修行や登拝といった様々な富士信仰の
拠点として位置づけられる二合目の本宮と、土地の産土神とし
ての里宮が一体となって機能してきた。顕著な普遍的価値を構
成する諸要素としては、信仰拠点である二合目や本殿などがあ
る。・吉田口二合目吉田口登山道二合目に御室浅間名字(本宮
)が鎮座した。御室浅間神社は木花開耶姫を祭神とし、創立年
代は詳らかでないが、社殿には和銅元年(708)に祭場をし
つらえたのが最初とされる。冨士山中最初の社という。なお、
平安末期には浅間神の信仰に修験道が習合して、富士山が霊験
所の一として広く知られていた。冨士修験の信仰

36 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:35:30 ID:
5白糸ノ滝図以下に示す要素が点在している平面図・古富士泥流
堆積物山体が崩壊した際に崩れた土砂が堆積した地層であり、古
富士火山の一部を形成するものである。この地層は、塊状礫岩と
平行層理を持つ砂岩が不規則に互層しているものである。写真写
真・白糸溶岩流新富士火山の土台となっている溶岩流のひとつで
あり、白糸ノ滝付近0.3平方キロメートル程度にある。白糸溶
岩流は4枚の溶岩流層からなると考えられており、白糸ノ滝では
2枚の溶岩流層が確認できる。溶岩流層の境目にはマグマの急冷
時に形成された粉砕部(クリンカー)が発達している。また、溶
岩流内部には、マグマが冷え固まった際の収縮により形成された
縦方向の割れ目(柱状節理)が存在する。白糸ノ滝は、地質の特
徴上、次のようなメカニズムで崩落を繰り返していると考えられ
ている。白糸の滝は、最近10年間の平均で日量約15.6万ト
ンの湧水量が見積もられており、この多量の水の落下は、白糸溶
岩流に比して軟弱な古富士泥流堆積物を次第に浸食する。やがて
、下部が抉り取られることで上部の溶岩流はオーバーハング状態
となり、自重に耐えられなくなった時点で自然崩落する。この作
用が繰り返され、崖線が後退し続けていると考えられる。また、
白糸溶岩流内の柱状節理は浸食に弱く、滝の後退を早める一因と
指摘されている。白糸ノ滝は、1年に約2センチメートルの割合
で北側に後退しているという計算もある。音止の滝も、白糸ノ滝
と同様の地質であり、同様のメカニズムで崩落-62-を繰り返
していると考えられている。写真溶岩流の写真図溶岩流の拡散図
・白糸ノ滝白糸の滝は、高さ約20メートル、長さ約120メー
トルに渡り馬蹄状に広がる崖面の各所から湧出した水が、数多の
白い糸を垂らしたように流れ落ち、滝となったものである。白糸
ノ滝周辺の地質は、下部に不透水層である古富士泥流堆積物があ
り、上部に透水性のある白糸溶岩流があると考えられている。富
士山麓に降った雨水は、上部の溶岩流を透過し、下部の不透水層
との境目を流れ下っていると考えられている。白糸の滝は、両層
が崖面として露出しており、両層の境目や上部の溶岩流の間から
水が湧出している様子が確認できる。写真滝の写真

37 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:35:48 ID:
破しており、現在のものは明和4年(1767)随神が寄贈された当時に再建され
たものと考えられる。楼門の構造は、三間一戸楼門、茅葺型入母屋造、銅板葺き。
軒廻りは二軒繁垂木に組物は出組で、腰組も二手先としている。・参道大鳥居参道
入口には、花崗岩の石鳥居が建てられている。春日造で、額束には「不二山」と刻
まれている。明治33年(1900)に奉納された。・裏参道鳥居西側駐車場から
本殿へ至る裏参道の入口に石鳥居が建てられている。・富士塚狛犬楼門前参道の両
側に、富士塚が築かれ、その上に狛犬が置かれている。・富士講講碑群明治より昭
和にかけて、各地の富士講より寄進された記念碑が多く残されている。多くは、数
多く富士登山が成就されたことを感謝し、先達や講名を高く掲げ信仰の証としたも
ので、境内地の西側部分裏参道周辺に、多くの碑塔が建てられている。写真富士講
講碑群の写真図富士講講碑群の配置図B6河口浅間神社図以下に示す要素が点在し
ている平面図河口浅間神社は、864~866年に北麓で起こった噴火を契機に、
北麓でも浅間神社が建てられることになったが、その神社である可能性が高い。現
在も富士山と密接に結びついた宗教行事を行っており、歴史的背景と相俟って、富
士山信仰を語る上で欠かすことのできない資産である。顕著な普遍的価値を構成す
る諸要素として、富士信仰の拠点でもある本殿などの建造物群や境内地などがある
。・社殿、鳥居河口浅間神社創建は、平安時代の865年に遡る可能性がある。建
立目的は富士山の噴火を鎮めるためであり、当時の富士山及び噴火ということに対
する当時の考え方を理解することができる。鳥居は1697年に谷村藩主秋本喬知
の再建。銅製の扁額に記された「三国第一山」の書は輪王寺宮公弁親王の筆とされ
る。写真社殿の写真図社殿の図面B7冨士御室浅間神社図以下に示す要素が点在し
ている平面図-58-冨士御室浅間神社は、8世紀初めに吉田口登山道二合目に祭
場をしつらえたのが最初とされ、富士山中に祀られた最初の神社であるとする文献
もある。二合目本宮(もとみや)へは冬季の参拝に苦渋するため、9

38 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:35:55 ID:
村山であるが、北口の二合目、御室の地にも山内の信仰拠点と
して行者堂が設置されていた。・本殿本殿は、1612年に当
時の甲斐国都留郡領主であった鳥居土佐守成次によって桃山時
代建築様式の神社建物に再建されたことが棟札から明らかにさ
れている。大規模な入母屋造りの一間社で棟の高さは9.3m
、屋根は檜皮葺形の銅板葺である。蟇股や軒唐破風妻などにも
彫刻を飾るなど、桃山建築様式の特色が見られる。内部の色彩
も当初のものを良く残しており、建築年代の確実なこの時期の
遺構としては大変貴重な建造物である。写真本殿の写真図本殿
の図面B8御師住宅図御師住宅の位置図御師住宅は、富士講徒
の案内をし、宿泊の世話や祈祷を行った御師の住宅兼宿坊であ
る。御師屋敷の多くは短冊状をなし、表通りに面して引き込み
路を設け、敷地を流れる水路の奥に建物がある。顕著な普遍的
価値を構成する諸要素として、最古の部類に入る旧外川家住宅
などがある。・旧外川家主屋、離座敷、中門主屋は妻入り形式
の典型的な御師住宅であり、棟札から1768年に建設された
ものであることが判明している。また、主屋は「平面座敷型」
をとっており、近世になって御師住宅の様式が確立される以前
の御師住宅として最古の部類の建築物である。離座敷は、富士
講が盛んになるととともに主屋だけでは収容人数に限りがある
などの理由から主屋の東側に増設されたとみられる。ただし、
御神殿が上段・下段の続きの手前に配置され、上吉田の一般的
な御師住宅に比して独自の構成を有している。写真主屋等の写
真図旧外川家住宅現状平面図等・小佐野家主屋、蔵主屋は一部
二階、切妻造、妻入の居室及び座敷部の前面北寄りに台所部を
背面南寄りに神殿部を付設した形式になる。居室及び座敷部は
間口11.8m、奥行き15.5m、正面南寄りに式台、背面
北寄りに庇、北側面には下屋を設ける。蔵は主屋台所の前方に
建つ。土蔵造りであるが、東西に庇を付けた切妻造、板張りの
覆屋をかけてい-59-る。この住宅は、部分的な改変や増設
がみられるほか保存がよく、富士講御師の住宅としての形態を
、屋敷地も含めてそのまま残している。全国でも

39 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:42:43 ID:
同時に掲載)・音止の滝音止の滝は、「音無の滝」とも呼ばれ、
白糸の滝と台地を隔てた東側に位置する。主瀑は落差約25メー
トルを流れ落ちる芝川の本流であり、轟音を轟かせている。崖面
では、白糸の滝同様の地層が観察され、湧水が見られるが、白糸
の滝に比して水量は少ない。・鬢撫水鬢撫水は、「お鬢水」とも
呼ばれ、白糸の滝の崖上にある。鬢撫水は、湧水が池となったも
のであり、その水は白糸の滝の一部として流れ落ちている。また
、ここには「駒繋石」、「弁当(行厨)石」、「杓子石」等の名
前のついた石があったとされるが、現在は不詳である。・植物白
糸の滝の両岸の崖上には樹木が生い茂っている。また指定地内に
は、メヤブソテツ、ユリワサビ等特色ある植物相がある。・富士
講「白糸ノ滝」には、江戸時代中期以降江戸で隆盛した富士講の
祖長谷川角行にまつわる伝承がある。角行は白糸の滝で垢離をと
り修行を行ったとされ、富士講の信者の中には白糸の滝を訪れる
者や、白糸の滝で修行を行う者がいたことが知られている。幕末
の資料には、白糸の滝で垢離をとり修行を行った富士講の信者の
記録がある。指定地内には富士講の信者が建てた石碑があり、「
仙元大神」と記されたもの(市道沿い)や、「食行身禄」と記さ
れたもの(白糸の滝滝つぼ右岸)等がある。・白糸の滝の勝景白
糸の滝の、数多の白い糸を垂らしたように落ちる優美な勝景があ
る。写真景勝の写真・音止の勝景音止の滝の、轟音をたてて落ち
る雄大な勝景がある。写真景勝の写真・富士山の展望指定地では
、白糸の滝と音止の滝の勝景とともに、見事な富士山が望まれる
。写真展望の写真・富士の巻狩の伝承「白糸ノ滝」には、建久4
年(1193)に源頼朝が行ったいわゆる富士の巻狩にまつわる
伝承がある。音止の滝の名前は、富士の巻狩に関係する曽我兄弟
の仇討ち伝承に由来するもので、兄弟が仇討ちの相-63-談を
している間は水音を止めたことから名づけられたという。また、
鬢撫水には、富士の巻狩の折に源頼朝がここで鬢のほつれを直し
たという伝承がある。・歌碑「白糸ノ滝」の勝景は古くから詩歌
に詠まれてきており、白糸の滝滝つぼ右岸には白糸の滝の勝景を
詠んだ歌碑がある。・標識名勝及び天然記念物であ

40 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:44:00 ID:
湖畔に現在の里宮が建立されたという。現在は二合目にあった社殿も里宮の広い境
内に敷地内に移設されている。修行や登拝といった様々な富士信仰の拠点として位
置づけられる二合目の本宮と、土地の産土神としての里宮が一体となって機能して
きた。顕著な普遍的価値を構成する諸要素としては、信仰拠点である二合目や本殿
などがある。・吉田口二合目吉田口登山道二合目に御室浅間名字(本宮)が鎮

41 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:44:10 ID:
社家の一遺例として重要である。写真主屋外観写真図小佐野家
住宅現状平面図B9山中湖図以下に示す要素が点在している平
面図富士山周辺の湖を巡って修行する内八海巡りが多くの富士
講徒によって行われたが、いつの時代も変わらず巡拝の対象と
して数えられている。また、景勝の地でもあり、多くの芸術作
品とゆかりが深い。顕著な普遍的価値を構成する諸要素として
、自然地形(湖水)などがある。写真山中湖の写真B10河口
湖図以下に示す要素が点在している平面図富士山周辺の湖を巡
って修行する内八海巡りが多くの富士講徒によって行われたが
、いつの時代も変わらず巡拝の対象として数えられている。ま
た、景勝の地でもあり、多くの芸術作品とゆかりが深い。顕著
な普遍的価値を構成する諸要素として、自然地形(湖水)など
がある。写真河口湖の写真B11忍野八海図以下に示す要素が
点在している平面図忍野八海は、富士山の伏流水による八つの
湧水地で、それぞれに八大竜王を祀る冨士信仰に関わる巡拝地
(霊場)であった。顕著な普遍的価値を構成する諸要素と

42 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:49:42 ID:
する標識がある。③眺望C三保松原図以下に示す要素が点在して
いる平面図三保松原は、静岡市清水区南東部に位置する三保半島
にあり、半島の東岸真崎から海岸線に沿い、南北に約4キロメー
トルに及ぶ松林と内陸部に散在する松林が主体をなしている。真
崎から海岸線に沿う松林は、国有地又は市有地が大半を占めてい
るが、内陸部の松林と松林の景観を維持している背後地について
は、ほとんどが民有地となっている。松林には、300年を経た
老木から幼令木が約54,000本、幅広く分布し

43 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:50:00 ID:
屋の東側に増設されたとみられる。ただし、御神殿が上段・下段の続きの手前に配
置され、上吉田の一般的な御師住宅に比して独自の構成を有している。写真主屋等
の写真図旧外川家住宅現状平面図等・小佐野家主屋、蔵主屋は一部二階、切妻造、
妻入の居室及び座敷部の前面北寄りに台所部を背面南寄りに神殿部を付設した形式
になる。居室及び座敷部は間口11.8m、奥行き15.5m、正面南寄りに式台
、背面北寄りに庇、北側面には下屋を設ける。蔵は主屋台所の前方に

44 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:50:07 ID:
富士山(ふじさん、英語:Mount Fuji)は、静岡県(富士宮市、裾野市
、富士市、御殿場市、駿東郡小山町)と、山梨県(富士吉田市、南都留郡鳴沢村)
に跨る活火山である。標高3776.12 m、日本最高峰(剣ヶ峰)の独立峰で
、その優美な風貌は日本国外でも日本の象徴として広く知られている。数多くの芸
術作品の題材とされ芸術面で大きな影響を与えただけではなく、気候や地層など地
質学的にも大きな影響を与えている。懸垂曲線の山容を有した玄武

45 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:50:07 ID:
を無戸室浅間神社と名付けた。-60-B13吉田胎内樹型図
以下に示す要素が点在している平面図吉田胎内樹型は、189
2年に富士道者によって整備された「お胎内」(溶岩樹型)で
ある。顕著な普遍的価値を構成する諸要素には、宗教的な意義
付けがされている地形空間(溶岩樹型)などがある。・胎内樹
型吉田胎内樹型は、承平噴火(937)で流出した剣丸尾第1
溶岩流の東縁に所在する。本穴の側面では垂れ下がった溶岩が
肋骨のように見え、母の胎内に似ているため、浅

46 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:56:11 ID:
保松原の地区区分図表地区区分詳細表地区境界①特別規制A地区
真崎灯台の内海側の第2種規制地区との境界は、隣接する特別規
制B地区と第2種規制地区との境界(松が途切れる所)の延長線
上とする。②特別規制B地区特別規制A地区との境界は防潮堤外
側とし、その他の規制地区との境界は、羽衣参道は道路外側、そ
れ以外は平成元年4月1日現在において松原を形成している地区
、ただし、真崎先端の境界は真崎灯台と建設省財産、運輸省財産
及び民地側の境界を結んだ線とする。③第1種規制地区真崎付近
の第2種規制地区及び第3種規制地区との境界は、都市計画道路
の中心線とし、字広道の第2種規制地区との境界、字羽衣脇の三
保第一小学校を中心とする第2種規制地区との境界及び大字折戸
地区における第2種規制地区との境界は、隣接する道路の中心を
境界とする。ただし、羽衣参道西側の第2種規制地区との境界は
、羽衣参道中心より25mの位置とする。④第2種規制地区真崎
付近第3種規制地区との境界は、市道本村海岸58号線の中心の
延長を境界とする。その他の地区との境界は、①②③を参照。⑤
第3種規制地区各地区との境界は②③④を参照。(2)顕著な普
遍的価値を構成する諸要素と密接に関わる諸要素①自然地形構成
資産の土地には、山並み、湧水や富士山及び側火山の噴火等の火
山活動によって形成された溶岩樹型などの自然地形が見られ、構
成資産を成立させる重要な要素となって存在しているものもある
。ア富士山山体及び登山道A富士山-64-・テフラ噴火の際、
山頂火口から粘性の小さい玄武岩質のテフラと溶岩を繰り返し多
量に噴出したため、山頂付近はテフラに覆われている。・大沢崩
れ「八百八沢」と呼ばれる多くの浸食谷の中で最も大きなもので
、富士山西斜面の山梨県との県境に位置する。山頂直下から標高
2,200m付近まで延長2.1㎞、最大幅約500m、最大深
さ約150mに渡る。崩壊は現在も進行中で年平均約15万?の
岩石・土砂を流出し、大沢川流域に扇状地を形成している。写真
大沢崩れの写真図大沢崩れの図面A1山頂信仰遺跡なしA2大宮
・村山口登山道・日沢(浸食谷)日沢は富士山の浸食谷の1つで
、村山口登山道跡とほぼ並行に山腹を南下していく

47 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:56:29 ID:
りであるが、東西に庇を付けた切妻造、板張りの覆屋をかけてい-59-る。この
住宅は、部分的な改変や増設がみられるほか保存がよく、富士講御師の住宅として
の形態を、屋敷地も含めてそのまま残している。全国でも比較的少ない社家の一遺
例として重要である。写真主屋外観写真図小佐野家住宅現状平面図B9山中湖図以
下に示す要素が点在している平面図富士山周辺の湖を巡って修行する内八海巡りが
多くの富士講徒によって行われたが、いつの時代も変わらず巡拝の対象として数え
られている。また、景勝の地でもあり、多くの芸術作品とゆかりが深い。顕著な普
遍的価値を構成する諸要素として、自然地形(湖水)などがある。写真山中湖の写
真B10河口湖図以下に示す要素が点在している平面図富士山周辺の湖を巡って修
行する内八海巡りが多くの富士講徒によって行われたが、いつの時代も変わらず巡
拝の対象として数えられている。また、景勝の地でもあり、多くの芸術作品とゆか
りが深い。顕著な普遍的価値を構成する諸要素として、自然地形(湖水)などがあ
る。写真河口湖の写真B11忍野八海図以下に示す要素が点在している平面図忍野
八海は、富士山の伏流水による八つの湧水地で、それぞれに八大竜王を祀る冨士信
仰に関わる巡拝地(霊場)であった。顕著な普遍的価値を構成する諸要素として、
自然地形(湧水)がある。B12船津胎内樹型図以下に示す要素が点在している平
面図船津胎内樹型は、1673年に富士講の指導者である村上光清により発見され
、富士講の開祖である長谷川角行が洞穴に祀った浅間明神が遷宮された溶岩樹型で
ある。顕著な普遍的価値を構成する諸要素には、宗教的な意義付けがされている地
形空間(溶岩樹型)などがある。・胎内樹型船津胎内樹型は、承平噴火(937)
で流出した剣丸尾第1溶岩流の西縁に所在する。本穴自体も大小様々な樹型が複雑
に交叉して形作られている。本穴の側面では垂れ下がった溶岩が肋骨のように見え
、そのうえ溶岩は鉄分のため赤色を帯び、あたかも内臓を摘出したあとの胸控の如
く見える。胎内の名称はこれに基づくものであり、極めて貴重な形態

48 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:56:37 ID:
花開耶姫)出世の御胎内として信仰の対象となった。・洞内の
石祠、石造物群吉田胎内の本穴の奥には、石祠があって富士講
にとっての富士山の祭神である木花開耶姫が祀られている。樹
型内に入ると横穴の正面には、食行身禄を祀る石祠がある。B
14人穴富士講遺跡(人穴浅間神社)図以下に示す要素が点在
している平面図・犬涼み溶岩流人穴付近は、新富士火山旧期溶
岩(約11,000年前から約5,000年前)に属する犬涼
み溶岩流の末端部近くに位置している。犬涼み溶岩流は、標高
1,206mの犬涼み山から噴出し、西方に約5㎞、標高差に
して約700mの扇状地をつくる溶岩流である。写真溶岩流の
写真図溶岩流の詳細図・溶岩洞穴人穴溶岩洞穴は、天正年間に
富士講の開祖、長谷川角行が千日の行を行ったとされる洞穴で
ある。犬涼み溶岩流の中に存在する19箇所の溶岩洞穴のうち
、西端部の最も低い位置にあり、溶岩が流れ下るとき溶岩表面
が冷やされて固化した後、内部の溶けた溶岩が抜けて空洞がで
きたものである。洞穴の南西の端が進入口となり、洞穴中央部
でくの字型に曲がっている。入口から約30mの屈曲部手前中
央には、直径約5mの溶岩柱がある。全体として幅広く、奥に
入ると広々として平坦な空間となっている。最奥部までは約8
0mで、そのまま閉塞していると考えられる。写真溶岩洞穴の
写真図洞穴の図面・社叢(周辺の植生)人穴集落では主に製炭
と農業を中心とした生活が営まれたため、薪炭材のコナラ・ク
ヌギ等を中心に育林していた。しかし、昭和30年代に薪炭の
消費が減少し、境内地とその周辺は建材としてのヒノキ・スギ
に改植された。御神木に相当する大樹等は存在しない。・碑塔
群人穴浅間神社の境内地には、富士講信者が建立した232基
の碑塔が存在する。そのうち碑塔に建立年が刻まれたもの89
基についてみると、一番古い碑塔は寛文4年(1664)建立
のものである。建立目的によって大きく分類すると、個人の戒
名や行名を記した墓碑・供養碑である「墓碑供養碑」、修行に
よる大願成就を祈願する「祈願奉納碑」、個人の富士登拝や講
の人穴参拝を記念する「顕彰記念碑」の3種とそ

49 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:56:54 ID:
構成され、その山体は駿河湾の海岸まで及ぶ。古来霊峰とされ、特に山頂部は浅間
大神が鎮座するとされたため、神聖視された。噴火を沈静化するため律令国家によ
り浅間神社が祭祀され、浅間信仰が確立された。また、富士山修験道の開祖とされ
る富士上人により修験道の霊場としても認識されるようになり、登拝が行われるよ
うになった。これら富士信仰は時代により多様化し、村山修験や富士講といった一
派を形成するに至る。現在、富士山麓周辺には観光名所が多くある他、夏季シーズ
ンには富士登山が盛んである。日本三名山(三霊山)、日本百名山、日本の地質百
選に選定されている。また、1936年(昭和11年)には富士箱根伊豆国立公園
に指定されている。その後、1952年(昭和27年)に特別名勝、2011年(
平成23年)に史跡、さらに2013年(平成25年)6月22日には関連する文
化財群とともに「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の名で世界文化遺産に登録さ
れた。日本の文化遺産としては13件目である。富士の山とは詠んだとしても、「
ふじやま」という呼称は誤りであり、愛媛県大洲市柚木にある冨士山(とみすやま
)とは字も呼び方も異なる。富士山についての最も古い記録は『常陸国風土記』に
おける「福慈岳」という語であると言われている。他にも多くの呼称が存在し、不
二山もしくは不尽山と表記する古文献もある。また、『竹取物語』における伝説も
ある。「フジ」という長い山の斜面を表す大和言葉から転じて富士山と称されたと
いう説もある。近代以降の語源説としては、宣教師・バチェラーは、名前は「火を
噴く山」を意味するアイヌ語の「フンチヌプリ」に由来するとの説を提示した。し
かし、これは囲炉裏の中に鎮座する火の姥神を表す「アペフチカムイ」からきた誤
解であるとの反論がある。その他の語源説として、マレー語説・マオリ語説・原ポ
リネシア語説等がある。明確に「富士山」と表記されるに至るにおいては駿河国富
士郡に由来するとするものがあり、記録としては都良香の『富士山記』に「山を富
士と名づくるは、郡の名に取れるなり」とある。富士山に因む命名

50 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 09:57:43 ID:
構成され、その山体は駿河湾の海岸まで及ぶ。古来霊峰とされ、特に山頂部は浅間
大神が鎮座するとされたため、神聖視された。噴火を沈静化するため律令国家によ
り浅間神社が祭祀され、浅間信仰が確立された。また、富士山修験道の開祖とされ
る富士上人により修験道の霊場としても認識されるようになり、登拝が行われるよ
うになった。これら富士信仰は時代により多様化し、村山修験や富士講といった一
派を形成するに至る。現在、富士山麓周辺には観光名所が多くある他、夏季シーズ

51 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:02:54 ID:
道跡とは、中宮八幡堂跡の東側(標高1,280m付近)及び、
6号建物跡と7号建物跡の間(標高2,015m付近)で交差す
る。2,015m付近には、日沢の上に巨石があり、自然の橋の
ような地形になっており、横渡と呼ばれる。登山道はここで日沢
の左岸から右岸に渡る。写真日沢の写真A3須山口登山道起伏に
富んだ自然地形をなし、粘性の小さい玄武岩質のテフラと溶岩を
繰り返し多量に噴出したため、テフラに覆われている。A4須走
口登山道起伏に富んだ自然地形をなし、粘性の小さい玄武岩質の
テフラと溶岩を繰り返し多量に噴出したため、テフラに覆われて
いる。A5吉田口登山道二合目から三合目にかけて見られる古富
士火山からの泥流堆積物、二合目付近で見られる玄武岩溶岩の滑
床及び縄状溶岩など様々な地質・地形が火山活動により形成され
ている。A6北口本宮冨士浅間神社A7西湖A8精進湖A9本栖
湖地質学的にみると湖の北側、西側、南側は御坂基盤層により構
成されているが、東側新富士火山の旧期の溶岩、さらにそれらを
覆う形で青木ヶ原溶岩が分布している。この溶岩流については水
中に流入して形成された水底溶岩の可能性も指摘されている。(
久野久(1968)水中自破砕溶岩)また本栖湖畔のボーリング
調査において43mより上位は新富士火山の特徴が示され、それ
より深いところは古富士火山の特徴を示している。その時期は概
ね30,000年前以降の溶岩主体の富士山起源の火山活動が確
認-65-されている。イ信仰B1富士山本宮浅間大社・鏡池楼
門前の池で一名眼鏡池とも言われる。参道を挟んで両側に丸く池
が広がっている。寛文10年(1670)の絵図では、ここから
流れる水が御手洗川に流れ込んでいる。写真鏡池の写真B2山宮
浅間神社構成資産の土地には丘陵や河川などの自然地形が見られ
、構成資産を成立させる重要な要素となって存在しているものが
ある。B3村山浅間神社構成資産の土地には丘陵や河川などの自
然地形が見られ、構成資産を成立させる重要な要素となって存在
しているものがある。B4須山浅間神社構成資産の土地には丘陵
や河川などの自然地形が見られ、構成資産を成立させる重要な要
素となって存在しているものがある。B5須走浅間

52 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:03:12 ID:
無戸室浅間神社・石造物群1673年、富士講道者村上光清により現船津胎内樹型
が発見され、開祖が祀った焼入の地の浅間明神が遷宮された。浅間明神誕生の地と
もいわれ、無戸室(むつむろ)に火を放ち、無事に御子を出産したという故事に倣
い社号を無戸室浅間神社と名付けた。-60-B13吉田胎内樹型図以下に示す要
素が点在している平面図吉田胎内樹型は、1892年に富士道者によって整備され
た「お胎内」(溶岩樹型)である。顕著な普遍的価値を構成する諸要素には、宗教
的な意義付けがされている地形空間(溶岩樹型)などがある。・胎内樹型吉田胎内
樹型は、承平噴火(937)で流出した剣丸尾第1溶岩流の東縁に所在する。本穴
の側面では垂れ下がった溶岩が肋骨のように見え、母の胎内に似ているため、浅間
大菩薩(木花開耶姫)出世の御胎内として信仰の対象となった。・洞内の石祠、石
造物群吉田胎内の本穴の奥には、石祠があって富士講にとっての富士山の祭神であ
る木花開耶姫が祀られている。樹型内に入ると横穴の正面には、食行身禄を祀る石
祠がある。B14人穴富士講遺跡(人穴浅間神社)図以下に示す要素が点在してい
る平面図・犬涼み溶岩流人穴付近は、新富士火山旧期溶岩(約11,000年前か
ら約5,000年前)に属する犬涼み溶岩流の末端部近くに位置している。犬涼み
溶岩流は、標高1,206mの犬涼み山から噴出し、西方に約5㎞、標高差にして
約700mの扇状地をつくる溶岩流である。写真溶岩流の写真図溶岩流の詳細図・
溶岩洞穴人穴溶岩洞穴は、天正年間に富士講の開祖、長谷川角行が千日の行を行っ
たとされる洞穴である。犬涼み溶岩流の中に存在する19箇所の溶岩洞穴のうち、
西端部の最も低い位置にあり、溶岩が流れ下るとき溶岩表面が冷やされて固化した
後、内部の溶けた溶岩が抜けて空洞ができたものである。洞穴の南西の端が進入口
となり、洞穴中央部でくの字型に曲がっている。入口から約30mの屈曲部手前中
央には、直径約5mの溶岩柱がある。全体として幅広く、奥に入ると広々として平
坦な空間となっている。最奥部までは約80mで、そのまま閉塞して

53 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:03:19 ID:
される。「墓碑供養碑」が最も多い。-61-写真碑塔群の写
真図碑塔群の配置図・参道洞穴入口や浅間神社社殿のある平場
へ至る参道が、境内地内を南から北へ伸びている。現在はコン
クリートで覆われている。・建物跡大小2つの建物跡が人穴洞
穴直上の平場で検出されている。西側に規模の大きな1棟と、
その東側にやや小規模の1棟があり、大規模なものの方がより
古い遺構とみられる。また建物跡の周辺には石積みが施されて
いる。・参道跡建物跡へ向かう参道跡が、建物跡南側の平場か
ら斜面を下り、井戸跡の所在する平地まで約34m続いている
。溶岩角礫や露出している溶岩を利用して21段の石段が構築
されている。・道跡2本の道跡と思われる石列が参道跡の上り
口、石垣の西側に位置する。建物跡と洞穴や碑塔群などを結ぶ
機能を有していたと考えられる。・炭焼窯跡指定地の北側を通
る林道に沿って、5箇所の炭焼窯跡が検出されている。昭和初
期まで使用されていたものであるが、富士講に関わる遺構は検
出されていない。・井戸跡参道跡の南側に位置する。内部が溶
岩角礫や土砂によって埋没し、涸れ井戸となっている。B15
白糸ノ滝図以下に示す要素が点在している平面図・古富士泥流
堆積物山体が崩壊した際に崩れた土砂が堆積した地層であり、
古富士火山の一部を形成するものである。この地層は、塊状礫
岩と平行層理を持つ砂岩が不規則に互層しているものである。
写真写真・白糸溶岩流新富士火山の土台となっている溶岩流の
ひとつであり、白糸ノ滝付近0.3平方キロメートル程度にあ
る。白糸溶岩流は4枚の溶岩流層からなると考えられており、
白糸ノ滝では2枚の溶岩流層が確認できる。溶岩流層の境目に
はマグマの急冷時に形成された粉砕部(クリンカー)が発達し
ている。また、溶岩流内部には、マグマが冷え固まった際の収
縮により形成された縦方向の割れ目(柱状節理)が存在する。
白糸ノ滝は、地質の特徴上、次のようなメカニズムで崩落を繰
り返していると考えられている。白糸の滝は、最近10年間の
平均で日量約15.6万トンの湧水量が見積もられており、こ
の多量の水の落下は、白糸溶岩流に比して軟弱な

54 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:05:25 ID:
代表する名峰であることから、日本の各地に「富士」の付く地名が多数存在してい
る。富士山の麓として静岡県に富士市・富士宮市、富士郡、山梨県に富士吉田市・
富士河口湖町・富士川町があるほか、よくあるものとして富士山が見える場所を富
士見と名づけたり(例:埼玉県富士見市)、富士山に似ている山(主に成層火山)
に「富士」の名を冠する例(信濃富士など)がある。日本国外に移住した日本人た
ちも、居住地付近の山を「○○富士」と呼ぶことがある。詳細は「富士見」および
「富士街道」を参照また、全国各地には少なくとも、321座を超える数の富士と
名の付く山があり、それらを郷土富士と呼ぶ。詳細は「郷土富士」を参照なお、地
名以外にも「富士」を冠した名称は多く存在する。詳細は「フジ」を参照また、異
名として芙蓉峰とも言う。詳細は「芙蓉」を参照地質学上の富士山富士山周辺の地
形図富士山の構造図地質学上の富士山は典型的な成層火山であり、この種の火山特
有の美しい稜線を持つ。現在の富士山の山体は、大きく分けて下記の4段階の火山
活動によって形成されたものだと考えられている。先小御岳(せんこみたけ)火山
小御岳(こみたけ)火山古富士(こふじ)火山新富士(しんふじ)火山この中で先
小御岳が最古であり、数十万年前の更新世にできた火山である。東京大学地震研究
所が2004年4月に行ったボーリング調査によって、小御岳の下にさらに古い山
体があることが判明した。安山岩を主体とするこの第4の山体は「先小御岳」と名
付けられた。古富士は8万年前頃から1万5千年前頃まで噴火を続け、噴出した火
山灰が降り積もることで、標高3,000m弱まで成長した。山頂は宝永火口の北
側1?2kmのところにあったと考えられている。2009年10月に、GPSに
よる富士山の観測で地殻変動が確認された。これは1996年4月の観測開始以来
初めてのことである。この地殻変動により最大2センチの変化が現れ、富士宮市-
富士吉田市間で約2cm伸びた。これはマグマが蓄積している(活火山である)現
れとされている。プレートの観点からは、ユーラシアプレート外縁

55 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:05:57 ID:
代表する名峰であることから、日本の各地に「富士」の付く地名が多数存在してい
る。富士山の麓として静岡県に富士市・富士宮市、富士郡、山梨県に富士吉田市・
富士河口湖町・富士川町があるほか、よくあるものとして富士山が見える場所を富
士見と名づけたり(例:埼玉県富士見市)、富士山に似ている山(主に成層火山)
に「富士」の名を冠する例(信濃富士など)がある。日本国外に移住した日本人た
ちも、居住地付近の山を「○○富士」と呼ぶことがある。詳細は「富士見」および
「富士街道」を参照また、全国各地には少なくとも、321座を超える数の富士と
名の付く山があり、それらを郷土富士と呼ぶ。詳細は「郷土富士」を参照なお、地
名以外にも「富士」を冠した名称は多く存在する。詳細は「フジ」を参照また、異
名として芙蓉峰とも言う。詳細は「芙蓉」を参照地質学上の富士山富士山周辺の地
形図富士山の構造図地質学上の富士山は典型的な成層火山であり、この種の火山特
有の美しい稜線を持つ。現在の富士山の山体は、大きく分けて下記の4段階の火山
活動によって形成されたものだと考えられている。先小御岳(せんこみたけ)

56 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:09:44 ID:
の滝(清めの滝)境内地の池で汲み上げた水が、石鳥居南側の「
信しげの滝」まで流れている。B6河口浅間神社B7冨士御室浅
間神社B8御師住宅中門をくぐると川(水路)が流れており、か
つては当家に宿泊する富士講の禊ぎの場となっていた。B9山中
湖B10河口湖B11忍野八海B12船津胎内樹型・構成岩石質
、地質学的形状(平面的、立体的)等B13吉田胎内樹型溶岩流
の流出時の表面の状態がほぼ保たれている。地域を覆う玄武岩溶
岩流をはじめ、スコリアなどの火山活動に伴う噴出物が顕著に見
られる。B14人穴富士講遺跡(人穴浅間神社)-66-構成資
産の土地には丘陵や河川などの自然地形が見られ、構成資産を成
立させる重要な要素となって存在しているものがある。B15白
糸の滝構成資産の土地には丘陵や河川などの自然地形が見られ、
構成資産を成立させる重要な要素となって存在しているものがあ
る。ウ眺望C三保松原なし②森林、植栽樹木構成資産の土地には
、富士山の景観を構成している天然林、富士山原始林及び青木ヶ
原樹海、人工林などからなる森林が存在しているほか、社叢林・
境内林などが存在している。ア富士山山体及び登山道A富士山標
高3,300m付近より上方の地域にコケ類・地衣類が生育して
いる。A1山頂信仰遺跡なしA2大宮・村山口登山道・草山部分
の植物村山浅間神社から中宮八幡堂跡の下までにあたり、植物の
垂直分布では、丘陵帯から山地帯にあたる。戦後、スギ・ヒノキ
・モミなどの植林が行われ、道沿いはほとんどが人工林であるが
、天照教社から富士山麓山の村を経て中宮八幡堂跡に至る道沿い
には、ブナ・ミズナラ・カエデなどの落葉広葉樹の自然林が残っ
ている。林の下にはササ(スズタケ)が視界を遮るほど生い茂っ
ている。・木山部分の植物中宮八幡堂跡付近から新5合目の森林
限界(2,400m付近)までにあたり、植物の垂直分布では、
山地帯から亜高山帯にあたる。高所に上がるにつれてブナ・カエ
デなどの広葉樹からウラジロモミ・シラビソなどの針葉樹に変わ
り、標高1,600m付近で落葉樹とササがなくなる。・焼山部
分の植物森林限界である標高2,400m付近から上で、植物の
垂直分布では高山帯にあたる。この付近の植物は7

57 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:10:02 ID:
れる。写真溶岩洞穴の写真図洞穴の図面・社叢(周辺の植生)人穴集落では主に製
炭と農業を中心とした生活が営まれたため、薪炭材のコナラ・クヌギ等を中心に育
林していた。しかし、昭和30年代に薪炭の消費が減少し、境内地とその周辺は建
材としてのヒノキ・スギに改植された。御神木に相当する大樹等は存在しない。・
碑塔群人穴浅間神社の境内地には、富士講信者が建立した232基の碑塔が存在す
る。そのうち碑塔に建立年が刻まれたもの89基についてみると、一番古い碑塔は
寛文4年(1664)建立のものである。建立目的によって大きく分類すると、個
人の戒名や行名を記した墓碑・供養碑である「墓碑供養碑」、修行による大願成就
を祈願する「祈願奉納碑」、個人の富士登拝や講の人穴参拝を記念する「顕彰記念
碑」の3種とそれ以外に整理される。「墓碑供養碑」が最も多い。-61-写真碑
塔群の写真図碑塔群の配置図・参道洞穴入口や浅間神社社殿のある平場へ至る参道
が、境内地内を南から北へ伸びている。現在はコンクリートで覆われている。・建
物跡大小2つの建物跡が人穴洞穴直上の平場で検出されている。西側に規模の大き
な1棟と、その東側にやや小規模の1棟があり、大規模なものの方がより古い遺構
とみられる。また建物跡の周辺には石積みが施されている。・参道跡建物跡へ向か
う参道跡が、建物跡南側の平場から斜面を下り、井戸跡の所在する平地まで約34
m続いている。溶岩角礫や露出している溶岩を利用して21段の石段が構築されて
いる。・道跡2本の道跡と思われる石列が参道跡の上り口、石垣の西側に位置する
。建物跡と洞穴や碑塔群などを結ぶ機能を有していたと考えられる。・炭焼窯跡指
定地の北側を通る林道に沿って、5箇所の炭焼窯跡が検出されている。昭和初期ま
で使用されていたものであるが、富士講に関わる遺構は検出されていない。・井戸
跡参道跡の南側に位置する。内部が溶岩角礫や土砂によって埋没し、涸れ井戸とな
っている。B15白糸ノ滝図以下に示す要素が点在している平面図・古富士泥流堆
積物山体が崩壊した際に崩れた土砂が堆積した地層であり、古富士火

58 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:10:52 ID:
積物を次第に浸食する。やがて、下部が抉り取られることで上
部の溶岩流はオーバーハング状態となり、自重に耐えられなく
なった時点で自然崩落する。この作用が繰り返され、崖線が後
退し続けていると考えられる。また、白糸溶岩流内の柱状節理
は浸食に弱く、滝の後退を早める一因と指摘されている。白糸
ノ滝は、1年に約2センチメートルの割合で北側に後退してい
るという計算もある。音止の滝も、白糸ノ滝と同様の地質であ
り、同様のメカニズムで崩落-62-を繰り返している

59 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:13:52 ID:
三重会合点(英語版))となっている。富士山下で沈み込んでい
るフィリピン海プレートのさらに下に太平洋プレートが沈み込ん
でおり、富士山のマグマは、東日本にある島弧火山と同様に太平
洋プレートに由来するものである。富士山の火山上の特徴は、日
本列島の陸上で他にない均整のとれた山体であること、日本の火
山のほとんどが安山岩マグマを多く噴出しているのに対し、富士
山は玄武岩マグマを多く噴出すること、側火山が非常に多いこと
がある。富士山頂山頂火口を上空より山頂火口山頂には火口(お
鉢)がありこれを「大内院」と呼ぶ。これを囲むようにして8つ
の峰がありこれを八神峰と呼ぶ。火口の南西側に最高点の剣ヶ峰
があり二等三角点(点名は、富士山。標高3775.51m20
14年4月1日改算)、火口の北側には二等三角点(点名は、富
士白山。標高3756.23m2014年4月1日改算)が設置
されている。火口の構造は、国土地理院によると、最深部の標高
が3538.7m、火口の深さは約237m、山頂火口の直径は
780m、火口底の直径は130mとある。登山道を除く8合目
より上は、富士宮市にある富士山本宮浅間大社の私有地であるが
、県境と市町村境界は未確定である。2014年1月の富士山世
界文化遺産協議会後の記者会見でも静岡県知事の川勝平太と山梨
県知事の横内正明は県境を定めないことを明言している。国土地
理院がインターネット上で公開している地形図では2013年1
0月から地図上の地点を指定すると住所、緯度・経度、標高が表
示される機能が加わったが、帰属未確定の地点の場合には近くの
帰属が確定している住所が表示されるという設定になっているた
め、富士山頂(剣が峰)を指定すると静岡県富士宮市として表示
されることが山梨県などから指摘され、これを受けて富士山頂の
住所表示については非表示になるよう変更された。宝永山宝永山
と宝永噴火口宝永山(ほうえいざん)は宝永4年(1707年)
の宝永大噴火で誕生した側火山(寄生火山)である。富士山南東
斜面に位置し標高は2,693mである。宝永山の西側には巨大
な噴火口が開いている。これらを間近で見ることができる登山コ
ースも整備されている。詳細は「宝永山」を参照

60 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:14:33 ID:
カプレート又はオホーツクプレートと接するフォッサマグナ(すぐ西に糸魚川静岡
構造線)に南からフィリピン海プレートが沈み込む位置であり(ほぼ、相模トラフ
と駿河トラフ及び伊豆・小笠原・マリアナ島弧を陸上に延長した交点)、3個のプ
レートの境界域(三重会合点(英語版))となっている。富士山下で沈み込んでい

61 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:16:49 ID:
月上旬にかけていっせいに花を咲かせる。オンタデ、ムラサキモ
メンヅル、ミヤマオトコヨモギなどが見られる。A3須山口登山
道・木山部分の植物植物の垂直分布では、須山御胎内(標高1,
440m付近)付近は夏緑樹林帯(ブナ・ミズナラ・カエデ類)
にあたり、林床にはササ類が密生している。幕岩上部(標高1,
680m付近)付近は、針葉樹のシラビソ・-67

62 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:17:06 ID:
成するものである。この地層は、塊状礫岩と平行層理を持つ砂岩が不規則に互層し
ているものである。写真写真・白糸溶岩流新富士火山の土台となっている溶岩流の
ひとつであり、白糸ノ滝付近0.3平方キロメートル程度にある。白糸溶岩流は4
枚の溶岩流層からなると考えられており、白糸ノ滝では2枚の溶岩流層が確認でき
る。溶岩流層の境目にはマグマの急冷時に形成された粉砕部(クリンカー)が発達
している。また、溶岩流内部には、マグマが冷え固まった際の収縮に

63 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:17:14 ID:
士講の信者の中には白糸の滝を訪れる者や、白糸の滝で修行を
行う者がいたことが知られている。幕末の資料には、白糸の滝
で垢離をとり修行を行った富士講の信者の記録がある。指定地
内には富士講の信者が建てた石碑があり、「仙元大神」と記さ
れたもの(市道沿い)や、「食行身禄」と記されたもの(白糸
の滝滝つぼ右岸)等がある。・白糸の滝の勝景白糸の滝の、数
多の白い糸を垂らしたように落ちる優美な勝景がある。写真景
勝の写真・音止の勝景音止の滝の、轟音をたてて

64 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:21:27 ID:
動富士山の噴火詳細は「富士山の噴火史」を参照最終氷期が終了
した約1万1千年前、古富士の山頂の西側で噴火が始まり、溶岩
を大量に噴出した。この溶岩によって、現在の富士山の山体であ
る新富士が形成された。その後、古富士の山頂が新富士の山頂の
東側に顔を出しているような状態となっていたと見られるが、約
2,500?2,800年前、風化が進んだ古富

65 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:22:29 ID:
カプレート又はオホーツクプレートと接するフォッサマグナ(すぐ西に糸魚川静岡
構造線)に南からフィリピン海プレートが沈み込む位置であり(ほぼ、相模トラフ
と駿河トラフ及び伊豆・小笠原・マリアナ島弧を陸上に延長した交点)、3個のプ
レートの境界域(三重会合点(英語版))となっている。富

66 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:23:43 ID:
ソ・コメツガなどが多くなるが、森林限界(標高1,700~1
,750m)に近くなるにつれて樹高が低くまばらになる。宝永
噴火の際に噴出したスコリアが厚く堆積しているため、須山口登
山道付近の森林限界は、他の登山道よりもかなり低い。・焼山部
分の植物須山口登山道2合8勺(標高2,050m付近)から頂
上までは、植物の垂直分布で高山帯にあたる。オンタデ、イタド
リ、フジハタザオ、フジアザミなどが、まばらに分布する。A4
須走口登山道・木山部分の植物植物の垂直分布では、須走口登山
道5合目(標高2,000m)付近は、亜高山針葉樹林帯でシラ
ビソ・オオシラビソ・コメツガなどが分布する。須走口登山道の
森林限界は約2,700mで、他の登山道よりも高い。・焼山部
分の植物森林限界を過ぎると高山帯となり、オンタデ、イタドリ
、フジハタザオ、フジアザミなどが、まばらに分布する。A5吉
田口登山道標高1600m付近より下方の区域は、山地帯に属す
る。自然林はごく少なく、ほとんどがアカマツ・カラマツなどの
植林地である。わずかに残る自然林では、ミズナラ・ウラジロモ
ミや自生のアカマツ等が生えている。天然記念物「躑躅原のレン
ゲツツジ及びフジザクラ群落」が存在するのもこの地域である。
標高1600mから2500m付近までの区域が亜高山帯にあた
り、コメツガ・シラベ・オオシラビソの森林を形成している。火
山礫の露出した日当たりの良いところには、ダケカンバが生えて
いる。・焼山部分の植物標高2500m付近から上の区域は高山
帯に当たり、森林は形成されない。植物はほとんどみられない地
域であることから、かつては「焼山」と呼ばれた。植物の遷移の
過程を見ることが出来る場所としても、学術的価値が高い。ここ
には、カラマツが匍匐状に生育し、乾燥に強いミヤマハンノキ・
オンタデ・メゲツソウ・フジアザミ・ムラサキモメンズルなどが
生育する。A6北口本宮冨士浅間神社A7西湖A8精進湖A9本
栖湖水辺植物群、沈水植物群にそれぞれ特徴が挙げられる。イ信
仰B1富士山本宮浅間大社構成資産の土地には、丘陵を構成する
社叢林・境内林などのほか、敷地内において植栽された樹木等が
存在している。-68-B2山宮浅間神社構成資産

67 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:24:00 ID:
た縦方向の割れ目(柱状節理)が存在する。白糸ノ滝は、地質の特徴上、次のよう
なメカニズムで崩落を繰り返していると考えられている。白糸の滝は、最近10年
間の平均で日量約15.6万トンの湧水量が見積もられており、この多量の水の落
下は、白糸溶岩流に比して軟弱な古富士泥流堆積物を次第に浸食する。やがて、下
部が抉り取られることで上部の溶岩流はオーバーハング状態となり、自重に耐えら
れなくなった時点で自然崩落する。この作用が繰り返され、崖線が後退し続けてい
ると考えられる。また、白糸溶岩流内の柱状節理は浸食に弱く、滝の後退を早める
一因と指摘されている。白糸ノ滝は、1年に約2センチメートルの割合で北側に後
退しているという計算もある。音止の滝も、白糸ノ滝と同様の地質であり、同様の
メカニズムで崩落-62-を繰り返していると考えられている。写真溶岩流の写真
図溶岩流の拡散図・白糸ノ滝白糸の滝は、高さ約20メートル、長さ約120メー
トルに渡り馬蹄状に広がる崖面の各所から湧出した水が、数多の白い糸を垂らした
ように流れ落ち、滝となったものである。白糸ノ滝周辺の地質は、下部に不透水層
である古富士泥流堆積物があり、上部に透水性のある白糸溶岩流があると考えられ
ている。富士山麓に降った雨水は、上部の溶岩流を透過し、下部の不透水層との境
目を流れ下っていると考えられている。白糸の滝は、両層が崖面として露出してお
り、両層の境目や上部の溶岩流の間から水が湧出している様子が確認できる。写真
滝の写真(音止の滝も同時に掲載)・音止の滝音止の滝は、「音無の滝」とも呼ば
れ、白糸の滝と台地を隔てた東側に位置する。主瀑は落差約25メートルを流れ落
ちる芝川の本流であり、轟音を轟かせている。崖面では、白糸の滝同様の地層が観
察され、湧水が見られるが、白糸の滝に比して水量は少ない。・鬢撫水鬢撫水は、
「お鬢水」とも呼ばれ、白糸の滝の崖上にある。鬢撫水は、湧水が池となったもの
であり、その水は白糸の滝の一部として流れ落ちている。また、ここには「駒繋石
」、「弁当(行厨)石」、「杓子石」等の名前のついた石があったと

68 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:24:08 ID:
勝景がある。写真景勝の写真・富士山の展望指定地では、白糸
の滝と音止の滝の勝景とともに、見事な富士山が望まれる。写
真展望の写真・富士の巻狩の伝承「白糸ノ滝」には、建久4年
(1193)に源頼朝が行ったいわゆる富士の巻狩にまつわる
伝承がある。音止の滝の名前は、富士の巻狩に関係する曽我兄
弟の仇討ち伝承に由来するもので、兄弟が仇討ちの相-63-
談をしている間は水音を止めたことから名づけられたという。
また、鬢撫水には、富士の巻狩の折に源頼朝がここで鬢のほつ
れを直したという伝承がある。・歌碑「白糸ノ滝」の勝景は古
くから詩歌に詠まれてきており、白糸の滝滝つぼ右岸には白糸
の滝の勝景を詠んだ歌碑がある。・標識名勝及び天然記念物で
あることを明示する標識がある。③眺望C三保松原図以下に示
す要素が点在している平面図三保松原は、静岡市清水区南東部
に位置する三保半島にあり、半島の東岸真崎から海岸線に沿い
、南北に約4キロメートルに及ぶ松林と内陸部に散在する松林
が主体をなしている。真崎から海岸線に沿う松林は、国有地又
は市有地が大半を占めているが、内陸部の松林と松林の景観を
維持している背後地については、ほとんどが民有地となってい
る。松林には、300年を経た老木から幼令木が約54,00
0本、幅広く分布している。図三保松原の地区区分図表地区区
分詳細表地区境界①特別規制A地区真崎灯台の内海側の第2種
規制地区との境界は、隣接する特別規制B地区と第2種規制地
区との境界(松が途切れる所)の延長線上とする。②特別規制
B地区特別規制A地区との境界は防潮堤外側とし、その他の規
制地区との境界は、羽衣参道は道路外側、それ以外は平成元年
4月1日現在において松原を形成している地区、ただし、真崎
先端の境界は真崎灯台と建設省財産、運輸省財産及び民地側の
境界を結んだ線とする。③第1種規制地区真崎付近の第2種規
制地区及び第3種規制地区との境界は、都市計画道路の中心線
とし、字広道の第2種規制地区との境界、字羽衣脇の三保第一
小学校を中心とする第2種規制地区との境界及び大字折戸地区
における第2種規制地区との境界は、隣接する道

69 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:29:37 ID:
丘陵を構成する社叢林・境内林などのほか、敷地内において植栽
された樹木等が存在している。B3村山浅間神社構成資産の土地
には、丘陵を構成する社叢林・境内林などのほか、敷地内におい
て植栽された樹木等が存在している。B4須山浅間神社構成資産
の土地には、丘陵を構成する社叢林・境内林などのほか、敷地内
において植栽された樹木等が存在している。B5須走浅間神社構
成資産の土地には、丘陵を構成する社叢林・境内林などのほか、
敷地内において植栽された樹木等が存在している。B6河口浅間
神社B7冨士御室浅間神社B8御師住宅B9山中湖B10河口湖
B11忍野八海B12船津胎内樹型B13吉田胎内樹型B14人
穴富士講遺跡(人穴浅間神社)構成資産の土地には、丘陵を構成
する社叢林・境内林などのほか、敷地内において植栽された樹木
等が存在している。B15白糸の滝イロハカエデ、ヤブツバキ等
の自然林や植栽等の植物がある。ウ眺望C三保松原松の生立木が
植栽及び自然植生している。③保存管理又は公開活用を目的とし
た建造物構成資産の土地には、保存管理、公開活用のための各種
展示施設・管理棟・防災施設のほか、解説板・誘導案内板等が存
在している。ア富士山山体及び登山道A富士山-69-富士山に
おける標識類総合ガイドラインに沿ったデザインで統一された案
内標識等の整備が進められている。A1山頂信仰遺跡富士山にお
ける標識類総合ガイドラインに沿ったデザインで統一された案内
標識等の整備が進められている。A2大宮・村山口登山道富士山
における標識類総合ガイドラインに沿ったデザインで統一された
案内標識等の整備が進められている。A3須山口登山道なしA4
須走口登山道富士山における標識類総合ガイドラインに沿ったデ
ザインで統一された案内標識等の整備が進められている。A5吉
田口登山道富士山における標識類総合ガイドラインに沿ったデザ
インで統一された案内標識等の整備が進められている。A6北口
本宮冨士浅間神社A7西湖A8精進湖A9本栖湖・2006年3
月22日より、自然環境や適切な利用環境の保全を図るため、本
栖湖水面は動力船の乗り入れ禁止区域に指定された。こうした規
制内容を説明するための説明板や水上バイク等動力

70 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:29:50 ID:
出した。この溶岩によって、現在の富士山の山体である新富士が形成された。その
後、古富士の山頂が新富士の山頂の東側に顔を出しているような状態となっていた
と見られるが、約2,500?2,800年前、風化が進んだ古富士の山頂部が大
規模な山体崩壊(「御殿場岩なだれ」)を起こして崩壊した。新富士の山頂から溶
岩が噴出していたのは、約1万1千年前?約8,000年前の3,000年間と、
約4,500年前?約3,200年前の1,300年間と考えられている。山頂部
からの最後の爆発的噴火は2300年前で、これ以降は山頂部からの噴火は無いが
、長尾山や宝永山などの側火山からの噴火が散発的に発生している。延暦19年-
21年(800年-802年)に延暦噴火、貞観6年(864年)に青木が原溶岩
を噴出した貞観大噴火。最後に富士山が噴火したのは宝永4年(1707年)の宝
永大噴火で、噴煙は成層圏まで到達し、江戸では約4cmの火山灰が降り積もった
。また、宝永大噴火によって富士山の山体に宝永山が形成された。その後も火山性
の地震や噴気が観測されており、今後も噴火の可能性が残されている。噴火の年代
が考証できる最も古い記録は、『続日本紀』に記述されている、天応元年(781
年)に富士山より降灰があったくだりである。平安時代初期に成立した『竹取物語
』にも、富士山が作品成立の頃、活動期であったことを窺わせる記述がある。平安
時代の歴史書『日本三代実録』には貞観大噴火の状況が迫力ある文体で記載され、
平安時代中期の『更級日記』には、富士山の噴気や火映現象を表した描写がある。
宝永大噴火についての記録は、新井白石による『折りたく柴の記』をはじめとした
文書、絵図等により多数残されている。その後も、噴煙や鳴動の記録は多く残され
ているが、記述から見て短期間かつ小規模な活動で終わったものと推測される。宝
永大噴火以来300年にわたって噴火を起こしていないこともあり、1990年代
まで小学校などでは富士山は休火山と教えられていた。しかし先述の通り富士山に
はいまだ活発な活動が観測されており、また気象庁が休火山という

71 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:29:55 ID:
在は不詳である。・植物白糸の滝の両岸の崖上には樹木が生い茂っている。また指
定地内には、メヤブソテツ、ユリワサビ等特色ある植物相がある。・富士講「白糸
ノ滝」には、江戸時代中期以降江戸で隆盛した富士講の祖長谷川角行にまつわる伝
承がある。角行は白糸の滝で垢離をとり修行を行ったとされ、富士講の信者の中に
は白糸の滝を訪れる者や、白糸の滝で修行を行う者がいたことが知られている。幕
末の資料には、白糸の滝で垢離をとり修行を行った富士講の信者の記録がある。指
定地内には富士講の信者が建てた石碑があり、「仙元大神」と記されたもの(市道
沿い)や、「食行身禄」と記されたもの(白糸の滝滝つぼ右岸)等がある。・白糸
の滝の勝景白糸の滝の、数多の白い糸を垂らしたように落ちる優美な勝景がある。
写真景勝の写真・音止の勝景音止の滝の、轟音をたてて落ちる雄大な勝景がある。
写真景勝の写真・富士山の展望指定地では、白糸の滝と音止の滝の勝景とともに、
見事な富士山が望まれる。写真展望の写真・富士の巻狩の伝承「白糸ノ滝」には、
建久4年(1193)に源頼朝が行ったいわゆる富士の巻狩にまつわる伝承がある
。音止の滝の名前は、富士の巻狩に関係する曽我兄弟の仇討ち伝承に由来するもの
で、兄弟が仇討ちの相-63-談をしている間は水音を止めたことから名づけられ
たという。また、鬢撫水には、富士の巻狩の折に源頼朝がここで鬢のほつれを直し
たという伝承がある。・歌碑「白糸ノ滝」の勝景は古くから詩歌に詠まれてきてお
り、白糸の滝滝つぼ右岸には白糸の滝の勝景を詠んだ歌碑がある。・標識名勝及び
天然記念物であることを明示する標識がある。③眺望C三保松原図以下に示す要素
が点在している平面図三保松原は、静岡市清水区南東部に位置する三保半島にあり
、半島の東岸真崎から海岸線に沿い、南北に約4キロメートルに及ぶ松林と内陸部
に散在する松林が主体をなしている。真崎から海岸線に沿う松林は、国有地又は市
有地が大半を占めているが、内陸部の松林と松林の景観を維持している背後地につ
いては、ほとんどが民有地となっている。松林には、300年を経た

72 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:30:42 ID:
規模な山体崩壊(「御殿場岩なだれ」)を起こして崩壊した。新
富士の山頂から溶岩が噴出していたのは、約1万1千年前?約8
,000年前の3,000年間と、約4,500年前?約3,2
00年前の1,300年間と考えられている。山頂部からの最後
の爆発的噴火は2300年前で、これ以降は山頂部からの噴火は

73 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:31:12 ID:
界とする。ただし、羽衣参道西側の第2種規制地区との境界は
、羽衣参道中心より25mの位置とする。④第2種規制地区真
崎付近第3種規制地区との境界は、市道本村海岸58号線の中
心の延長を境界とする。その他の地区との境界は、①②③を参
照。⑤第3種規制地区各地区との境界は②③④を参照。(2)
顕著な普遍的価値を構成する諸要素と密接に関わる諸要素①自
然地形構成資産の土地には、山並み、湧水や富士山及び側火山
の噴火等の火山活動によって形成された溶岩樹型などの自然地
形が見られ、構成資産を成立させる重要な要素と

74 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:36:10 ID:
止看板が湖畔の川尻地区などに設置されている。・中之倉トンネ
ル脇の山腹は旧五千円札(現千円札)の裏面に使用されている富
士山と本栖湖のイラストのモデルとなった岡田紅陽の写真の撮影
地である。国道300号線沿いの中之倉トンネル脇には四阿を有
する展望地がある。自然公園法の第2種特別地域として、観光施
設等も景観に配慮されている。イ信仰B1富士山本宮浅間大社・
渋沢用水(横溝川)神立山の北側部を流れる渋沢用水(横溝川)
は、淀師地区渋沢の湧水地に源を発し、神立山の北半部を蛇行し
ながら南東方向へ流れ、富士宮市中心部を灌漑する用水路である
。開削時期は不明であるが水田開発を目的として開削されたと考
えられ、開発が進むにつれ生活用水や防火用水として使われるよ
うになった。現在は水質悪化により生活用水としては利用されな
くなっている。・社務所-70-楼門から続く東廻廊の東側に、
神社を管理し神社の社務を取り扱う社務所が建てられている。・
祈祷殿楼門から続く西廻廊の西側に、各種祈祷や御祓いを行うた
めの祈祷殿が建てられている。・浅間大社参集所現在の参集所は
昭和53年(1978)に建てられたもので、直会や各種会合に
利用されている。・神田川ふれあい広場施設昭和39年に富士宮
市が浅間大社境内地の一部を児童公園として整備され、さらに平
成6年から7年にかけて親水広場を備えた「神田川ふれあい広場
」として再整備された。現在は、同時期に改修された神田川護岸
も含め、中心市街地の親水空間として市民の憩いの場となってい
る。広場内には、トイレ、各種遊具、ベンチ、時計、水飲み場等
の施設・設備が設置されている。・御手洗橋神田川ふれあい広場
の南東側には、長さ7.3m、幅11.5mの御手洗橋が架けら
れている。『大宮町誌』には、明治26年(1893)に架けら
れたとの記述がある。・弓道場第1駐車場西側に、弓道場が整備
されている。・消防団詰所鉄骨2階立ての富士宮市消防団第1方
面隊第3分団の詰所が、神立山南西の端に建てられている。・案
内板・説明板本殿や湧玉池などが、文化財に指定されていること
を案内・説明する高札が建てられている。・古神札納所拝殿東側
に、古い神札を納めるための屋根付きの箱が置かれ

75 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:36:28 ID:
木が約54,000本、幅広く分布している。図三保松原の地区区分図表地区区分
詳細表地区境界①特別規制A地区真崎灯台の内海側の第2種規制地区との境界は、
隣接する特別規制B地区と第2種規制地区との境界(松が途切れる所)の延長線上
とする。②特別規制B地区特別規制A地区との境界は防潮堤外側とし、その他の規
制地区との境界は、羽衣参道は道路外側、それ以外は平成元年4月1日現在におい
て松原を形成している地区、ただし、真崎先端の境界は真崎灯台と建設省財産、運
輸省財産及び民地側の境界を結んだ線とする。③第1種規制地区真崎付近の第2種
規制地区及び第3種規制地区との境界は、都市計画道路の中心線とし、字広道の第
2種規制地区との境界、字羽衣脇の三保第一小学校を中心とする第2種規制地区と
の境界及び大字折戸地区における第2種規制地区との境界は、隣接する道路の中心
を境界とする。ただし、羽衣参道西側の第2種規制地区との境界は、羽衣参道中心
より25mの位置とする。④第2種規制地区真崎付近第3種規制地区との境界は、
市道本村海岸58号線の中心の延長を境界とする。その他の地区との境界は、①②
③を参照。⑤第3種規制地区各地区との境界は②③④を参照。(2)顕著な普遍的
価値を構成する諸要素と密接に関わる諸要素①自然地形構成資産の土地には、山並
み、湧水や富士山及び側火山の噴火等の火山活動によって形成された溶岩樹型など
の自然地形が見られ、構成資産を成立させる重要な要素となって存在しているもの
もある。ア富士山山体及び登山道A富士山-64-・テフラ噴火の際、山頂火口か
ら粘性の小さい玄武岩質のテフラと溶岩を繰り返し多量に噴出したため、山頂付近
はテフラに覆われている。・大沢崩れ「八百八沢」と呼ばれる多くの浸食谷の中で
最も大きなもので、富士山西斜面の山梨県との県境に位置する。山頂直下から標高
2,200m付近まで延長2.1㎞、最大幅約500m、最大深さ約150mに渡
る。崩壊は現在も進行中で年平均約15万?の岩石・土砂を流出し、大沢川流域に
扇状地を形成している。写真大沢崩れの写真図大沢崩れの図面A1山

76 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:36:36 ID:
の滑床及び縄状溶岩など様々な地質・地形が火山

77 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:36:48 ID:
ことも重なり、現在は活火山に区分されている。2013年7月20日、産業技術
総合研究所は、1999年から約15年分の踏査データや地質調査データをまとめ
富士火山地質図第2版(Ver.1)として発表し、2016年には修正加筆が終
了した。同時に、溶岩が流れ出す規模の噴火は過去2000年間に少なくとも43
回あったとしている。山体崩壊の発生地震および噴火活動にともなう山体崩壊(岩
屑がんせつなだれ)が発生年代が不明確なものも含めて南西側に5回、北東側に3
回、東側に4回の計12回起きたとされている。また、直下に存在が示唆されてい
る活断層の活動によるマグニチュード7クラスの地震による崩壊も懸念されている
。主な発生歴約2900年前(御殿場泥流):東斜面で大規模(約18億立方メー
トル)な山体崩壊が発生し、泥流が御殿場周辺から東へは足柄平野へ、南へは三島
周辺を通って駿河湾へ流下、山体崩壊の発生原因は不明。1331年の元弘地震に
伴い発生。1891年濃尾地震に伴い発生。災害対策火山噴火予知連絡会(気象庁
)-富士山のみを限定するものではないが、日本の火山活動についての検討を実施
する。状況に応じて見解を発表するが、噴火の日時を特定して発表することはない
。定例会は年3回実施されるが、噴火時には随時開催される。2000年10月に
富士山の低周波地震が増加した際は、ワーキンググループが設置され、富士山に関
する基礎データの収集・整理、監視体制の検討、火山情報発信の方法などが集中的
に検討された。富士山ハザードマップ検討委員会(内閣府防災担当)-噴火時の広
域避難のために必要なハザードマップの作成が、検討委員会を通じて進められてい
る。富士直轄砂防事業(国土交通省)-大沢崩れを源にして発生する大規模な土石
流から、下流の保全対象を守る砂防事業を実施中。山梨県は2015年6月11日
、「富士山噴火時避難ルートマップ」を作成した。「静岡市市長の田辺信宏は20
16年1月22日の定例記者会見で、市消防航空隊が2013年、富士山で滑落し
た登山者を救助中にヘリコプターから落下させ、この登山者が死亡

78 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:37:01 ID:
たとしている。山体崩壊の発生地震および噴火活動にともなう山
体崩壊(岩屑がんせつなだれ)が発生年代が不明確なものも含め
て南西側に5回、北東側に3回、東側に4回の計12回起きたと
されている。また、直下に存在が示唆されている活断層の活動に
よるマグニチュード7クラスの地震による崩壊も懸念されている
。主な発生歴約2900年前(御殿場泥流):東斜面で大規模(
約18億立方メートル)な山体崩壊が発生し、泥流が御殿場周辺
から東へは足柄平野へ、南へは三島周辺を通って駿河湾へ流下、
山体崩壊の発生原因は不明。1331年の元弘地震に伴い発生。
1891年濃尾地震に伴い発生。災害対策火山噴火予知連絡会(
気象庁)-富士山のみを限定するものではないが、日本の火山活
動についての検討を実施する。状況に応じて見解を発表するが、
噴火の日時を特定して発表することはない。定例会は年3回実施
されるが、噴火時には随時開催される。2000年10月に富士
山の低周波地震が増加した際は、ワーキンググループが設置され
、富士山に関する基礎データの収集・整理、監視体制の検討、火
山情報発信の方法などが集中的に検討された。富士山ハザードマ
ップ検討委員会(内閣府防災担当)-噴火時の広域避難のために
必要なハザードマップの作成が、検討委員会を通じて進められて
いる。富士直轄砂防事業(国土交通省)-大沢崩れを源にして発
生する大規模な土石流から、下流の保全対象を守る砂防事業を実
施中。山梨県は2015年6月11日、「富士山噴火時避難ルー
トマップ」を作成した。「静岡市市長の田辺信宏は2016年1
月22日の定例記者会見で、市消防航空隊が2013年、富士山
で滑落した登山者を救助中にヘリコプターから落下させ、この登
山者が死亡した事故を受け、再発防止策として、市消防局がヘリ
で救助できる山の高さに3200メートルと上限を設けたことを
明らかにした。」。地殻変動の観測国の機関(防災科学技術研究
所、気象庁、国土地理院、産業技術総合研究所)及び大学(東京
大学地震研究所)などにより観測が行われている。国土地理院:
地磁気観測点が、鹿野山測地観測所、水沢測地観測所および江刺
観測場に設置されている。また、山頂にはGPS

79 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:42:02 ID:
金剛杖古神札納所西側に、大金剛杖が置かれている。開山祭に使
用されていた。・藤棚水屋神社の南側に、藤棚が設けられている
。・駐車場指定地の南西部分には、自動発券機(料金収受機)を
設置した第1駐車場が整備されている。B2山宮浅間神社・案内
板・説明板籠屋の南側に、案内板等が建てられている。山宮浅間
神社の由緒を記したもの、山宮浅間神社の概要と、市指定文化財
であることを記したもの、山宮浅間神社の概要と、富士宮市「歩
く博物館」のコースであることを示すものの3本で

80 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:42:27 ID:
成されている。A6北口本宮冨士浅間神社A7西湖A8精進湖
A9本栖湖地質学的にみると湖の北側、西側、南側は御坂基盤
層により構成されているが、東側新富士火山の旧期の溶岩、さ
らにそれらを覆う形で青木ヶ原溶岩が分布している。この溶岩
流については水中に流入して形成された水底溶岩の可能性も指
摘されている。(久野久(1968)水中自破砕溶岩)また本
栖湖畔のボーリング調査において43mより上位は新富士火山
の特徴が示され、それより深いところは古富士火山の特徴を示
している。その時期は概ね30,000年前以降の溶岩主体の
富士山起源の火山活動が確認-65-されている。イ信仰B1
富士山本宮浅間大社・鏡池楼門前の池で一名眼鏡池とも言われ
る。参道を挟んで両側に丸く池が広がっている。寛文10年(
1670)の絵図では、ここから流れる水が御手洗川に流れ込
んでいる。写真鏡池の写真B2山宮浅間神社構成資産の土地に
は丘陵や河川などの自然地形が見られ、構成資産を成立させる
重要な要素となって存在しているものがある。B3村山浅間神
社構成資産の土地には丘陵や河川などの自然地形が見られ、構
成資産を成立させる重要な要素となって存在しているものがあ
る。B4須山浅間神社構成資産の土地には丘陵や河川などの自
然地形が見られ、構成資産を成立させる重要な要素となって存
在しているものがある。B5須走浅間神社・信しげの滝(清め
の滝)境内地の池で汲み上げた水が、石鳥居南側の「信しげの
滝」まで流れている。B6河口浅間神社B7冨士御室浅間神社
B8御師住宅中門をくぐると川(水路)が流れており、かつて
は当家に宿泊する富士講の禊ぎの場となっていた。B9山中湖
B10河口湖B11忍野八海B12船津胎内樹型・構成岩石質
、地質学的形状(平面的、立体的)等B13吉田胎内樹型溶岩
流の流出時の表面の状態がほぼ保たれている。地域を覆う玄武
岩溶岩流をはじめ、スコリアなどの火山活動に伴う噴出物が顕
著に見られる。B14人穴富士講遺跡(人穴浅間神社)-66
-構成資産の土地には丘陵や河川などの自然地形が見られ、構
成資産を成立させる重要な要素となって存在して

81 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:43:53 ID:
、再発防止策として、市消防局がヘリで救助できる山の高さに3200メートルと
上限を設けたことを明らかにした。」。地殻変動の観測国の機関(防災科学技術研
究所、気象庁、国土地理院、産業技術総合研究所)及び大学(東京大学地震研究所
)などにより観測が行われている。国土地理院:地磁気観測点が、鹿野山測地観測
所、水沢測地観測所および江刺観測場に設置されている。また、山頂にはGPSの
電子基準点。気象庁観測所:地震計(山頂、御殿場口8合目、吉田口6合目、鳴沢
塒塚東、太郎坊)、傾斜計(太郎坊)、空振計(太郎坊、上井出)、GSP(太郎
坊)、望遠カメラ(萩原)防災科学技術研究所:火山活動可視情報化システム(V
IsualizationsystemforVolcanicActivity
)噴出物災害などへの対策国土交通省、富士砂防事務所:静岡県、山梨県と連携し
火砕流、溶岩流などの火山活動に伴う災害を防ぐための調査・検討を実施しハザー
ドマップが作成されている。しかし、山体崩壊を想定したハザードマップは201
2年現在未作成である。富士山と気象気候山頂は最暖月の8月でも平均気温が6℃
しかなく、ケッペンの気候区分では最暖月平均気温が0℃以上10℃未満のツンド
ラ気候に分類される。太平洋側の気候のため1月や2月は乾燥し、3月、4月、5
月、6月が最深積雪トップ10を占める。観測史上最低気温は-38.0℃で最高
気温が-30℃未満の日も過去に数回観測されていて-30℃を上回ることがない
1日というのは北海道でも例がない。富士山での気象観測かつて気象庁東京管区気
象台が富士山頂剣ヶ峯に設置していた気象官署が富士山測候所である。現在は富士
山特別地域気象観測所となっており、自動気象観測装置による気象観測を行ってい
る。詳細は「富士山測候所」を参照気象現象山体に強風が吹くと砂が巻き上げられ
、周辺の自治体に降ることがある。2010年12月15日には、神奈川県の西部
から南部にかけて黒い砂が積もり、その状況から富士山の砂が巻き上げられ、西風
に乗り降り積もったと考えられると報道された。富士山北麓の一部

82 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:44:05 ID:
気象庁観測所:地震計(山頂、御殿場口8合目、吉田口6合目、
鳴沢塒塚東、太郎坊)、傾斜計(太郎坊)、空振計(太郎坊、上
井出)、GSP(太郎坊)、望遠カメラ(萩原)防災科学技術研
究所:火山活動可視情報化システム(VIsualizatio
nsystemforVolcanicActivity)噴出
物災害などへの対策国土交通省、富士砂防事務所:静岡県、山梨
県と連携し火砕流、溶岩流などの火山活動に伴う災害を防ぐため
の調査・検討を実施しハザードマップが作成されている。しかし
、山体崩壊を想定したハザードマップは2012年現在未作成で
ある。富士山と気象気候山頂は最暖月の8月でも平均気温が6℃
しかなく、ケッペンの気候区分では最暖月平均気温が0℃以上1
0℃未満のツンドラ気候に分類される。太平洋側の気候のため1
月や2月は乾燥し、3月、4月、5月、6月が最深積雪トップ1
0を占める。観測史上最低気温は-38.0℃で最高気温が-3
0℃未満の日も過去に数回観測されていて-30℃を上回ること
がない1日というのは北海道でも例がない。富士山での気象観測
かつて気象庁東京管区気象台が富士山頂剣ヶ峯に設置していた気
象官署が富士山測候所である。現在は富士山特別地域気象観測所
となっており、自動気象観測装置による気象観測を行っている。
詳細は「富士山測候所」を参照気象現象山体に強風が吹くと砂が
巻き上げられ、周辺の自治体に降ることがある。2010年12
月15日には、神奈川県の西部から南部にかけて黒い砂が積もり
、その状況から富士山の砂が巻き上げられ、西風に乗り降り積も
ったと考えられると報道された。富士山北麓の一部農地(現在の
山梨県富士吉田市など)では、富士山の標高2600m付近に現
れる農鳥(鳥の形に見える残雪)の出現する時期によって、農作
物が豊作になる・凶作となるという言い伝えがある。富士山では
山岳波が発生することもあり墜落事故も起きている(英国海外航
空機空中分解事故など)。富士山麓の自然環境富士山麓の天然記
念物として、「富士山原始林及び青木ヶ原樹海」(天然記念物:
1926年2月24日指定、2010年3月8日追加指定・名称
変更)、「富士風穴」(天然記念物:1929年

83 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:48:21 ID:
り籠屋から遥拝所へ向かう石段の脇に、手すりが設置されている
。・鉄柱籠屋から遥拝所へ向かう参道と石段の両脇に、祭祀で利
用する鉄柱が設置されている。・トイレ籠屋西側に、水洗トイレ
が設置されている。・水道籠屋南側に、コンクリート製の水道施
設が設置されている。-71-・水飲み場水道施設の南側に、コ
ンクリート製の水飲み場が設置されている。・ベンチ休憩用のベ
ンチが設置されている。・鳥居駐車場横の参道に、コンクリート
製の鳥居が建てられている。・燈篭コンクリート製の鳥居から籠
屋へ至る参道の両側に氏子等が奉納した燈篭が並んで設置されて
いる。また、籠屋北側鉾立石の左右にも1基ずつ設置されている
。・駐車場乗用車3台程を駐車できる駐車場が、県道から入って
境内地を横切る道沿いに設けられている。・石碑山宮浅間神社の
由緒を記した石碑が、駐車場の北側に設置されている。・石造物
参道沿いには、道祖神、青面金剛、観音等の石造物が置かれてい
る。B3村山浅間神社・社務所境内西側に、社務所が建てられて
いる。・宝物殿社殿の南西側に、宝物殿が建てられている。・村
山公会堂社務所の西側には、元村山地区の住民が、会合等で利用
する公会堂が建てられている。・トイレ社務所北側に、トイレが
設置されている。・参道手すり氏神社へと登る参道脇には、アル
ミ製の手すりが設置されている。・御神木柵県指定天然記念物の
イチョウの周囲には、樹木保護のための柵が設置されている。・
御神木指定証県天然記念物に指定されているイチョウと大スギが
、御神木に指定された旨を示す札が、イチョウ周囲の柵と大スギ
の幹に掲げられている。・石柱村山浅間神社が、大正14年(1
925)に縣社に昇格したことを示す石柱が、参道入口左側に設
置されている。また、昭和62年(1987)に寄贈された「富
士根本宮村山浅間神社」と刻まれた石柱が、参道入口右側に設置
されている。・児童公園六道坂入り口付近に、すべり台等の遊具
を備え、またプールを併設した児童公園が整備されている。・駐
車場境内地西端に、参詣者用の駐車場が整備されている。-72
-・村山水道完成記念碑社務所裏側に、村山水道の完成を記念す
る碑が建てられている。昭和33年に建立された。

84 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:48:46 ID:
る。B15白糸の滝構成資産の土地には丘陵や河川などの自然
地形が見られ、構成資産を成立させる重要な要素となって存在
しているものがある。ウ眺望C三保松原なし②森林、植栽樹木
構成資産の土地には、富士山の景観を構成している天然林、富
士山原始林及び青木ヶ原樹海、人工林などからなる森林が存在
しているほか、社叢林・境内林などが存在している。ア富士山
山体及び登山道A富士山標高3,300m付近より上方の地域
にコケ類・地衣類が生育している。A1山頂信仰

85 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:50:35 ID:
梨県富士吉田市など)では、富士山の標高2600m付近に現れる農鳥(鳥の形に
見える残雪)の出現する時期によって、農作物が豊作になる・凶作となるという言
い伝えがある。富士山では山岳波が発生することもあり墜落事故も起きている(英
国海外航空機空中分解事故など)。富士山麓の自然環境富士山麓の天然記念物とし
て、「富士山原始林及び青木ヶ原樹海」(天然記念物:1926年2月24日指定
、2010年3月8日追加指定・名称変更)、「富士風穴」(天然

86 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:50:42 ID:
定)などがある。伏流水白糸の滝(静岡県)富士山に降った雨や
雪は、長い年月をかけ伏流水として地下水脈を流れ湧き出てくる
。最も高い地点から湧き出す湧水として確認されている例は標高
1670m(富士宮口二合目付近)とされ、その他山麓を帯状に
分布している。富士山麓における湧水の総湧出量は1968年で
1日あたり154万立方メートル以上だという。しかし、近年湧
出量の減少が確認されている例がある。地域名称南東麓されてい
柿田川(日本三大清流)、小浜池南麓吉原湧泉群

87 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:55:29 ID:
士山表口真面之図)麓の吉原から山頂へ至る登山道と、途中のポ
イントとなる地名、集落を繋ぐ道等を示した地図が、村山公会堂
の北側に設置されている。B4須山浅間神社・御胎内説明板須山
口御胎内の由緒等についての説明版が、富士山須山口登山道保存
会により、鳥居脇に設置されている。・洞窟内説明板「須山胎内
」と書かれた金属板が、洞穴内部壁面に設置されている。・梯子
須山御胎内の北西側入口に、ジュラルミン製の梯子が架けられて
いる。・ベンチ・テーブル須山御胎内から登山道を80mほど進
んだ場所に、木製のベンチ2脚とテーブル1台が設置されている
。・蝋燭台須山御胎内の南東側入口に、木製の蝋燭台が設けられ
ている。・標識須山御胎内から幕岩までの登山道脇に、須山口登
山道及び須山御胎内を示す標識が設置されている。木製と金属製
のものがある。御殿場口との合流点より上部については、茶色と
緑色の地に白い文字で統一された登山道案内標識が設置されてい
る。この標識は富士山における標識類総合ガイドライン(仮称)
に沿ったデザイン案で統一されている。B5須走浅間神社・神馬
舎楼門の西側に神馬舎が建てられている。・神輿庫恵比寿大黒社
の東側には、例大祭で使用される神輿の格納庫が建てられている
。・あずまや祖霊社の北側には、あずま屋が建てられている。・
神橋(太鼓橋)県道138号線から、川を渡って参道へと通じる
橋が架けられている。・説明板・案内板浅間神社の由緒、天然記
念物の樹木の概要等を記した説明板、参拝路を表示した案内板等
が立てられている。・駐車場社務所東側には、参拝者用の駐車場
乗用車6台分が設けられている。・トイレ神輿庫の東側には、参
拝者用のトイレが建てられている。・ベンチ-73-浅間の杜内
には、散策する際に休憩するためのベンチが、6基置かれている
。・社務所・記念資料館参道入口脇に、神社を管理し社務を取り
扱う社務所と、冨士浅間神社や須走地区の歴史的な資料を保管す
る記念資料館が併設されている。・須走護国神社西南の役から太
平洋戦争に至る間の、須走の戦没者24名が祀られている。B6
河口浅間神社B7冨士御室浅間神社B8御師住宅旧外川家住宅は
、主屋や離座敷などに旧外川家が有する民俗資料等

88 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:55:47 ID:
0河口湖B11忍野八海B12船津胎内樹型・構成岩石質、地質学的形状(平面的
、立体的)等B13吉田胎内樹型溶岩流の流出時の表面の状態がほぼ保たれている
。地域を覆う玄武岩溶岩流をはじめ、スコリアなどの火山活動に伴う噴出物が顕著
に見られる。B14人穴富士講遺跡(人穴浅間神社)-66-構成資産の土地には
丘陵や河川などの自然地形が見られ、構成資産を成立させる重要な要素となって存
在しているものがある。B15白糸の滝構成資産の土地には丘陵や河川などの自然
地形が見られ、構成資産を成立させる重要な要素となって存在しているものがある
。ウ眺望C三保松原なし②森林、植栽樹木構成資産の土地には、富士山の景観を構
成している天然林、富士山原始林及び青木ヶ原樹海、人工林などからなる森林が存
在しているほか、社叢林・境内林などが存在している。ア富士山山体及び登山道A
富士山標高3,300m付近より上方の地域にコケ類・地衣類が生育している。A
1山頂信仰遺跡なしA2大宮・村山口登山道・草山部分の植物村山浅間神社から中
宮八幡堂跡の下までにあたり、植物の垂直分布では、丘陵帯から山地帯にあたる。
戦後、スギ・ヒノキ・モミなどの植林が行われ、道沿いはほとんどが人工林である
が、天照教社から富士山麓山の村を経て中宮八幡堂跡に至る道沿いには、ブナ・ミ
ズナラ・カエデなどの落葉広葉樹の自然林が残っている。林の下にはササ(スズタ
ケ)が視界を遮るほど生い茂っている。・木山部分の植物中宮八幡堂跡付近から新
5合目の森林限界(2,400m付近)までにあたり、植物の垂直分布では、山地
帯から亜高山帯にあたる。高所に上がるにつれてブナ・カエデなどの広葉樹からウ
ラジロモミ・シラビソなどの針葉樹に変わり、標高1,600m付近で落葉樹とサ
サがなくなる。・焼山部分の植物森林限界である標高2,400m付近から上で、
植物の垂直分布では高山帯にあたる。この付近の植物は7月下旬から9月上旬にか
けていっせいに花を咲かせる。オンタデ、ムラサキモメンヅル、ミヤマオトコヨモ
ギなどが見られる。A3須山口登山道・木山部分の植物植物の垂直分

89 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:55:55 ID:
大宮・村山口登山道・草山部分の植物村山浅間神社から中宮八
幡堂跡の下までにあたり、植物の垂直分布では、丘陵帯から山
地帯にあたる。戦後、スギ・ヒノキ・モミなどの植林が行われ
、道沿いはほとんどが人工林であるが、天照教社から富士山麓
山の村を経て中宮八幡堂跡に至る道沿いには、ブナ・ミズナラ
・カエデなどの落葉広葉樹の自然林が残っている。林の下には
ササ(スズタケ)が視界を遮るほど生い茂っている。・木山部
分の植物中宮八幡堂跡付近から新5合目の森林限界(2,40
0m付近)までにあたり、植物の垂直分布では、山地帯から亜
高山帯にあたる。高所に上がるにつれてブナ・カエデなどの広
葉樹からウラジロモミ・シラビソなどの針葉樹に変わり、標高
1,600m付近で落葉樹とササがなくなる。・焼山部分の植
物森林限界である標高2,400m付近から上で、植物の垂直
分布では高山帯にあたる。この付近の植物は7月下旬から9月
上旬にかけていっせいに花を咲かせる。オンタデ、ムラサキモ
メンヅル、ミヤマオトコヨモギなどが見られる。A3須山口登
山道・木山部分の植物植物の垂直分布では、須山御胎内(標高
1,440m付近)付近は夏緑樹林帯(ブナ・ミズナラ・カエ
デ類)にあたり、林床にはササ類が密生している。幕岩上部(
標高1,680m付近)付近は、針葉樹のシラビソ・-67-
オオシラビソ・コメツガなどが多くなるが、森林限界(標高1
,700~1,750m)に近くなるにつれて樹高が低くまば
らになる。宝永噴火の際に噴出したスコリアが厚く堆積してい
るため、須山口登山道付近の森林限界は、他の登山道よりもか
なり低い。・焼山部分の植物須山口登山道2合8勺(標高2,
050m付近)から頂上までは、植物の垂直分布で高山帯にあ
たる。オンタデ、イタドリ、フジハタザオ、フジアザミなどが
、まばらに分布する。A4須走口登山道・木山部分の植物植物
の垂直分布では、須走口登山道5合目(標高2,000m)付
近は、亜高山針葉樹林帯でシラビソ・オオシラビソ・コメツガ
などが分布する。須走口登山道の森林限界は約2,700mで
、他の登山道よりも高い。・焼山部分の植物森林

90 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:57:43 ID:
9年12月17日指定)などがある。伏流水白糸の滝(静岡県)富士山に降った雨
や雪は、長い年月をかけ伏流水として地下水脈を流れ湧き出てくる。最も高い地点
から湧き出す湧水として確認されている例は標高1670m(富士宮口二合目付近
)とされ、その他山麓を帯状に分布している。富士山麓における湧水の総湧出量は
1968年で1日あたり154万立方メートル以上だという。しかし、近年湧出量
の減少が確認されている例がある。地域名称南東麓されてい柿田川(日本三大清流
)、小浜池南麓吉原湧泉群西麓湧がってい玉池(特別天然記念物)、白糸の滝(国
指定の名勝及び天然記念物)、猪之頭湧泉群北麓忍野八海(国指定の天然記念物)
またの、一部で駿河湾や富士五湖の西湖(水深25m付近)で湧出があるとされて
いる。富士山を源とする伏流水を利用し、周辺地域で製紙業や医薬関連の製造業な
どの工業が活発に行われている。また、富士山の伏流水はバナジウムを豊富に含ん
でいるため、ミネラルウォーターとして瓶詰めされ販売されている。溶岩洞窟西湖
コウモリ穴入口富士山麓周辺には大小100以上の溶岩洞窟が形成されている。そ
の中でも総延長2139mの三ツ池穴(静岡県富士宮市)は溶岩洞窟として日本一
の長さを誇る。また、山麓周辺で最大規模の溶岩洞窟として西湖コウモリ穴(山梨
県南都留郡富士河口湖町)があり、国の天然記念物に指定されている。その他、鳴
沢氷穴(山梨県南都留郡鳴沢村)も国の天然記念物に指定されている。植生富士山
は標高は高いが、日本の他の高山に比較すると高山植物などの植生に乏しい。これ
は富士山が最終氷期が終了した後に山頂から大規模な噴火が繰り返したために山の
生態系が破壊され、また独立峰であるため、他の山系からの植物の進入も遅れたた
めである。しかし、宝永山周辺ではいくらか高山植物が見られる。山の上部ではタ
デ科オンタデ属のオンタデ(御蓼)、山腹ではキク科アザミ属のフジアザミ(富士
薊)が自生している。中部山岳地帯の高山の森林限界の上にはハイマツ帯が広がっ
ているのが通例であるが、富士山にはハイマツ帯は欠如し、その代

91 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 10:57:59 ID:
玉池(特別天然記念物)、白糸の滝(国指定の名勝及び天然記念
物)、猪之頭湧泉群北麓忍野八海(国指定の天然記念物)またの
、一部で駿河湾や富士五湖の西湖(水深25m付近)で湧出があ
るとされている。富士山を源とする伏流水を利用し、周辺地域で
製紙業や医薬関連の製造業などの工業が活発に行われている。ま
た、富士山の伏流水はバナジウムを豊富に含んでいるため、ミネ
ラルウォーターとして瓶詰めされ販売されている。溶岩洞窟西湖
コウモリ穴入口富士山麓周辺には大小100以上の溶岩洞窟が形
成されている。その中でも総延長2139mの三ツ池穴(静岡県
富士宮市)は溶岩洞窟として日本一の長さを誇る。また、山麓周
辺で最大規模の溶岩洞窟として西湖コウモリ穴(山梨県南都留郡
富士河口湖町)があり、国の天然記念物に指定されている。その
他、鳴沢氷穴(山梨県南都留郡鳴沢村)も国の天然記念物に指定
されている。植生富士山は標高は高いが、日本の他の高山に比較
すると高山植物などの植生に乏しい。これは富士山が最終氷期が
終了した後に山頂から大規模な噴火が繰り返したために山の生態
系が破壊され、また独立峰であるため、他の山系からの植物の進
入も遅れたためである。しかし、宝永山周辺ではいくらか高山植
物が見られる。山の上部ではタデ科オンタデ属のオンタデ(御蓼
)、山腹ではキク科アザミ属のフジアザミ(富士薊)が自生して
いる。中部山岳地帯の高山の森林限界の上にはハイマツ帯が広が
っているのが通例であるが、富士山にはハイマツ帯は欠如し、そ
の代替にカラマツ林が広がっている。人間史富士山本宮浅間大社
古代古代より富士山は山岳信仰の対象とされ、富士山を神体山と
して、また信仰の対象として考えることなどを指して富士信仰と
言われるようになった。特に富士山の神霊として考えられている
浅間大神とコノハナノサクヤビメを主祭神とするのが浅間神社で
あり全国に存在する。浅間神社の総本宮が麓の富士宮市にある富
士山本宮浅間大社(浅間大社)であり、富士宮市街にある「本宮
」と、富士山頂にある「奥宮」にて富士山の神を祭っている。詳
細は「富士信仰」を参照古代では富士山は駿河国のものであると
する考え方が普遍的であった。これらは「高く貴

92 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:01:32 ID:
期的に入れ替えながら御師や御師住宅、富士講などに関する理解
を深めるよう活用されている。B9山中湖B10河口湖B11忍
野八海B12船津胎内樹型船津胎内樹型の管理を行う施設として
河口湖フィールドセンターがある。溶岩樹型に関わる資料や自然
、生物等の展示施設をもち自然共生室という研究機関も兼ね備え
、洞穴や周辺環境の価値の普及、洞内環境の保護、入洞者の安全
確保に寄与している。B13吉田胎内樹型吉田胎内樹型に関する
解説板が山梨県・富士吉田市教育委員会により設置されている。
B14人穴富士講遺跡(人穴浅間神社)・説明板、案内板洞穴の
入口に、人穴の由緒や市指定文化財であることを記した説明板、
碑塔群や洞穴内の危険に対して注意を促す旨の案内板が4本建て
られている。B15白糸ノ滝なしウ眺望C三保松原なし④道路と
その他人工物構成資産の土地には、日常生活を営む地域住民が使
用する生活道路や、富士スバルラインや富士山スカイラインなど
の観光道路をはじめてとして、電柱、看板、誘導標識などをはじ
めとする各種の建築物及び工作物が存在している-74-ア富士
山山体及び登山道A富士山・救急搬送・荷物搬送区域救急用・緊
急避難道としての役割を持つ道路等の施設である。搬送には、ブ
ルドーザーが使われる。歩道との交差部には、進入禁止柵・注意
表示板が設置されている。A1山頂信仰遺跡なしA2大宮・村山
口登山道6合目以上では、登山者の安全確保のため、登山道に沿
って鉄杭、ロープ等が設置されている。A3須山口登山道須山御
胎内から幕岩までの登山道脇に、須山口登山道及び須山御胎内を
示す標識が設置されている。木製と金属製のものがある。御殿場
口との合流点より上部については、茶色と緑色の地に白い文字で
統一された登山道案内標識が設置されている。この標識は富士山
における標識類総合ガイドラインに沿ったデザインで統一されて
いる。A4須走口登山道登山者の安全確保のため、登山道に沿っ
て鉄杭、ロープ等が設置されている。須走口登山道は、茶色地に
赤色の帯が入り、白い文字で統一された登山道案内標識が設置さ
れている。この標識は富士山における標識類総合ガイドラインに
沿ったデザインで統一されている。吉田口登山道が

93 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:01:49 ID:
御胎内(標高1,440m付近)付近は夏緑樹林帯(ブナ・ミズナラ・カエデ類)
にあたり、林床にはササ類が密生している。幕岩上部(標高1,680m付近)付
近は、針葉樹のシラビソ・-67-オオシラビソ・コメツガなどが多くなるが、森
林限界(標高1,700~1,750m)に近くなるにつれて樹高が低くまばらに
なる。宝永噴火の際に噴出したスコリアが厚く堆積しているため、須山口登山道付
近の森林限界は、他の登山道よりもかなり低い。・焼山部分の植物須山口登山道2
合8勺(標高2,050m付近)から頂上までは、植物の垂直分布で高山帯にあた
る。オンタデ、イタドリ、フジハタザオ、フジアザミなどが、まばらに分布する。
A4須走口登山道・木山部分の植物植物の垂直分布では、須走口登山道5合目(標
高2,000m)付近は、亜高山針葉樹林帯でシラビソ・オオシラビソ・コメツガ
などが分布する。須走口登山道の森林限界は約2,700mで、他の登山道よりも
高い。・焼山部分の植物森林限界を過ぎると高山帯となり、オンタデ、イタドリ、
フジハタザオ、フジアザミなどが、まばらに分布する。A5吉田口登山道標高16
00m付近より下方の区域は、山地帯に属する。自然林はごく少なく、ほとんどが
アカマツ・カラマツなどの植林地である。わずかに残る自然林では、ミズナラ・ウ
ラジロモミや自生のアカマツ等が生えている。天然記念物「躑躅原のレンゲツツジ
及びフジザクラ群落」が存在するのもこの地域である。標高1600mから250
0m付近までの区域が亜高山帯にあたり、コメツガ・シラベ・オオシラビソの森林
を形成している。火山礫の露出した日当たりの良いところには、ダケカンバが生え
ている。・焼山部分の植物標高2500m付近から上の区域は高山帯に当たり、森
林は形成されない。植物はほとんどみられない地域であることから、かつては「焼
山」と呼ばれた。植物の遷移の過程を見ることが出来る場所としても、学術的価値
が高い。ここには、カラマツが匍匐状に生育し、乾燥に強いミヤマハンノキ・オン
タデ・メゲツソウ・フジアザミ・ムラサキモメンズルなどが生育する

94 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:07:52 ID:
目より上部は、さらに黄色の帯が加わる。A5吉田口登山道富士
山における標識類総合ガイドラインに沿ったデザインで統一され
た案内標識等の整備が進められている。A6北口本宮冨士浅間神
社A7西湖A8精進湖A9本栖湖湖西側に位置する水力発電用取
水口は、(株)日本軽金属蒲原製造所の工場群に電力を供給する
自家用水力発電所の一つ、本栖発電所のものである

95 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:08:10 ID:
宮冨士浅間神社A7西湖A8精進湖A9本栖湖水辺植物群、沈水植物群にそれぞれ
特徴が挙げられる。イ信仰B1富士山本宮浅間大社構成資産の土地には、丘陵を構
成する社叢林・境内林などのほか、敷地内において植栽された樹木等が存在してい
る。-68-B2山宮浅間神社構成資産の土地には、丘陵を構成する社叢林・境内
林などのほか、敷地内において植栽された樹木等が存在している。B3村山浅間神
社構成資産の土地には、丘陵を構成する社叢林・境内林などのほか、

96 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:08:18 ID:
浅間神社)構成資産の土地には、丘陵を構成する社叢林・境内
林などのほか、敷地内において植栽された樹木等が存在してい
る。B15白糸の滝イロハカエデ、ヤブツバキ等の自然林や植
栽等の植物がある。ウ眺望C三保松原松の生立木が植栽及び自
然植生している。③保存管理又は公開活用を目的とした建造物
構成資産の土地には、保存管理、公開活用のための各種展示施
設・管理棟・防災施設のほか、解説板・誘導案内板等が存在し
ている。ア富士山山体及び登山道A富士山-69-富士山にお
ける標識類総合ガイドラインに沿ったデザインで統一された案
内標識等の整備が進められている。A1山頂信仰遺跡富士山に
おける標識類総合ガイドラインに沿ったデザインで統一された
案内標識等の整備が進められている。A2大宮・村山口登山道
富士山における標識類総合ガイドラインに沿ったデザインで統
一された案内標識等の整備が進められている。A3須山口登山
道なしA4須走口登山道富士山における標識類総合ガイドライ
ンに沿ったデザインで統一された案内標識等の整備が進められ
ている。A5吉田口登山道富士山における標識類総合ガイドラ
インに沿ったデザインで統一された案内標識等の整備が進めら
れている。A6北口本宮冨士浅間神社A7西湖A8精進湖A9
本栖湖・2006年3月22日より、自然環境や適切な利用環
境の保全を図るため、本栖湖水面は動力船の乗り入れ禁止区域
に指定された。こうした規制内容を説明するための説明板や水
上バイク等動力船乗り入れ禁止看板が湖畔の川尻地区などに設
置されている。・中之倉トンネル脇の山腹は旧五千円札(現千
円札)の裏面に使用されている富士山と本栖湖のイラストのモ
デルとなった岡田紅陽の写真の撮影地である。国道300号線
沿いの中之倉トンネル脇には四阿を有する展望地がある。自然
公園法の第2種特別地域として、観光施設等も景観に配慮され
ている。イ信仰B1富士山本宮浅間大社・渋沢用水(横溝川)
神立山の北側部を流れる渋沢用水(横溝川)は、淀師地区渋沢
の湧水地に源を発し、神立山の北半部を蛇行しながら南東方向
へ流れ、富士宮市中心部を灌漑する用水路である

97 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:11:27 ID:
いい、例えば『妙法寺記』の明応9年(1500年)の記録に「
此年六月富士導者参事無限、関東乱ニヨリ須走へ皆導者付也」と
ある。また、登山における案内者・先導者を「先達」といい、先
達の名が見える道者帳(『公文富士氏文書』、文中に「永禄6年
」とあり)などが確認されている。明治以後慶応4年(1868
年)に神仏分離令が出されると、これら神仏習合の形態は大きく
崩されることとなる。富士山中や村山における仏像の取り壊しな
どが進んだ。富士山興法寺は分離され、大日堂は人穴浅間神社と
なり大棟梁権現社は廃されるなど改変が進んだ。北口本宮冨士浅
間神社では仁王門や護摩堂などが取り壊されることとなった。仏
教的な名称なども改称され、「八葉」の呼び名も変更された。1
883年(明治16年)に御殿場口登山道が、1906年(明治
39年)に新大宮口が開削された。富士山は平成23年(201
1年)2月7日に国指定文化財である「史跡」に指定された。史
跡としての富士山は複数の資産から構成され「史跡富士山」とし
て包括されている。指定範囲は静岡県は富士宮市・裾野市・駿東
郡小山町、山梨県は富士吉田市・南都留郡富士河口湖町・鳴沢村
である。このとき富士山八合目以上の山頂部や各社寺、登拝道(
登山道)が指定された。その後富士山本宮浅間大社社有地の一部
、人穴富士講遺跡、各登山道が追加指定された。登山史富士登山
の伝承においては伝説的な部分が多く入り混じっており、諸説存
在する。富士山の登山史和暦西暦内容補足推古天皇6年598年
平安時代の甲斐の黒駒伝承には、聖徳太子が神馬に乗り富士山の
上を越えたとする記述がある。諸国からが多献上された数百匹の
中から白い甲斐の烏駒(くろこま)を神馬であると見抜き、同年
9月に太子が試乗すると、馬は天高く飛び上がり東国へ赴き、富
士山を越えて信濃国まで至ると、3日を経て都へ帰還したという
。天智天皇2年663年役小角が県は富、流刑したされた伊豆大
島から毎晩密かに逃げ出し、富士山へ登ったという伝説が残る。
役小角は「富士山開山の祖」ともいわれる。この役小角の登山は
マルセル・クルツの『世界登頂年代記』に掲載されており、記録
は改訂されたものの「世界初の登山」という記述

98 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:14:15 ID:
富士山本宮浅間大社指定地の南西部分には、自動発券機(料金収
受機)を設置した第1駐車場が整備されている。B2山宮浅間神
社乗用車3台程を駐車できる駐車場が、県道から入って境内地を
横切る道沿いに設けられている。-75-B3村山浅間神社境内
地西端に、参詣者用の駐車場が整備されている。B4須山浅間神
社裾野市と須山振興会によって、須山口からの登山道の案内図が
設置されている。B5須走浅間神社社務所東側には、参拝者用の
駐車場乗用車6台分が設けられている。B6河口浅間神社B7冨
士御室浅間神社B8御師住宅国道139号に面した敷地入口には
、御師住宅(旧外川家住宅、小佐野家住宅)の内容を示す解説板
が設置されている。B9山中湖B10河口湖B11忍野八海B1
2船津胎内樹型河口湖フィールドセンターの開設に伴い整備され
たトレイル(遊歩道)が設けられている。遊歩道には石造物の分
布が確認でき、自然散策路としての要素以外に歴史散策路的要素
も兼ね備えている。B13吉田胎内樹型・参詣道吉田口登山道の
「中ノ茶屋」から、吉田胎内本穴に向かうものである。古くから
富士講の信者等に利用され、「甲斐国誌」には「胎内道」として
記述されている。B14人穴富士講遺跡(人穴浅間神社)2本の
道跡と思われる石列が参道跡の上り口、石垣の西側に位置する。
建物跡と洞穴や碑塔群などを結ぶ機能を有していたと考えられる
。B15白糸ノ滝市道・私道等の道路、階段、曽我橋、滝見橋等
がある。また、それらの付属施設がある。危険を伴う区域には、
護岸や落石防護ネットが整備され、また、立入禁止の札が立てら
れている。県道沿い及び芝川本流左岸等には駐車場があり、管理
小屋等の付帯施設がある。また、県道沿いの駐車場には公衆トイ
レがある。ウ眺望C三保松原-76-なし(3)周辺環境を構成
する諸要素①自然的要素構成資産の周辺には、山並み、河川をは
じめとする各種自然地形が存在している。また、統一感のある山
並み景観を構成している天然林及び施業林からなる森林が存在し
ている。ア富士山山体及び登山道A富士山・宝永火口静岡県側か
らの富士山の景観を特色付ける噴火口で山頂信仰遺跡の南東側に
ある。宝永4年(1707)に発生したテフラの爆

99 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:14:34 ID:
て植栽された樹木等が存在している。B4須山浅間神社構成資産の土地には、丘陵
を構成する社叢林・境内林などのほか、敷地内において植栽された樹木等が存在し
ている。B5須走浅間神社構成資産の土地には、丘陵を構成する社叢林・境内林な
どのほか、敷地内において植栽された樹木等が存在している。B6河口浅間神社B
7冨士御室浅間神社B8御師住宅B9山中湖B10河口湖B11忍野八海B12船
津胎内樹型B13吉田胎内樹型B14人穴富士講遺跡(人穴浅間神社)構成資産の
土地には、丘陵を構成する社叢林・境内林などのほか、敷地内において植栽された
樹木等が存在している。B15白糸の滝イロハカエデ、ヤブツバキ等の自然林や植
栽等の植物がある。ウ眺望C三保松原松の生立木が植栽及び自然植生している。③
保存管理又は公開活用を目的とした建造物構成資産の土地には、保存管理、公開活
用のための各種展示施設・管理棟・防災施設のほか、解説板・誘導案内板等が存在
している。ア富士山山体及び登山道A富士山-69-富士山における標識類総合ガ
イドラインに沿ったデザインで統一された案内標識等の整備が進められている。A
1山頂信仰遺跡富士山における標識類総合ガイドラインに沿ったデザインで統一さ
れた案内標識等の整備が進められている。A2大宮・村山口登山道富士山における
標識類総合ガイドラインに沿ったデザインで統一された案内標識等の整備が進めら
れている。A3須山口登山道なしA4須走口登山道富士山における標識類総合ガイ
ドラインに沿ったデザインで統一された案内標識等の整備が進められている。A5
吉田口登山道富士山における標識類総合ガイドラインに沿ったデザインで統一され
た案内標識等の整備が進められている。A6北口本宮冨士浅間神社A7西湖A8精
進湖A9本栖湖・2006年3月22日より、自然環境や適切な利用環境の保全を
図るため、本栖湖水面は動力船の乗り入れ禁止区域に指定された。こうした規制内
容を説明するための説明板や水上バイク等動力船乗り入れ禁止看板が湖畔の川尻地
区などに設置されている。・中之倉トンネル脇の山腹は旧五千円札(

100 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:14:41 ID:
不明であるが水田開発を目的として開削されたと考えられ、開
発が進むにつれ生活用水や防火用水として使われるようになっ
た。現在は水質悪化により生活用水としては利用されなくなっ
ている。・社務所-70-楼門から続く東廻廊の東側に、神社
を管理し神社の社務を取り扱う社務所が建てられている。・祈
祷殿楼門から続く西廻廊の西側に、各種祈祷や御祓いを行うた
めの祈祷殿が建てられている。・浅間大社参集所現在の参集所
は昭和53年(1978)に建てられたもので、

101 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:18:24 ID:
指定された。登山史富士登山の伝承においては伝説的な部分が多く入り混じってお
り、諸説存在する。富士山の登山史和暦西暦内容補足推古天皇6年598年平安時
代の甲斐の黒駒伝承には、聖徳太子が神馬に乗り富士山の上を越えたとする記述が
ある。諸国からが多献上された数百匹の中から白い甲斐の烏駒(くろこま)を神馬
であると見抜き、同年9月に太子が試乗すると、馬は天高く飛び上がり東国へ赴き
、富士山を越えて信濃国まで至ると、3日を経て都へ帰還したとい

102 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:18:38 ID:
貞観17年875年平安時代の学者である都良香が『富士山記』
の中で山頂火口のさまを記す。山頂には常に沸き立つ火口湖があ
り、そのほとりに虎の姿に似た岩があるなど、実際に見た者でな
ければ知りえない描写から、実際に登頂したか、または登頂した
者に取材したと考えられる。なおこの約10年前には山頂噴火で
はないが有史最大の貞観大噴火があった。久安5

103 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:20:45 ID:
り、白い灰のデイサイト質軽石・黒曜石(烏石)・凝灰石など新
第三紀の基盤岩類、斑レイ岩、黒い玄武岩質スコリアなどを降ら
せた。記録によれば約100㎞離れた江戸にまで火山灰が到達し
たが、溶岩の流下はなかった。活火山であり、今後も噴火活動の
可能性がある。・富士山特定地理等保護林8合目から標高約2,
400m付近にかけて展開する約927haの保護林である。富
士山の国有林においては第3次国有林野施業実施計画、自然環境
の維持、動植物の保護が図られ、あわせて遺伝資源の保存を図る
ことを目的として設定されている。富士山独特の地形・地質を持
つ区域の植生として貴重な区域である。・富士箱根伊豆国立公園
富士山管理計画区自然公園法の特別保護地区あたる概ね5合目以
上の火山高原を主体とした山頂部までの区域である。富士山の火
山景観の核心部を呈する区域であり、富士山の秀麗な山容、植物
の遷移過程等が保全の対象となっている。A1山頂信仰遺跡なし
A2大宮・村山口登山道・鳥類相富士山域で観察された鳥類は約
160種である。固有種は存在しない。・陸生哺乳類富士山の山
域には、6目14科35種程の陸生哺乳類が生息する。その中に
は、特別天然記念物に指定されているニホンカモシカや天然記念
物に指定されているヤマネが含まれる。また、ツキノワグマも生
息するが、落葉広葉樹林が少なく、生息できる環境が限られ、生
息数は少ない。A3須山口登山道・幕岩登山道の東側50m、標
高1,650m付近にあり、新富士火山の中期溶岩の切り立った
岩壁で、比高は15mを超える。岩肌には樹木が生い茂り、崖の
下には直径1~2cmのスコリアが一面に堆積している。その存
在は宝永噴火前の古絵図にも記録されている。古絵図には「まこ
岩」「孫岩」の名で記述されることもある。役行者が7世紀後半
に伊豆に流された折、この地で修行したという言い伝えが残って
いる-77-(日本霊異記)。登山道から幕岩の直下に降りる道
がある。・側火山登山道沿いには宝永山(標高2,698m)、
二ツ塚(標高1,926m、1,804m)、アザミ塚(1,6
26m)などの側火山が見られる。宝永4年(1707)の宝永
の噴火により須山口旧登山道は崩壊し、その後、宝

104 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:21:02 ID:
裏面に使用されている富士山と本栖湖のイラストのモデルとなった岡田紅陽の写真
の撮影地である。国道300号線沿いの中之倉トンネル脇には四阿を有する展望地
がある。自然公園法の第2種特別地域として、観光施設等も景観に配慮されている
。イ信仰B1富士山本宮浅間大社・渋沢用水(横溝川)神立山の北側部を流れる渋
沢用水(横溝川)は、淀師地区渋沢の湧水地に源を発し、神立山の北半部を蛇行し
ながら南東方向へ流れ、富士宮市中心部を灌漑する用水路である。開削時期は不明
であるが水田開発を目的として開削されたと考えられ、開発が進むにつれ生活用水
や防火用水として使われるようになった。現在は水質悪化により生活用水としては
利用されなくなっている。・社務所-70-楼門から続く東廻廊の東側に、神社を
管理し神社の社務を取り扱う社務所が建てられている。・祈祷殿楼門から続く西廻
廊の西側に、各種祈祷や御祓いを行うための祈祷殿が建てられている。・浅間大社
参集所現在の参集所は昭和53年(1978)に建てられたもので、直会や各種会
合に利用されている。・神田川ふれあい広場施設昭和39年に富士宮市が浅間大社
境内地の一部を児童公園として整備され、さらに平成6年から7年にかけて親水広
場を備えた「神田川ふれあい広場」として再整備された。現在は、同時期に改修さ
れた神田川護岸も含め、中心市街地の親水空間として市民の憩いの場となっている
。広場内には、トイレ、各種遊具、ベンチ、時計、水飲み場等の施設・設備が設置
されている。・御手洗橋神田川ふれあい広場の南東側には、長さ7.3m、幅11
.5mの御手洗橋が架けられている。『大宮町誌』には、明治26年(1893)
に架けられたとの記述がある。・弓道場第1駐車場西側に、弓道場が整備されてい
る。・消防団詰所鉄骨2階立ての富士宮市消防団第1方面隊第3分団の詰所が、神
立山南西の端に建てられている。・案内板・説明板本殿や湧玉池などが、文化財に
指定されていることを案内・説明する高札が建てられている。・古神札納所拝殿東
側に、古い神札を納めるための屋根付きの箱が置かれている。・大金

105 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:21:10 ID:
合に利用されている。・神田川ふれあい広場施設昭和39年に
富士宮市が浅間大社境内地の一部を児童公園として整備され、
さらに平成6年から7年にかけて親水広場を備えた「神田川ふ
れあい広場」として再整備された。現在は、同時期に改修され
た神田川護岸も含め、中心市街地の親水空間として市民の憩い
の場となっている。広場内には、トイレ、各種遊具、ベンチ、
時計、水飲み場等の施設・設備が設置されている。・御手洗橋
神田川ふれあい広場の南東側には、長さ7.3m、幅11.5
mの御手洗橋が架けられている。『大宮町誌』には、明治26
年(1893)に架けられたとの記述がある。・弓道場第1駐
車場西側に、弓道場が整備されている。・消防団詰所鉄骨2階
立ての富士宮市消防団第1方面隊第3分団の詰所が、神立山南
西の端に建てられている。・案内板・説明板本殿や湧玉池など
が、文化財に指定されていることを案内・説明する高札が建て
られている。・古神札納所拝殿東側に、古い神札を納めるため
の屋根付きの箱が置かれている。・大金剛杖古神札納所西側に
、大金剛杖が置かれている。開山祭に使用されていた。・藤棚
水屋神社の南側に、藤棚が設けられている。・駐車場指定地の
南西部分には、自動発券機(料金収受機)を設置した第1駐車
場が整備されている。B2山宮浅間神社・案内板・説明板籠屋
の南側に、案内板等が建てられている。山宮浅間神社の由緒を
記したもの、山宮浅間神社の概要と、市指定文化財であること
を記したもの、山宮浅間神社の概要と、富士宮市「歩く博物館
」のコースであることを示すものの3本である。・手すり籠屋
から遥拝所へ向かう石段の脇に、手すりが設置されている。・
鉄柱籠屋から遥拝所へ向かう参道と石段の両脇に、祭祀で利用
する鉄柱が設置されている。・トイレ籠屋西側に、水洗トイレ
が設置されている。・水道籠屋南側に、コンクリート製の水道
施設が設置されている。-71-・水飲み場水道施設の南側に
、コンクリート製の水飲み場が設置されている。・ベンチ休憩
用のベンチが設置されている。・鳥居駐車場横の参道に、コン
クリート製の鳥居が建てられている。・燈篭コン

106 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:25:13 ID:
年663年役小角が県は富、流刑したされた伊豆大島から毎晩密かに逃げ出し、富
士山へ登ったという伝説が残る。役小角は「富士山開山の祖」ともいわれる。この
役小角の登山はマルセル・クルツの『世界登頂年代記』に掲載されており、記録は
改訂されたものの「世界初の登山」という記述がされていた。貞観17年875年
平安時代の学者である都良香が『富士山記』の中で山頂火口のさまを記す。山頂に
は常に沸き立つ火口湖があり、そのほとりに虎の姿に似た岩があるなど、実際に見
た者でなければ知りえない描写から、実際に登頂したか、または登頂した者に取材
したと考えられる。なおこの約10年前には山頂噴火ではないが有史最大の貞観大
噴火があった。久安5年1149年『本朝世紀』には末代上人が数百回の登山を繰
りかえしたとある。回数は一致するものかは不明であるが、登山を多く行った人物
として知られる。江戸時代に入ると富士講が盛んになり、多くの参拝者が富士登山
(富士詣)をした。特に江戸後期には講社が多数存在し、富士詣は地域社会や村落
共同体の代参講としての性格を持っていた。最盛期には吉田口だけで百軒近くの宿
坊(山小屋)があった。文政11年1828年気圧計による高度測定の試みシーボ
ルトの弟子である二宮敬作が登頂し、気圧の変化により高度測定を行った。伊能忠
敬の測量では2603m-3732mとされていたが、この測定では3794.5
mと算出されている。天保3年1832年高山たつが女性として初登頂。女人禁制
が敷かれていた時代である。嘉永6年1852年松平宗秀(本庄宗秀)が近世大名
として初登頂。富士宮市の有形文化財となっている、造り酒屋の主人が記した「袖
日記」という古記録に宮津藩主松平宗秀が富士登山を行った記録がある。袖日記の
6番によると、宗秀は江戸と宮津を参勤交代で往復しているうちに富士山に登ろう
と思い始めたが、参勤交代の道程は幕府に指定されたルートであり、これを逸脱し
たコースを通ったり、たとえ社寺参詣であっても寄り道することは許されないため
、富士に登ることを幕府に願い出るも中々許可が出ず、3年を経て

107 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:25:25 ID:
本朝世紀』には末代上人が数百回の登山を繰りかえしたとある。
回数は一致するものかは不明であるが、登山を多く行った人物と
して知られる。江戸時代に入ると富士講が盛んになり、多くの参
拝者が富士登山(富士詣)をした。特に江戸後期には講社が多数
存在し、富士詣は地域社会や村落共同体の代参講としての性格を
持っていた。最盛期には吉田口だけで百軒近くの宿坊(山小屋)
があった。文政11年1828年気圧計による高度測定の試みシ
ーボルトの弟子である二宮敬作が登頂し、気圧の変化により高度
測定を行った。伊能忠敬の測量では2603m-3732mとさ
れていたが、この測定では3794.5mと算出されている。天
保3年1832年高山たつが女性として初登頂。女人禁制が敷か
れていた時代である。嘉永6年1852年松平宗秀(本庄宗秀)
が近世大名として初登頂。富士宮市の有形文化財となっている、
造り酒屋の主人が記した「袖日記」という古記録に宮津藩主松平
宗秀が富士登山を行った記録がある。袖日記の6番によると、宗
秀は江戸と宮津を参勤交代で往復しているうちに富士山に登ろう
と思い始めたが、参勤交代の道程は幕府に指定されたルートであ
り、これを逸脱したコースを通ったり、たとえ社寺参詣であって
も寄り道することは許されないため、富士に登ることを幕府に願
い出るも中々許可が出ず、3年を経て許可を得るも「馬返し」と
呼ばれる地点までであった。(馬返しというのは一合目よりも下
の場所であり、登山客はここで馬を下りて山に登るという所)そ
こで宗秀は嘉永6年(1852)6月21日、幕府に内緒で登山
を決意し、明け方から出発して山を登り始め、昼過ぎには頂上に
着いたという。宗秀の富士山登頂は、近世大名が富士登山を行っ
た唯一の記録となった。万延元年1860年英国公使オールコッ
クが外国人として初登頂。『古事類苑』にオールコックの登山に
ついての記録(富士重本が寺社奉行所に提出した届出)があり、
「英人富士山ヲ測量スルニ就キ、大宮司ヨリ届書寫…廿二日大雨
にて、廿四日晝立、大宮小休、村山泊に相成り、廿五日快晴致し
、不士山六合目へ泊り、廿六日快晴頂上いたし…」とある。オー
ルコックは7月24日に大宮から村山に入り登山

108 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:26:52 ID:
回する形で復興した。・鳥類相富士山域で観察された鳥類は約1
60種である。固有種は存在しない。・陸生哺乳類富士山の山域
には、6目14科35種程の陸生哺乳類が生息する。その中には
、特別天然記念物に指定されているニホンカモシカや天然記念物
に指定されているヤマネが含まれる。また、ツキノワグマも生息
するが、落葉広葉樹林が少なく、生息できる環境が限られ、生息
数は少ない。A4須走口登山道・御胎内(溶岩洞穴)須走口登山
道6合目の北側(標高2,630m付近)にある溶岩洞穴。開口
部は腰をかがめなければ進めないほど狭いが、内部は数名が立つ
ことのできる空間が広がっている。・小富士標高1,959mの
側火山で、須走口登山道5合目からほぼ北に600mほど離れた
場所にある。延暦19年(800)とそれに続く噴火により形成
されたとされている。須走口5合目から高低差の少ない小富士遊
歩道が整備され、気軽に訪れることができる。周辺は針葉樹林(
シラビソ・コメツガ・トウヒ)に覆われているが、頂上部分はス
コリアに覆われて樹木がなく、山中湖・箱根など東の眺望が楽し
める。小山町観光協会によるコンクリート製の標識と、大正13
年(1924)に扶桑教によって建立された祠がある。祠内部に
仏像が三体あったというが、現在は残っていない。・鳥類相富士
山域で観察された鳥類は約160種である。固有種は存在しない
。・陸生哺乳類富士山の山域には、6目14科35種程の陸生哺
乳類が生息する。その中には、特別天然記念物に指定されている
ニホンカモシカや天然記念物に指定されているヤマネが含まれる
。また、ツキノワグマも生息するが、落葉広葉樹林が少なく、生
息できる環境が限られ、生息数は少ない。A5吉田口登山道A6
北口本宮冨士浅間神社A7西湖A8精進湖A9本栖湖北側・西側
・南側の山は御坂層基盤により構成されている。北側から西側に
かけては、標高1100m~1300m前後の山が連なっている
。また南側には標高1485mの竜ヶ岳が位置している。イ信仰
B1富士山本宮浅間大社・神田川-78-湧玉池の湧水を水源と
する神田川が、約1,000mを流れ潤井川に注いでいる。かつ
ては禊所より下流(下池)の部分も含めて御手洗川

109 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:27:09 ID:
所西側に、大金剛杖が置かれている。開山祭に使用されていた。・藤棚水屋神社の
南側に、藤棚が設けられている。・駐車場指定地の南西部分には、自動発券機(料
金収受機)を設置した第1駐車場が整備されている。B2山宮浅間神社・案内板・
説明板籠屋の南側に、案内板等が建てられている。山宮浅間神社の由緒を記したも
の、山宮浅間神社の概要と、市指定文化財であることを記したもの、山宮浅間神社
の概要と、富士宮市「歩く博物館」のコースであることを示すものの3本である。
・手すり籠屋から遥拝所へ向かう石段の脇に、手すりが設置されている。・鉄柱籠
屋から遥拝所へ向かう参道と石段の両脇に、祭祀で利用する鉄柱が設置されている
。・トイレ籠屋西側に、水洗トイレが設置されている。・水道籠屋南側に、コンク
リート製の水道施設が設置されている。-71-・水飲み場水道施設の南側に、コ
ンクリート製の水飲み場が設置されている。・ベンチ休憩用のベンチが設置されて
いる。・鳥居駐車場横の参道に、コンクリート製の鳥居が建てられている。・燈篭
コンクリート製の鳥居から籠屋へ至る参道の両側に氏子等が奉納した燈篭が並んで
設置されている。また、籠屋北側鉾立石の左右にも1基ずつ設置されている。・駐
車場乗用車3台程を駐車できる駐車場が、県道から入って境内地を横切る道沿いに
設けられている。・石碑山宮浅間神社の由緒を記した石碑が、駐車場の北側に設置
されている。・石造物参道沿いには、道祖神、青面金剛、観音等の石造物が置かれ
ている。B3村山浅間神社・社務所境内西側に、社務所が建てられている。・宝物
殿社殿の南西側に、宝物殿が建てられている。・村山公会堂社務所の西側には、元
村山地区の住民が、会合等で利用する公会堂が建てられている。・トイレ社務所北
側に、トイレが設置されている。・参道手すり氏神社へと登る参道脇には、アルミ
製の手すりが設置されている。・御神木柵県指定天然記念物のイチョウの周囲には
、樹木保護のための柵が設置されている。・御神木指定証県天然記念物に指定され
ているイチョウと大スギが、御神木に指定された旨を示す札が、イチ

110 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:32:49 ID:
た。現在、護岸の一部は、神田川ふれあい広場から下りる親水護
岸として整備されている。B2山宮浅間神社なしB3村山浅間神
社なしB4須山浅間神社なしB5須走浅間神社なしB6河口浅間
神社B7冨士御室浅間神社B8御師住宅なしB9山中湖B10河
口湖B11忍野八海B12船津胎内樹型・溶岩洞穴等の主体とな
る地形・溶岩洞穴等を構成する地質(剣丸尾溶岩流と火砕物によ
り構成)B13吉田胎内樹型・溶岩洞穴等の主体となる地形・溶
岩洞穴等を構成する地質(剣丸尾溶岩流と火砕物に

111 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:33:06 ID:
と大スギの幹に掲げられている。・石柱村山浅間神社が、大正14年(1925)
に縣社に昇格したことを示す石柱が、参道入口左側に設置されている。また、昭和
62年(1987)に寄贈された「富士根本宮村山浅間神社」と刻まれた石柱が、
参道入口右側に設置されている。・児童公園六道坂入り口付近に、すべり台等の遊
具を備え、またプールを併設した児童公園が整備されている。・駐車場境内地西端
に、参詣者用の駐車場が整備されている。-72-・村山水道完成記

112 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:33:14 ID:
梯子が架けられている。・ベンチ・テーブル須山御胎内から登
山道を80mほど進んだ場所に、木製のベンチ2脚とテーブル
1台が設置されている。・蝋燭台須山御胎内の南東側入口に、
木製の蝋燭台が設けられている。・標識須山御胎内から幕岩ま
での登山道脇に、須山口登山道及び須山御胎内を示す標識が設
置されている。木製と金属製のものがある。御殿場口との合流
点より上部については、茶色と緑色の地に白い文字で統一され
た登山道案内標識が設置されている。この標識は富士山におけ
る標識類総合ガイドライン(仮称)に沿ったデザイン案で統一
されている。B5須走浅間神社・神馬舎楼門の西側に神馬舎が
建てられている。・神輿庫恵比寿大黒社の東側には、例大祭で
使用される神輿の格納庫が建てられている。・あずまや祖霊社
の北側には、あずま屋が建てられている。・神橋(太鼓橋)県
道138号線から、川を渡って参道へと通じる橋が架けられて
いる。・説明板・案内板浅間神社の由緒、天然記念物の樹木の
概要等を記した説明板、参拝路を表示した案内板等が立てられ
ている。・駐車場社務所東側には、参拝者用の駐車場乗用車6
台分が設けられている。・トイレ神輿庫の東側には、参拝者用
のトイレが建てられている。・ベンチ-73-浅間の杜内には
、散策する際に休憩するためのベンチが、6基置かれている。
・社務所・記念資料館参道入口脇に、神社を管理し社務を取り
扱う社務所と、冨士浅間神社や須走地区の歴史的な資料を保管
する記念資料館が併設されている。・須走護国神社西南の役か
ら太平洋戦争に至る間の、須走の戦没者24名が祀られている
。B6河口浅間神社B7冨士御室浅間神社B8御師住宅旧外川
家住宅は、主屋や離座敷などに旧外川家が有する民俗資料等を
展示し、定期的に入れ替えながら御師や御師住宅、富士講など
に関する理解を深めるよう活用されている。B9山中湖B10
河口湖B11忍野八海B12船津胎内樹型船津胎内樹型の管理
を行う施設として河口湖フィールドセンターがある。溶岩樹型
に関わる資料や自然、生物等の展示施設をもち自然共生室とい
う研究機関も兼ね備え、洞穴や周辺環境の価値の

113 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:39:17 ID:
9年(慶長14年)に徳川家康が内院散銭を浅間大社に寄進し、
内院散銭の取得の優位権を得ている。浅間大社の大宮司が村山よ
り登る際は山役銭を取られたので、村山を避け「須走」から登拝
する慣例などもあった。新規に出来た登山道である現富士吉田口
は、登山道を管理している「須走」に許可なく、浅間大社の大宮
司富士信安など富士氏が自分たちに山役銭を支払えば、「須走」
の登山道を利用するにも関わらず勝手に山がけ(登山道を作り山
小屋を建てる)の許可を与えたことで論争となり、「河口」と「
吉田」は1810年に登山ルートや山役銭の徴収方法で論争を起
こし、「大宮」と「吉田」では薬師堂における役銭の配分で争っ
ている過去などがある。元禄の争論元禄16年(1703年)に
散銭や山小屋経営を巡り須走村が富士浅間神社本宮(浅間大社)
を訴えた争論が元禄の争論である。須走村側は東口本宮冨士浅間
神社の神主や御師らが、浅間大社の大宮司富士信安など富士氏ら
を相手取り寺社奉行に訴え出た。訴えは三か条であった。1つは
浅間大社が吉田村の者に薬師嶽の小屋掛けを認めたことへの不服
、2つ目は浅間大社側が造営した薬師堂の棟札に「富士本宮が入
仏を勤める」という旨の記述があることを、須走の既得権を犯す
ものであるというもの、3つ目は内院の散銭取得における2番拾
いは須走側が得るという慣例となっているとし、それを浅間大社
が取得しているという訴えである。これに対し訴えられた浅間大
社側は江戸に赴き、薬師嶽は須走村の地内ではないこと、薬師堂
の入仏については浅間大社側が造営したものであるので権利は浅
間大社にあること、散銭の2番拾いの慣例は根拠がないというこ
とを主張した。それらは第三者に委ねる内済という扱いとなり、
その内済にて「他の者に小屋掛けさせないこと」「薬師堂の入仏
は須走村が行うこと」「内院散銭は一番拾いを大宮と須走で6:
4で分け、2番拾いは須走が得るものとする」という決定となり
、以後これらは遵守された。安永の争論安永元年(1772年)
に、須走村が山頂の支配権は同村の支配にあるとして浅間大社を
相手として訴えた争論が安永の争論である。またこれをみた浅間
大社側の富士民済も反論を起こした。さらに吉田

114 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:39:28 ID:
14人穴富士講遺跡(人穴浅間神社)なしB15白糸ノ滝なしウ
眺望C三保松原なし②歴史的要素構成資産の周辺地域の地下には
、関連の遺構、遺物が良好に残されている区域があり、それらは
文化財保護法に基づき埋蔵文化財包蔵地として周知されている。
また、かつて登山者に利用された御師の家並みなど、文献史料に
記載された多数の伝承地や名所等が存在している。ア富士山山体
及び登山道-79-A富士山なしA1山頂信仰遺跡なしA2大宮
・村山口登山道・馬頭観音1村山浅間神社脇の舗装された道を登
って南西から北東に進んでいくと、舗装道が大きく北西方向にそ
れていく。村山口登山道跡はここを北西に行かずに、直進し北東
方向へ進む。その交差点に馬頭観音の碑が建っている(標高約5
90m)。昭和8年(1933)に上原伸郎によって建てられた
ものである。・馬頭観音2静岡県立富士山麓山の村を抜けた場所
にある。ここはやや道幅が広い、比較的直伸している経路と、屈
曲した経路の2つが存在する。前者については明治以降に木材の
切り出し・運搬に使われた木馬道であると推測される。ここで以
前に馬が死んだので、供養のために馬頭観音を建てたと伝えられ
ている。・2号建物跡平成5年の富士宮市の調査では、中宮八幡
堂跡手前で日沢を渡り、50mほど登ったところに2号建物跡が
あるとされる。『富士山村山口登山道遺跡調査報告書』では、「
道の南側に12m×8mの平坦面があり、道の北側にも平らな場
所がある」と報告している。平成20年の調査では平場らしき地
形を確認したが、平成5年当時の景観と著しく異なっており、両
者が同一のものか判断できない。写真建物跡の写真図建物跡の図
面・3号建物跡登山道跡と県道富士宮富士公園線が交差する地点
から約60m南に下りた位置にある。周囲はなだらかな傾斜の天
然林で、地面は落葉に覆われている。むき出しになった岩石には
一面に苔がむしている。東西4m弱・南北6m弱の方形の石列が
あり、その北東側に小さなくぼみを確認した。『富士山村山口登
山道遺跡調査報告書』は、このくぼみを便所跡としている。写真
建物跡の写真図建物跡の図面・4号建物跡富士山スカイラインと
村山登山道が交差する地点から北北東の方角に約6

115 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:39:46 ID:
側に、村山水道の完成を記念する碑が建てられている。昭和33年に建立された。
・説明板(富士山表口真面之図)麓の吉原から山頂へ至る登山道と、途中のポイン
トとなる地名、集落を繋ぐ道等を示した地図が、村山公会堂の北側に設置されてい
る。B4須山浅間神社・御胎内説明板須山口御胎内の由緒等についての説明版が、
富士山須山口登山道保存会により、鳥居脇に設置されている。・洞窟内説明板「須
山胎内」と書かれた金属板が、洞穴内部壁面に設置されている。・梯子須山御胎内
の北西側入口に、ジュラルミン製の梯子が架けられている。・ベンチ・テーブル須
山御胎内から登山道を80mほど進んだ場所に、木製のベンチ2脚とテーブル1台
が設置されている。・蝋燭台須山御胎内の南東側入口に、木製の蝋燭台が設けられ
ている。・標識須山御胎内から幕岩までの登山道脇に、須山口登山道及び須山御胎
内を示す標識が設置されている。木製と金属製のものがある。御殿場口との合流点
より上部については、茶色と緑色の地に白い文字で統一された登山道案内標識が設
置されている。この標識は富士山における標識類総合ガイドライン(仮称)に沿っ
たデザイン案で統一されている。B5須走浅間神社・神馬舎楼門の西側に神馬舎が
建てられている。・神輿庫恵比寿大黒社の東側には、例大祭で使用される神輿の格
納庫が建てられている。・あずまや祖霊社の北側には、あずま屋が建てられている
。・神橋(太鼓橋)県道138号線から、川を渡って参道へと通じる橋が架けられ
ている。・説明板・案内板浅間神社の由緒、天然記念物の樹木の概要等を記した説
明板、参拝路を表示した案内板等が立てられている。・駐車場社務所東側には、参
拝者用の駐車場乗用車6台分が設けられている。・トイレ神輿庫の東側には、参拝
者用のトイレが建てられている。・ベンチ-73-浅間の杜内には、散策する際に
休憩するためのベンチが、6基置かれている。・社務所・記念資料館参道入口脇に
、神社を管理し社務を取り扱う社務所と、冨士浅間神社や須走地区の歴史的な資料
を保管する記念資料館が併設されている。・須走護国神社西南の役か

116 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:39:53 ID:
境の保護、入洞者の安全確保に寄与している。B13吉田胎内
樹型吉田胎内樹型に関する解説板が山梨県・富士吉田市教育委
員会により設置されている。B14人穴富士講遺跡(人穴浅間
神社)・説明板、案内板洞穴の入口に、人穴の由緒や市指定文
化財であることを記した説明板、碑塔群や洞穴内の危険に対し
て注意を促す旨の案内板が4本建てられている。B15白糸ノ
滝なしウ眺望C三保松原なし④道路とその他人工物構成資産の
土地には、日常生活を営む地域住民が使用する生

117 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:45:41 ID:
勤める」という旨の記述があることを、須走の既得権を犯すものであるというもの
、3つ目は内院の散銭取得における2番拾いは須走側が得るという慣例となってい
るとし、それを浅間大社が取得しているという訴えである。これに対し訴えられた
浅間大社側は江戸に赴き、薬師嶽は須走村の地内ではないこと、薬師堂の入仏につ
いては浅間大社側が造営したものであるので権利は浅間大社にあること、散銭の2
番拾いの慣例は根拠がないということを主張した。それらは第三者

118 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:45:56 ID:
で支配地域を確定する争論もあったため、ここに大宮・新規参入
である吉田と須走の争いの決着が望まれることとなり、勘定奉行
なども関わる大論争となった。安永8年(1779年)に持ち越
されることとなった。結論は徳川家康が富士山本宮浅間大社を信
奉していたという幕府側の配慮があり、勘定奉行・町奉行・寺社
奉行のいわゆる三奉行による裁許で、最終的に富士山の8合目よ
り上は、富士山本宮浅間大社持ちとすることが決定された。この
2者の争論を起因とする裁判により、これまで曖

119 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:46:11 ID:
にある。登山道の西側には日沢が南北に走っており、北側と東側
には斜面が迫る。周辺は天然林で、下草にスズタケが生い茂って
いる。平場は東西約8m、南北は約6mで、南側の縁には一部石
組が確認された。南側中央部には石段が確認された。『富士山村
山口登山道遺跡調査報告書』はここを「矢立・新小屋」にあたる
としているが、後世まで木の切り出しなどの休憩小屋として使わ
れていた可能性をも指摘している。・6号建物跡5号建物跡から
北北東に約450mの位置(標高約1,985m)にある。周囲
は西向きに傾斜するやや急な斜面である。登山道の西側は、日沢
に向けて急激に落ち込んでいる。登山道の東側には、東西約12
m、南北約10mの平場がある。平場の南縁には石組が見られ、
登山道を挟んで東西12mにわたって延びている。平場の北側の
斜面にも石組が確認できる。・岩屋不動岩屋不動は、役行者から
の伝法で村山三坊が毎年年番で行っていた札打ちや勤行等を行う
富士峯修行の修行所の1つであった。江戸時代の絵図には、高所
にある洞穴と、その脇を流れる滝の情景で描かれ-80-ること
が多い。洞穴内には不動明王が安置されていたという。慶長7年
(1602)に書かれた「富士山持場之事」に記述があるが、宝
永4年(1707)の宝永噴火で堂室が消失したと言われている
。また、文化13年(1816)~天保5年(1834)に執筆
された『修訂駿河国新風土記』には、岩屋不動に、家のような板
葺きの建物があり、登山者の休憩所であったことが記されている
が、嘉永7年(1854)の「富士山室小屋建立古帳面写」では
「堂室無之」と記載され、この時点では再び堂室が消失している
と推測される。その後、岩屋不動の所在は不明となっていたが、
平成19年に候補地たりうる洞穴の存在を確認した。不動沢を標
高約1,820mの地点まで登りつめ、地上から7mほどの高さ
の場所にある。洞穴の内部は、高さ2m、幅6.4m(最奥)、
奥行9mを測る。洞穴内は人が立つことのできる程度の高さがあ
り、内壁は全体的に赤みがかっている。中央部向かって右側から
入口付近に向けて崩落した大岩が多く転がり、入口は半ば塞がれ
たような状態である。最奥の向かって左側について

120 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:46:30 ID:
に至る間の、須走の戦没者24名が祀られている。B6河口浅間神社B7冨士御室
浅間神社B8御師住宅旧外川家住宅は、主屋や離座敷などに旧外川家が有する民俗
資料等を展示し、定期的に入れ替えながら御師や御師住宅、富士講などに関する理
解を深めるよう活用されている。B9山中湖B10河口湖B11忍野八海B12船
津胎内樹型船津胎内樹型の管理を行う施設として河口湖フィールドセンターがある
。溶岩樹型に関わる資料や自然、生物等の展示施設をもち自然共生室という研究機
関も兼ね備え、洞穴や周辺環境の価値の普及、洞内環境の保護、入洞者の安全確保
に寄与している。B13吉田胎内樹型吉田胎内樹型に関する解説板が山梨県・富士
吉田市教育委員会により設置されている。B14人穴富士講遺跡(人穴浅間神社)
・説明板、案内板洞穴の入口に、人穴の由緒や市指定文化財であることを記した説
明板、碑塔群や洞穴内の危険に対して注意を促す旨の案内板が4本建てられている
。B15白糸ノ滝なしウ眺望C三保松原なし④道路とその他人工物構成資産の土地
には、日常生活を営む地域住民が使用する生活道路や、富士スバルラインや富士山
スカイラインなどの観光道路をはじめてとして、電柱、看板、誘導標識などをはじ
めとする各種の建築物及び工作物が存在している-74-ア富士山山体及び登山道
A富士山・救急搬送・荷物搬送区域救急用・緊急避難道としての役割を持つ道路等
の施設である。搬送には、ブルドーザーが使われる。歩道との交差部には、進入禁
止柵・注意表示板が設置されている。A1山頂信仰遺跡なしA2大宮・村山口登山
道6合目以上では、登山者の安全確保のため、登山道に沿って鉄杭、ロープ等が設
置されている。A3須山口登山道須山御胎内から幕岩までの登山道脇に、須山口登
山道及び須山御胎内を示す標識が設置されている。木製と金属製のものがある。御
殿場口との合流点より上部については、茶色と緑色の地に白い文字で統一された登
山道案内標識が設置されている。この標識は富士山における標識類総合ガイドライ
ンに沿ったデザインで統一されている。A4須走口登山道登山者の安

121 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:46:37 ID:
士スバルラインや富士山スカイラインなどの観光道路をはじめ
てとして、電柱、看板、誘導標識などをはじめとする各種の建
築物及び工作物が存在している-74-ア富士山山体及び登山
道A富士山・救急搬送・荷物搬送区域救急用・緊急避難道とし
ての役割を持つ道路等の施設である。搬送には、ブルドーザー
が使われる。歩道との交差部には、進入禁止柵・注意表示板が
設置されている。A1山頂信仰遺跡なしA2大宮・村山口登山
道6合目以上では、登山者の安全確保のため、登山道に沿って
鉄杭、ロープ等が設置されている。A3須山口登山道須山御胎
内から幕岩までの登山道脇に、須山口登山道及び須山御胎内を
示す標識が設置されている。木製と金属製のものがある。御殿
場口との合流点より上部については、茶色と緑色の地に白い文
字で統一された登山道案内標識が設置されている。この標識は
富士山における標識類総合ガイドラインに沿ったデザインで統
一されている。A4須走口登山道登山者の安全確保のため、登
山道に沿って鉄杭、ロープ等が設置されている。須走口登山道
は、茶色地に赤色の帯が入り、白い文字で統一された登山道案
内標識が設置されている。この標識は富士山における標識類総
合ガイドラインに沿ったデザインで統一されている。吉田口登
山道が合流する八合目より上部は、さらに黄色の帯が加わる。
A5吉田口登山道富士山における標識類総合ガイドラインに沿
ったデザインで統一された案内標識等の整備が進められている
。A6北口本宮冨士浅間神社A7西湖A8精進湖A9本栖湖湖
西側に位置する水力発電用取水口は、(株)日本軽金属蒲原製
造所の工場群に電力を供給する自家用水力発電所の一つ、本栖
発電所のものである。イ信仰B1富士山本宮浅間大社指定地の
南西部分には、自動発券機(料金収受機)を設置した第1駐車
場が整備されている。B2山宮浅間神社乗用車3台程を駐車で
きる駐車場が、県道から入って境内地を横切る道沿いに設けら
れている。-75-B3村山浅間神社境内地西端に、参詣者用
の駐車場が整備されている。B4須山浅間神社裾野市と須山振
興会によって、須山口からの登山道の案内図が設

122 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:52:47 ID:
いう扱いとなり、その内済にて「他の者に小屋掛けさせないこと」「薬師堂の入仏
は須走村が行うこと」「内院散銭は一番拾いを大宮と須走で6:4で分け、2番拾
いは須走が得るものとする」という決定となり、以後これらは遵守された。安永の
争論安永元年(1772年)に、須走村が山頂の支配権は同村の支配にあるとして
浅間大社を相手として訴えた争論が安永の争論である。またこれをみた浅間大社側
の富士民済も反論を起こした。さらに吉田村と浅間大社とで支配地域を確定する争
論もあったため、ここに大宮・新規参入である吉田と須走の争いの決着が望まれる
こととなり、勘定奉行なども関わる大論争となった。安永8年(1779年)に持
ち越されることとなった。結論は徳川家康が富士山本宮浅間大社を信奉していたと
いう幕府側の配慮があり、勘定奉行・町奉行・寺社奉行のいわゆる三奉行による裁
許で、最終的に富士山の8合目より上は、富士山本宮浅間大社持ちとすることが決
定された。この2者の争論を起因とする裁判により、これまで曖昧であった山頂の
支配権やその他権利の所在などが、江戸幕府により明確に定められることとなった
。富士山と眺望特別名勝としての富士山富士山は昭和27年(1952年)10月
7日に「名勝」に指定され、同年11月22日に「特別名勝」に指定された。山梨
県側は富士吉田市・船津村(現・富士河口湖町)・鳴沢村・中野村(現・山中湖村
)の範囲が指定された。静岡県側は御中道に囲まれる地域全部および富士宮口登山
道(富士宮市)と御殿場口登山道(御殿場市)を挟む標高1,500m以上の地域
、またこれと重複しない一合目以上御中道に至る富士宮口登山道および須走口登山
道(小山町)が範囲となっている。富士山の眺望ウィキメディア・コモンズには、
各地点からの富士山の眺望に関連するカテゴリがあります。富士山への良好な眺望
が得られる128景233地点を、国土交通省関東地方整備局が関東の富士見百景
として、2005年(平成17年)に選定した。羽田空港から西に向かう国内便な
どでは富士山の上空を通過する。その際、機長が富士山を案内する

123 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:53:01 ID:
の支配権やその他権利の所在などが、江戸幕府により明確に定め
られることとなった。富士山と眺望特別名勝としての富士山富士
山は昭和27年(1952年)10月7日に「名勝」に指定され
、同年11月22日に「特別名勝」に指定された。山梨県側は富
士吉田市・船津村(現・富士河口湖町)・鳴沢村・中野村(現・
山中湖村)の範囲が指定された。静岡県側は御中道に囲まれる地
域全部および富士宮口登山道(富士宮市)と御殿場口登山道(御
殿場市)を挟む標高1,500m以上の地域、またこれと重複し
ない一合目以上御中道に至る富士宮口登山道および須走口登山道
(小山町)が範囲となっている。富士山の眺望ウィキメディア・
コモンズには、各地点からの富士山の眺望に関連するカテゴリが
あります。富士山への良好な眺望が得られる128景233地点
を、国土交通省関東地方整備局が関東の富士見百景として、20
05年(平成17年)に選定した。羽田空港から西に向かう国内
便などでは富士山の上空を通過する。その際、機長が富士山を案
内するアナウンスをすることが多い。また、新年のご来光を見る
ための遊覧飛行便も運行される。富士山の眺望の最遠は2013
年現在、和歌山県那智勝浦町である。那智勝浦の色川富士見峠(
妙法山とは別)は、富士山頂からの距離は322.9キロで、一
番遠く最も西にあるとされる。また、眺望の北限は2017年1
月16日に福島県川俣町と飯舘村にまたがる花塚山(標高919
m)と日本地図センターにより認定された(富士山からは308
kmの距離にある)。南東方向に約271Km離れた八丈島の三
原山からも眺望される。富士山の見える都道府県は、理論上可能
とされていた京都府から2014年に撮影に成功したことにより
、20都道府県となった。様々な表情の富士山富士山の表情は、
見る場所・角度・季節・時間によって様々に変化する。富士と名
が付く、いくつかの姿がある。画像富士山の姿解説赤富士夏の朝
、露出した山肌が朝焼けにより赤くなった姿。葛飾北斎をはじめ
とした画家が「赤富士」を描いた絵画を残した。紅富士雪化粧し
た富士山が朝日や夕日で紅色に染まる姿。「モルゲンロート」(
ドイツ語Morgenrot)が用いられる場合

124 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:53:21 ID:
削された可能性が残る。写真岩屋不動の写真図岩屋不動の図面A
3須山口登山道なしA4須走口登山道・御室浅間神社跡ふじあざ
みライン沿いの標高1,830m付近にある。冨士浅間神社の末
社で、かつては中宮小室社と呼ばれた。女人禁制の時代には、須
走口登山道で女性が登山できるのはこの場所までであった。祭神
は瓊々杵命と木花開耶姫命である。昭和54年に古御岳神社に合
祀された。国土地理院の地形図に記載があるものの、社殿は昭和
50年代に倒壊し、廃屋となっている。鳥居、灯籠等、神社に関
連する工作物はなく、かつては石仏が多くあったが、現在は1体
も残っていない。写真神社跡の写真・大日堂(野中神社)冨士浅
間神社の末社で、富士あざみラインから南側の脇道を入った自衛
隊東富士演習場内の標高1050m付近にある。演習場内のため
、許可なく立ち入ることはできない。明治7年に野中神社と改名
されたが、それ以前は大日堂と呼ばれ、水源地に祀られているこ
とから雨乞いの神として地元の信仰を集めた。元禄3年(169
0)の冨士浅間神社の古文書に記述が見られ、成立年代は江戸時
代前期まで遡る。宝永4年(1707)の噴火によって被害を受
けたが、宝暦14年(1764)に再建された。祭神は大日要命
(大日如来)で、建物は本殿・拝殿合わせて間口二間、奥行き二
間三尺、それに四間と二間の籠舎が付いていたとされる。古絵図
(小山町史)では、須走口登山道から脇道にそれた場所に描かれ
ている。江戸時代には、大日堂に立ち寄ってから山頂を目指した
とされる。建物は現存しないが、二重の石組みに囲まれた建物跡
に一対の灯篭(江戸時代)と不動明王像が置かれ、敷地脇には地
蔵菩薩像と石碑がある。昭和58年(1979)に石の祠が建て
られ、毎年9月に祭礼が行われている。写真神社跡の写真・下山
道(砂走り)登山道の南側に、下山道(砂走り)がある。須走口
では江戸時代から登山道と下山道が別々に存在していた。下山道
は標高約2,900mの7合目付近で登山道と分岐し、登山道南
側の砂礫地を直線的に降りる。御殿場口(須山口)の「大砂走り
」と区別して、「砂走り」と呼ばれる。-81-A5吉田口登山
道北口本宮冨士浅間神社を起点とする登山道で、本

125 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:53:39 ID:
、登山道に沿って鉄杭、ロープ等が設置されている。須走口登山道は、茶色地に赤
色の帯が入り、白い文字で統一された登山道案内標識が設置されている。この標識
は富士山における標識類総合ガイドラインに沿ったデザインで統一されている。吉
田口登山道が合流する八合目より上部は、さらに黄色の帯が加わる。A5吉田口登
山道富士山における標識類総合ガイドラインに沿ったデザインで統一された案内標
識等の整備が進められている。A6北口本宮冨士浅間神社A7西湖A8精進湖A9
本栖湖湖西側に位置する水力発電用取水口は、(株)日本軽金属蒲原製造所の工場
群に電力を供給する自家用水力発電所の一つ、本栖発電所のものである。イ信仰B
1富士山本宮浅間大社指定地の南西部分には、自動発券機(料金収受機)を設置し
た第1駐車場が整備されている。B2山宮浅間神社乗用車3台程を駐車できる駐車
場が、県道から入って境内地を横切る道沿いに設けられている。-75-B3村山
浅間神社境内地西端に、参詣者用の駐車場が整備されている。B4須山浅間神社裾
野市と須山振興会によって、須山口からの登山道の案内図が設置されている。B5
須走浅間神社社務所東側には、参拝者用の駐車場乗用車6台分が設けられている。
B6河口浅間神社B7冨士御室浅間神社B8御師住宅国道139号に面した敷地入
口には、御師住宅(旧外川家住宅、小佐野家住宅)の内容を示す解説板が設置され
ている。B9山中湖B10河口湖B11忍野八海B12船津胎内樹型河口湖フィー
ルドセンターの開設に伴い整備されたトレイル(遊歩道)が設けられている。遊歩
道には石造物の分布が確認でき、自然散策路としての要素以外に歴史散策路的要素
も兼ね備えている。B13吉田胎内樹型・参詣道吉田口登山道の「中ノ茶屋」から
、吉田胎内本穴に向かうものである。古くから富士講の信者等に利用され、「甲斐
国誌」には「胎内道」として記述されている。B14人穴富士講遺跡(人穴浅間神
社)2本の道跡と思われる石列が参道跡の上り口、石垣の西側に位置する。建物跡
と洞穴や碑塔群などを結ぶ機能を有していたと考えられる。B15白

126 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:59:24 ID:
口登山道に合流する。合流地点は古くから「大行合」と呼ばれた
。ここから上は頂上奥宮の神域で、小屋を建てることが許されな
かったことから、登山道最後の小屋場として多くの小屋が建てら
れていた。写真小屋の写真A6北口本宮冨士浅間神社A7西湖A
8精進湖A9本栖湖・中道往還と関連遺跡中道往還は甲斐と駿河
との交通路のうち、若彦路と河内路の中間に発達し

127 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:59:34 ID:
士波立ちが少ない水面に映る逆さの富士山の光景。D五千円券の
裏の図案に、本栖湖の逆さ富士が使用された。竜ヶ岳(山梨県)
から望む日の出時のダイヤモンド富士(2015年12月5日撮
影)ダイヤモンド富士太陽が昇った時又は沈む時、太陽が富士山
の頂上と重なり、富士山の頂上付近がダイヤモンドのように光る
現象。富士山が見える西又は東の場所から、年に2回見ることが
できる。影富士朝日や夕日で富士山の山容の影が周囲に映し出さ
れる風景。富士山登山時に山の上部から、雲海の上に見られる場
合がある。笠雲笠雲とレンズ雲を伴う。富士山の頂上に傘をかぶ
せた雲がある風景。その際は、次第に麓では曇りまたは雨になる
ことが多い。「表富士」と「裏富士」『不二三十六景甲斐夢山裏
富士』現在も富士山の山小屋や登山道の道標として「表口」や「
裏口」という表現がみられ、一般的に静岡県から見た富士山を表
富士、山梨県からの姿を裏富士として認知されているが、これに
は歴史的背景がある。延宝8年(1680年)に作成された『八
葉九尊図』では既に「するが口表」という表記がある。他に『甲
斐国志』巻35ではこのような記述がある。登山路ハ北ハ吉田口
、南ハ須走口・村山口・大宮口ノ四道ナリ、(中略)南面ヲ表ト
シ、北面ヲ裏トスレドモ、…??『甲斐国志』他の資料にも共通
した記述がみられ、このように南麓を表、北麓を裏とする考え方
は一般的な認識であったと言える。これとは別に「裏富士」とい
う言葉があり、葛飾北斎の『富嶽百景裏不二』『冨嶽三十六景身
延川裏不二』や歌川広重の『不二三十六景甲斐夢山裏富士』など
、作品名に採用されている例がみられる。富士山の文化美術にお
ける富士山三峰型富士の例絹本着色富士曼荼羅図狩野元信(伝)
峰型富士の例(上図)と同じ構図の実写富士は、ギャラリーに掲
載富士山絵画は平安時代に歌枕として詠まれた諸国の名所を描く
名所絵の成立とともにはじまり、現存する作例はないものの、記
録からこの頃には富士を描いた名所絵屏風の画題として描かれて
いたと考えられている。現存する最古の富士図は法隆寺献納宝物
である延久元年(1069年)の『聖徳太子絵伝』(東京国立博
物館)で、これは甲斐の黒駒伝承に基づき黒駒に

128 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 11:59:42 ID:
私道等の道路、階段、曽我橋、滝見橋等がある。また、それらの付属施設がある。
危険を伴う区域には、護岸や落石防護ネットが整備され、また、立入禁止の札が立
てられている。県道沿い及び芝川本流左岸等には駐車場があり、管理小屋等の付帯
施設がある。また、県道沿いの駐車場には公衆トイレがある。ウ眺望C三保松原-
76-なし(3)周辺環境を構成する諸要素①自然的要素構成資産の周辺には、山
並み、河川をはじめとする各種自然地形が存在している。また、統一

129 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:05:38 ID:
」と呼ばた。甲府市から国道358号線を経て精進湖赤池交差点
より国道139号に入り、静岡県の富士宮市・富士市に至る道で
ある。こうした交通の要地であることから本栖湖周辺には中道往
還に関連する遺跡が複数確認できる。イ信仰B1富士山本宮浅間
大社・浅間大社遺跡(埋蔵文化財包蔵地)浅間大社周辺の南北5
00m・東西200mの範囲は、縄文時代から近世にかけての複
合遺跡として埋蔵文化財包蔵地となっており、遺構や遺物等が発
見されている。写真出土遺物の写真・大宮城跡浅間神社大宮司の
居館としての大宮城が、現在の県道富士宮富士公園線の東側に位
置していた。・神田宮第2駐車場から100mほど南にある水田
を備えた神社である。五穀豊穣を祈願して米を作り奉納する「御
田植祭」が毎年7月7日に行われる。・大鳥居昭和30年(19
55)に寄進された大鳥居が、第2駐車場に設置されている。・
大灯籠昭和35年(1960)に奉納された大灯籠2基が、第2
駐車場南側入口に設置されている。B2山宮浅間神社なしB3村
山浅間神社なしB4須山浅間神社なしB5須走浅間神社・須走護
国神社-82-西南の役から太平洋戦争に至る期間の、須走地区
の戦没者24名が祀られている。・鎌倉往還指定地南側には、相
模から駿河、甲斐への連絡路であった鎌倉往還が通っていた。中
世の幕府所在地鎌倉から放射状に存在した複数のルートの一つで
、当時の御家人らが鎌倉と自領との往還に利用した道である。ま
た、生活必需品を運ぶ商人や各国々に旅する人も多く、須走地区
が、古くから富士北麓地域と静岡県駿東部を結ぶ交通の要衝とし
て利用されていたことがわかる。写真鎌倉往還の写真B6河口浅
間神社B7冨士御室浅間神社B8御師住宅なしB9山中湖B10
河口湖B11忍野八海B12船津胎内樹型・社寺等溶岩洞穴等に
ついては、洞穴本体あるいは富士山の関連として信仰の対象と位
置づけられたものが多く見られ、周辺には社寺等の宗教的施設が
みられ、船津胎内樹型に伴う無戸室浅間神社などの設置形態は、
洞穴と一体になって信仰が行われている事例である。・信仰的意
味を付された地形・空間B13吉田胎内樹型・参詣道吉田口登山
道の「中ノ茶屋」から、吉田胎内本穴に向かうもの

130 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:05:55 ID:
み景観を構成している天然林及び施業林からなる森林が存在している。ア富士山山
体及び登山道A富士山・宝永火口静岡県側からの富士山の景観を特色付ける噴火口
で山頂信仰遺跡の南東側にある。宝永4年(1707)に発生したテフラの爆発的
噴火により、白い灰のデイサイト質軽石・黒曜石(烏石)・凝灰石など新第三紀の
基盤岩類、斑レイ岩、黒い玄武岩質スコリアなどを降らせた。記録によれば約10
0㎞離れた江戸にまで火山灰が到達したが、溶岩の流下はなかった。活火山であり
、今後も噴火活動の可能性がある。・富士山特定地理等保護林8合目から標高約2
,400m付近にかけて展開する約927haの保護林である。富士山の国有林に
おいては第3次国有林野施業実施計画、自然環境の維持、動植物の保護が図られ、
あわせて遺伝資源の保存を図ることを目的として設定されている。富士山独特の地
形・地質を持つ区域の植生として貴重な区域である。・富士箱根伊豆国立公園富士
山管理計画区自然公園法の特別保護地区あたる概ね5合目以上の火山高原を主体と
した山頂部までの区域である。富士山の火山景観の核心部を呈する区域であり、富
士山の秀麗な山容、植物の遷移過程等が保全の対象となっている。A1山頂信仰遺
跡なしA2大宮・村山口登山道・鳥類相富士山域で観察された鳥類は約160種で
ある。固有種は存在しない。・陸生哺乳類富士山の山域には、6目14科35種程
の陸生哺乳類が生息する。その中には、特別天然記念物に指定されているニホンカ
モシカや天然記念物に指定されているヤマネが含まれる。また、ツキノワグマも生
息するが、落葉広葉樹林が少なく、生息できる環境が限られ、生息数は少ない。A
3須山口登山道・幕岩登山道の東側50m、標高1,650m付近にあり、新富士
火山の中期溶岩の切り立った岩壁で、比高は15mを超える。岩肌には樹木が生い
茂り、崖の下には直径1~2cmのスコリアが一面に堆積している。その存在は宝
永噴火前の古絵図にも記録されている。古絵図には「まこ岩」「孫岩」の名で記述
されることもある。役行者が7世紀後半に伊豆に流された折、この地

131 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:06:03 ID:
指定されているヤマネが含まれる。また、ツキノワグマも生息
するが、落葉広葉樹林が少なく、生息できる環境が限られ、生
息数は少ない。A4須走口登山道・御胎内(溶岩洞穴)須走口
登山道6合目の北側(標高2,630m付近)にある溶岩洞穴
。開口部は腰をかがめなければ進めないほど狭いが、内部は数
名が立つことのできる空間が広がっている。・小富士標高1,
959mの側火山で、須走口登山道5合目からほぼ北に600
mほど離れた場所にある。延暦19年(800)

132 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:06:20 ID:
が富士を駆け上る姿を描いたもので、富士は中国山水画風の山岳
図として描かれている。楽焼白片身変茶碗銘不二山(国宝)鎌倉
時代には山頂が三峰に分かれた三峰型富士の描写法が確立し、『
伊勢物語絵巻』『曽我物語富士巻狩図』など物語文学の成立とと
もに舞台となる富士が描かれ、富士信仰の成立に伴い礼拝画とし
ての『富士曼陀羅図』も描かれた。また絵地図などにおいては反
弧状で緑色に着色された他の山に対して山頂が白く冠雪した状態
で描かれ、特別な存在として認識されていた。室町時代の作とさ
れる『絹本著色富士曼荼羅図』(富士山本宮浅間大社所蔵、重要
文化財)には富士山とその富士山に登る人々や、禊ぎの場であっ
た浅間神社や湧玉池が描かれており、当時の様子を思わせるもの
である。また、富士山は三峰型富士で描かれている。凱風快晴、
葛飾北斎作江戸時代には明和4年(1767年)に河村岷雪が絵
本『百富士』を出版し、富士図の連作というスタイルを提示した
。浮世絵のジャンルとして名所絵が確立すると、河村岷雪の影響
を受けた葛飾北斎は晩年に錦絵(木版多色摺)による富士図の連
作版画『冨嶽三十六景』(天保元年1831年頃)を出版した。
多様な絵画技法を持つ北斎は大胆な構図や遠近法に加え舶来顔料
を活かした藍摺や点描などの技法を駆使して中でも富士を描き、
夏の赤富士を描いた『凱風快晴』や『山下白雨』、荒れ狂う大波
と富士を描いた『神奈川沖浪裏』などが知られる。また、歌川広
重も北斎より後の1850年代に『不二三十六景』『冨士三十六
景』を出版した。広重は甲斐国をはじめ諸国を旅して実地のスケ
ッチを重ね作品に活かしている。『東海道五十三次』でも、富士
山を題材にした絵が多く見られる。北斎、広重らはこれらの連作
により、それまで富士見の好スポットと認識されていなかった地
点や、甲斐国側からの裏富士を画題として開拓していった。工芸
品としては本阿弥光悦が自ら制作した楽焼の茶碗に富士山の風情
を見出し、「不二山」と銘打っている。50銭政府紙幣(193
8年発行)岡田紅陽が撮影した愛鷹山からの富士山がモデル。富
士は日本画をはじめ絵画作品や工芸、写真、デザインなどあらゆ
る美術のモチーフとして扱われている。日本画に

133 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:12:11 ID:
から富士講の信者等に利用され、「甲斐国誌」には「胎内道」と
して記述されている。B14人穴富士講遺跡(人穴浅間神社)・
中道往還かつて甲斐と駿河を結んだ街道のひとつである。富士講
信者は、富士参詣に合わせて人穴参拝をする習慣があり、富士山
北口の吉田と人穴を結ぶ巡礼道として中道往還を通っていた。写
真中道往還の写真・赤池家跡境内地から南へ下ったところに、人
穴で修行する行者の食事や宿泊の世話、洞穴や周辺の碑塔の建立
や管理等を代々行ってきた赤池家の跡地がある。・石鳥居県道脇
の参道への入口に石鳥居が建てられている。額束には「富士人穴
」と刻まれている。・参道参道は、県道清水富士宮線から石鳥居
をくぐって進み、浄土門と刻まれた石碑を右折して、境内地内の
参道へ続いている。石碑から階段までの参道はかつての中道往還
と重複する。-83-B15白糸ノ滝なしウ眺望C三保松原なし
③人文的要素富士山山体においては、登山道沿いに登下山者の緊
急避難や遭難者の救助、応急処置の機能を兼ね備えた山小屋が立
地している。富士山麓における構成資産の周辺については、山林
、農耕地のほか市街地となっており、日常生活に関連する各種施
設等をはじめとして、道路、橋、線路、電柱、看板等の各種人工
物が存在している。また、構成資産の公開活用を目的した資料館
等の施設が存在している。ア富士山山体及び登山道A富士山なし
A1山頂信仰遺跡なしA2大宮・村山口登山道・岩屋不動山小屋
とその関連施設標高の低い地点から順に、表富士宮5合目、雲海
荘(6合目)、宝永山荘(6合目)、御来光山荘(新7合目)、
山口山荘(元祖7合目)、池田館(8合目)、万年雪山荘(9合
目)、胸突山荘(9合5勺)がある。山小屋周辺にはバイオトイ
レ、自動販売機、ベンチ、テーブル等が設置されている。・緊急
・救急施設富士山は、高山であり気候も急変することから、登山
客の安全確保を目的として、富士山登山指導センター(山頂、富
士宮口登山道新5合目)と富士山衛生センター(富士宮口登山道
8合目)が設けられている。写真救急施設の写真・救急搬送・荷
物搬送区域登山道にほぼ並行して、救急用・緊急用避難道として
の役割を持つ道路等の施設が設けられている。搬送

134 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:12:28 ID:
いう言い伝えが残っている-77-(日本霊異記)。登山道から幕岩の直下に降り
る道がある。・側火山登山道沿いには宝永山(標高2,698m)、二ツ塚(標高
1,926m、1,804m)、アザミ塚(1,626m)などの側火山が見られ
る。宝永4年(1707)の宝永の噴火により須山口旧登山道は崩壊し、その後、
宝永山を東に迂回する形で復興した。・鳥類相富士山域で観察された鳥類は約16
0種である。固有種は存在しない。・陸生哺乳類富士山の山域には、6目14科3
5種程の陸生哺乳類が生息する。その中には、特別天然記念物に指定されているニ
ホンカモシカや天然記念物に指定されているヤマネが含まれる。また、ツキノワグ
マも生息するが、落葉広葉樹林が少なく、生息できる環境が限られ、生息数は少な
い。A4須走口登山道・御胎内(溶岩洞穴)須走口登山道6合目の北側(標高2,
630m付近)にある溶岩洞穴。開口部は腰をかがめなければ進めないほど狭いが
、内部は数名が立つことのできる空間が広がっている。・小富士標高1,959m
の側火山で、須走口登山道5合目からほぼ北に600mほど離れた場所にある。延
暦19年(800)とそれに続く噴火により形成されたとされている。須走口5合
目から高低差の少ない小富士遊歩道が整備され、気軽に訪れることができる。周辺
は針葉樹林(シラビソ・コメツガ・トウヒ)に覆われているが、頂上部分はスコリ
アに覆われて樹木がなく、山中湖・箱根など東の眺望が楽しめる。小山町観光協会
によるコンクリート製の標識と、大正13年(1924)に扶桑教によって建立さ
れた祠がある。祠内部に仏像が三体あったというが、現在は残っていない。・鳥類
相富士山域で観察された鳥類は約160種である。固有種は存在しない。・陸生哺
乳類富士山の山域には、6目14科35種程の陸生哺乳類が生息する。その中には
、特別天然記念物に指定されているニホンカモシカや天然記念物に指定されている
ヤマネが含まれる。また、ツキノワグマも生息するが、落葉広葉樹林が少なく、生
息できる環境が限られ、生息数は少ない。A5吉田口登山道A6北口

135 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:12:36 ID:
噴火により形成されたとされている。須走口5合目から高低差
の少ない小富士遊歩道が整備され、気軽に訪れることができる
。周辺は針葉樹林(シラビソ・コメツガ・トウヒ)に覆われて
いるが、頂上部分はスコリアに覆われて樹木がなく、山中湖・
箱根など東の眺望が楽しめる。小山町観光協会によるコンクリ
ート製の標識と、大正13年(1924)に扶桑教によって建
立された祠がある。祠内部に仏像が三体あったというが、現在
は残っていない。・鳥類相富士山域で観察された鳥類は約16
0種である。固有種は存在しない。・陸生哺乳類富士山の山域
には、6目14科35種程の陸生哺乳類が生息する。その中に
は、特別天然記念物に指定されているニホンカモシカや天然記
念物に指定されているヤマネが含まれる。また、ツキノワグマ
も生息するが、落葉広葉樹林が少なく、生息できる環境が限ら
れ、生息数は少ない。A5吉田口登山道A6北口本宮冨士浅間
神社A7西湖A8精進湖A9本栖湖北側・西側・南側の山は御
坂層基盤により構成されている。北側から西側にかけては、標
高1100m~1300m前後の山が連なっている。また南側
には標高1485mの竜ヶ岳が位置している。イ信仰B1富士
山本宮浅間大社・神田川-78-湧玉池の湧水を水源とする神
田川が、約1,000mを流れ潤井川に注いでいる。かつては
禊所より下流(下池)の部分も含めて御手洗川と呼ばれていた
。現在、護岸の一部は、神田川ふれあい広場から下りる親水護
岸として整備されている。B2山宮浅間神社なしB3村山浅間
神社なしB4須山浅間神社なしB5須走浅間神社なしB6河口
浅間神社B7冨士御室浅間神社B8御師住宅なしB9山中湖B
10河口湖B11忍野八海B12船津胎内樹型・溶岩洞穴等の
主体となる地形・溶岩洞穴等を構成する地質(剣丸尾溶岩流と
火砕物により構成)B13吉田胎内樹型・溶岩洞穴等の主体と
なる地形・溶岩洞穴等を構成する地質(剣丸尾溶岩流と火砕物
により構成)B14人穴富士講遺跡(人穴浅間神社)なしB1
5白糸ノ滝なしウ眺望C三保松原なし②歴史的要素構成資産の
周辺地域の地下には、関連の遺構、遺物が良好に

136 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:13:08 ID:
767年)に河村岷雪が絵本『百富士』を出版し、富士図の連作というスタイルを
提示した。浮世絵のジャンルとして名所絵が確立すると、河村岷雪の影響を受けた
葛飾北斎は晩年に錦絵(木版多色摺)による富士図の連作版画『冨嶽三十六景』(
天保元年1831年頃)を出版した。多様な絵画技法を持つ北斎は大胆な構図や遠
近法に加え舶来顔料を活かした藍摺や点描などの技法を駆使して中でも富士を描き
、夏の赤富士を描いた『凱風快晴』や『山下白雨』、荒れ狂う大波

137 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:13:20 ID:
殖産興業などを通じて富士が日本を象徴する意匠として位置づけ
られ美術をはじめ商業デザインなどに幅広く用いられ、絵画にお
いては伝統を引き継ぎつつ近代的視点で描かれた富士山絵画が制
作された。また、鉄道・道路網など交通機関の発達により数多く
の文人・画家が避暑地や保養地としての富士山麓に滞在し富士を
題材とした作品を製作しているが、富士を描いた

138 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:18:09 ID:
ザーが使われる。歩道との交差部には、進入禁止柵・注意看板等
が設置されている。・県道180号線富士宮富士公園線浅間大社
前交差点を起点とする「県道180号富士宮富士公園線」が、村
山口登山道跡と2箇所で交差している。交差する地点は、西臼塚
駐車場から山頂方面へ約1.5㎞進んだ地点と、高鉢山駐車場か
ら約700m下った地点であるが、道路沿いには特別な表示等は
ない。また、この道路は富士山スカイライン、富士宮口登山道を
経て6合目から旧村山口登山道と合流し、富士山山頂まで続いて
いる。・宝永遊歩道富士宮口新5合目駐車場の東端から宝永第二
火口の西縁までほぼ等高線に沿って東西に通じる遊歩道で、旧村
山口登山道と11号建物付近で交差する。写真遊歩道の写真-8
4-・駐車場・附属施設450台収容の駐車場が5合目に設置さ
れている。付属施設として、レストハウス、宿舎、トイレ、バス
乗車券販売所、登山シーズンの夏季のみ在番の交番がある。工作
物としての広告物、広告旗、バス停留所などがある。・林道富士
山麓には多くの林道があり、そのうち、大渕林道・吉原林道が、
旧村山口登山道と交差する。A3須山口登山道・山小屋登山道沿
いに、山小屋が建てられている。標高の高い地点から順に、赤岩
八合館(7合9勺)、砂走館(7合5勺)、わらじ館(7合4勺
)、日ノ出館(7合目)、(※休館:見晴館(8合目)6合目小
屋)がある。山小屋周辺にはトイレ、自動販売機、ベンチ、椅子
等が設置されている。・避難小屋登山道沿いの2箇所(7合8勺
、2合8勺)に、気象庁の避難小屋が建てられている。富士山頂
測候所に勤務する職員用の施設であったが、測候所廃止に伴い現
在は使用されていない。・救急搬送・荷物搬送区域登山道の南西
側に、救急用・緊急用避難道としての役割を持つ道路等の施設が
設けられている。搬送にはブルドーザーが使われる。歩道との交
差部には、進入禁止柵・注意看板等が設置されている。・下山道
(大砂走)登山道の南西側に、下山道(大砂走り)がある。標高
約3,000mの日の出館(7合目)付近で登山道と分岐する。
宝永山脇のスコリアで覆われた斜面を一気に下り、御殿場口新5
合目(標高1,450m付近)に至る。写真下山道

139 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:18:26 ID:
神社A7西湖A8精進湖A9本栖湖北側・西側・南側の山は御坂層基盤により構成
されている。北側から西側にかけては、標高1100m~1300m前後の山が連
なっている。また南側には標高1485mの竜ヶ岳が位置している。イ信仰B1富
士山本宮浅間大社・神田川-78-湧玉池の湧水を水源とする神田川が、約1,0
00mを流れ潤井川に注いでいる。かつては禊所より下流(下池)の部分も含めて
御手洗川と呼ばれていた。現在、護岸の一部は、神田川ふれあい広場から下りる親
水護岸として整備されている。B2山宮浅間神社なしB3村山浅間神社なしB4須
山浅間神社なしB5須走浅間神社なしB6河口浅間神社B7冨士御室浅間神社B8
御師住宅なしB9山中湖B10河口湖B11忍野八海B12船津胎内樹型・溶岩洞
穴等の主体となる地形・溶岩洞穴等を構成する地質(剣丸尾溶岩流と火砕物により
構成)B13吉田胎内樹型・溶岩洞穴等の主体となる地形・溶岩洞穴等を構成する
地質(剣丸尾溶岩流と火砕物により構成)B14人穴富士講遺跡(人穴浅間神社)
なしB15白糸ノ滝なしウ眺望C三保松原なし②歴史的要素構成資産の周辺地域の
地下には、関連の遺構、遺物が良好に残されている区域があり、それらは文化財保
護法に基づき埋蔵文化財包蔵地として周知されている。また、かつて登山者に利用
された御師の家並みなど、文献史料に記載された多数の伝承地や名所等が存在して
いる。ア富士山山体及び登山道-79-A富士山なしA1山頂信仰遺跡なしA2大
宮・村山口登山道・馬頭観音1村山浅間神社脇の舗装された道を登って南西から北
東に進んでいくと、舗装道が大きく北西方向にそれていく。村山口登山道跡はここ
を北西に行かずに、直進し北東方向へ進む。その交差点に馬頭観音の碑が建ってい
る(標高約590m)。昭和8年(1933)に上原伸郎によって建てられたもの
である。・馬頭観音2静岡県立富士山麓山の村を抜けた場所にある。ここはやや道
幅が広い、比較的直伸している経路と、屈曲した経路の2つが存在する。前者につ
いては明治以降に木材の切り出し・運搬に使われた木馬道であると推

140 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:18:34 ID:
区域があり、それらは文化財保護法に基づき埋蔵文化財包蔵地
として周知されている。また、かつて登山者に利用された御師
の家並みなど、文献史料に記載された多数の伝承地や名所等が
存在している。ア富士山山体及び登山道-79-A富士山なし
A1山頂信仰遺跡なしA2大宮・村山口登山道・馬頭観音1村
山浅間神社脇の舗装された道を登って南西から北東に進んでい
くと、舗装道が大きく北西方向にそれていく。村山口登山道跡
はここを北西に行かずに、直進し北東方向へ進む。その交差点
に馬頭観音の碑が建っている(標高約590m)。昭和8年(
1933)に上原伸郎によって建てられたものである。・馬頭
観音2静岡県立富士山麓山の村を抜けた場所にある。ここはや
や道幅が広い、比較的直伸している経路と、屈曲した経路の2
つが存在する。前者については明治以降に木材の切り出し・運
搬に使われた木馬道であると推測される。ここで以前に馬が死
んだので、供養のために馬頭観音を建てたと伝えられている。
・2号建物跡平成5年の富士宮市の調査では、中宮八幡堂跡手
前で日沢を渡り、50mほど登ったところに2号建物跡がある
とされる。『富士山村山口登山道遺跡調査報告書』では、「道
の南側に12m×8mの平坦面があり、道の北側にも平らな場
所がある」と報告している。平成20年の調査では平場らしき
地形を確認したが、平成5年当時の景観と著しく異なっており
、両者が同一のものか判断できない。写真建物跡の写真図建物
跡の図面・3号建物跡登山道跡と県道富士宮富士公園線が交差
する地点から約60m南に下りた位置にある。周囲はなだらか
な傾斜の天然林で、地面は落葉に覆われている。むき出しにな
った岩石には一面に苔がむしている。東西4m弱・南北6m弱
の方形の石列があり、その北東側に小さなくぼみを確認した。
『富士山村山口登山道遺跡調査報告書』は、このくぼみを便所
跡としている。写真建物跡の写真図建物跡の図面・4号建物跡
富士山スカイラインと村山登山道が交差する地点から北北東の
方角に約600mの位置にある。登山道の西側には日沢が南北
に走っており、北側と東側には斜面が迫る。周辺

141 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:19:56 ID:
『神奈川沖浪裏』などが知られる。また、歌川広重も北斎より後の1850年代に
『不二三十六景』『冨士三十六景』を出版した。広重は甲斐国をはじめ諸国を旅し
て実地のスケッチを重ね作品に活かしている。『東海道五十三次』でも、富士山を
題材にした絵が多く見られる。北斎、広重らはこれらの連作により、それまで富士
見の好スポットと認識されていなかった地点や、甲斐国側からの裏富士を画題とし
て開拓していった。工芸品としては本阿弥光悦が自ら制作した楽焼の茶碗に富士山
の風情を見出し、「不二山」と銘打っている。50銭政府紙幣(1938年発行)
岡田紅陽が撮影した愛鷹山からの富士山がモデル。富士は日本画をはじめ絵画作品
や工芸、写真、デザインなどあらゆる美術のモチーフとして扱われている。日本画
においては近代に殖産興業などを通じて富士が日本を象徴する意匠として位置づけ
られ美術をはじめ商業デザインなどに幅広く用いられ、絵画においては伝統を引き
継ぎつつ近代的視点で描かれた富士山絵画が制作された。また、鉄道・道路網など
交通機関の発達により数多くの文人・画家が避暑地や保養地としての富士山麓に滞
在し富士を題材とした作品を製作しているが、富士を描いた風景画などを残してい
る画家として富岡鉄斎、洋画においては和田英作などがいる。富士山をモチーフと
した美術品は当時のヨーロッパでも多く流通しており、このことから富士山もヨー
ロッパで広く知られていた。1893年(明治26年)、日本を旅行していたオー
ストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者フランツ・フェルディナント大公は、日記
に次のように書いている。フジサン、フジノヤマ。いったい、この日本の象徴――
ヨーロッパではふつうフジヤマと呼ばれる――を知らない者などいるのだろうか?
ヨーロッパでもっとも好まれる日本工芸のデザインとして漆器、陶磁器、和紙、金
属などに描かれているから、もう、わたしたちにはお馴染みだ。??8月15日付
戦時下には国家により富士は国体の象徴として位置づけられ、富士は国家のシンボ
ルとして様々に描かれた。戦後には国体のシンボルとしてのイメー

142 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:20:09 ID:
している画家として富岡鉄斎、洋画においては和田英作などがい
る。富士山をモチーフとした美術品は当時のヨーロッパでも多く
流通しており、このことから富士山もヨーロッパで広く知られて
いた。1893年(明治26年)、日本を旅行していたオースト
リア=ハンガリー帝国の皇位継承者フランツ・フェルディナント
大公は、日記に次のように書いている。フジサン、フジノヤマ。
いったい、この日本の象徴――ヨーロッパではふつうフジヤマと
呼ばれる――を知らない者などいるのだろうか?ヨーロッパでも
っとも好まれる日本工芸のデザインとして漆器、陶磁器、和紙、
金属などに描かれているから、もう、わたしたちにはお馴染みだ
。??8月15日付戦時下には国家により富士は国体の象徴とし
て位置づけられ、富士は国家のシンボルとして様々に描かれた。
戦後には国体のシンボルとしてのイメージから解放された「日本
のシンボル」として、日本画家の横山大観や片岡球子らが富士を
描いた。また、現代美術の世界ではこれらの伝統的画題へのアン
チテーゼとしてパロディや風刺、アイコンとして富士を描く傾向
も見られる。深田久弥は『日本百名山』の中で富士山を「小細工
を弄しない大きな単純」と評し、「幼童でも富士の絵は描くが、
その真を現わすために画壇の巨匠も手こずっている」という。日
本画全般の題材として「富士見西行」があり、巨大な富士山を豆
粒のような人物(僧、西行法師)が見上げるという構図で、水墨
画や彫金でも描かれている。千円札、旧五千円札のモデルとなっ
た本栖湖からの富士山近代では紙幣や切手のデザインにも用いら
れている。富士山が紙幣のデザインに用いられる例は数多くある
。古くは1913年発行の50銭政府紙幣があり、愛鷹山からの
富士山でる。その後の1951年と1969年発行の旧五百円札
は大月市の雁ヶ腹摺山からの富士山を元にしている。1984年
発行の旧五千円札と2004年発行の千円札は本栖湖の湖畔から
の富士山である。富士山を描写した切手が郵便局から発売された
。河口湖、西湖、精進湖、本栖湖、山中湖(1999年(平成1
1年))葛飾北斎(1999年(平成11年))オオマツヨイグ
サ・山梨県(2005年(平成17年))文学に

143 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:21:04 ID:
(@_@)

144 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:24:51 ID:
場口登山道明治5年(1872)に女性の富士登山が許可された
後、手軽に登れる登山道をめざし、御殿場在住の伴野佐吉らが中
心となって明治16年(1883)に完成した。同地の浅間神社
から滝ヶ原、馬返、太郎坊を経て、須山口登山道2合8勺に接続
する経路であった。明治22年、東海道線(現JR御殿場線)が
開通し御殿場駅が設置されたことにより、登山道が富士山東表口
新道本社浅間神社を通る現在の経路に変更された。御殿場口登山
道は須山口よりも距離が短い上に道も良く、関東方

145 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:25:09 ID:
こで以前に馬が死んだので、供養のために馬頭観音を建てたと伝えられている。・
2号建物跡平成5年の富士宮市の調査では、中宮八幡堂跡手前で日沢を渡り、50
mほど登ったところに2号建物跡があるとされる。『富士山村山口登山道遺跡調査
報告書』では、「道の南側に12m×8mの平坦面があり、道の北側にも平らな場
所がある」と報告している。平成20年の調査では平場らしき地形を確認したが、
平成5年当時の景観と著しく異なっており、両者が同一のものか判断

146 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:25:17 ID:
下草にスズタケが生い茂っている。平場は東西約8m、南北は
約6mで、南側の縁には一部石組が確認された。南側中央部に
は石段が確認された。『富士山村山口登山道遺跡調査報告書』
はここを「矢立・新小屋」にあたるとしているが、後世まで木
の切り出しなどの休憩小屋として使われていた可能性をも指摘
している。・6号建物跡5号建物跡から北北東に約450mの
位置(標高約1,985m)にある。周囲は西向きに傾斜する
やや急な斜面である。登山道の西側は、日沢に向けて急激に落
ち込んでいる。登山道の東側には、東西約12m、南北約10
mの平場がある。平場の南縁には石組が見られ、登山道を挟ん
で東西12mにわたって延びている。平場の北側の斜面にも石
組が確認できる。・岩屋不動岩屋不動は、役行者からの伝法で
村山三坊が毎年年番で行っていた札打ちや勤行等を行う富士峯
修行の修行所の1つであった。江戸時代の絵図には、高所にあ
る洞穴と、その脇を流れる滝の情景で描かれ-80-ることが
多い。洞穴内には不動明王が安置されていたという。慶長7年
(1602)に書かれた「富士山持場之事」に記述があるが、
宝永4年(1707)の宝永噴火で堂室が消失したと言われて
いる。また、文化13年(1816)~天保5年(1834)
に執筆された『修訂駿河国新風土記』には、岩屋不動に、家の
ような板葺きの建物があり、登山者の休憩所であったことが記
されているが、嘉永7年(1854)の「富士山室小屋建立古
帳面写」では「堂室無之」と記載され、この時点では再び堂室
が消失していると推測される。その後、岩屋不動の所在は不明
となっていたが、平成19年に候補地たりうる洞穴の存在を確
認した。不動沢を標高約1,820mの地点まで登りつめ、地
上から7mほどの高さの場所にある。洞穴の内部は、高さ2m
、幅6.4m(最奥)、奥行9mを測る。洞穴内は人が立つこ
とのできる程度の高さがあり、内壁は全体的に赤みがかってい
る。中央部向かって右側から入口付近に向けて崩落した大岩が
多く転がり、入口は半ば塞がれたような状態である。最奥の向
かって左側については人工的に開削された可能性

147 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:25:48 ID:
た「日本のシンボル」として、日本画家の横山大観や片岡球子らが富士を描いた。
また、現代美術の世界ではこれらの伝統的画題へのアンチテーゼとしてパロディや
風刺、アイコンとして富士を描く傾向も見られる。深田久弥は『日本百名山』の中
で富士山を「小細工を弄しない大きな単純」と評し、「幼童でも富士の絵は描くが
、その真を現わすために画壇の巨匠も手こずっている」という。日本画全般の題材
として「富士見西行」があり、巨大な富士山を豆粒のような人物(僧、西行法師)
が見上げるという構図で、水墨画や彫金でも描かれている。千円札、旧五千円札の
モデルとなった本栖湖からの富士山近代では紙幣や切手のデザインにも用いられて
いる。富士山が紙幣のデザインに用いられる例は数多くある。古くは1913年発
行の50銭政府紙幣があり、愛鷹山からの富士山でる。その後の1951年と19
69年発行の旧五百円札は大月市の雁ヶ腹摺山からの富士山を元にしている。19
84年発行の旧五千円札と2004年発行の千円札は本栖湖の湖畔からの富士山で
ある。富士山を描写した切手が郵便局から発売された。河口湖、西湖、精進湖、本
栖湖、山中湖(1999年(平成11年))葛飾北斎(1999年(平成11年)
)オオマツヨイグサ・山梨県(2005年(平成17年))文学における富士山富
士山は和歌の歌枕としてよく取り上げられる。また、『万葉集』の中には、富士山
を詠んだ歌がいくつも収められている。「田子の浦ゆうち出でてみれば真白にぞ富
士の高嶺に雪は降りける」(3.318)は山部赤人による有名な短歌(反歌)で
ある。また、この反歌のその次には作者不詳の長歌があり、その一節に「…燃ゆる
火を雪もち消ち降る雪を火もち消ちつつ…」(巻3・319・大意「(噴火の)燃
える火を(山頂に降る)雪で消し、(山頂に)降る雪を(噴火の)火で消しつつ」
)とあり、当時の富士山が火山活動を行っていたことがうかがえる。『新古今和歌
集』から。富士の煙が歌われている。風になびく富士の煙の空にきえてゆくへもし
らぬ我が心かな西行(#1613)都人にとって富士は遠く神秘的

148 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:26:00 ID:
士山は和歌の歌枕としてよく取り上げられる。また、『万葉集』
の中には、富士山を詠んだ歌がいくつも収められている。「田子
の浦ゆうち出でてみれば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける」(
3.318)は山部赤人による有名な短歌(反歌)である。また
、この反歌のその次には作者不詳の長歌があり、その一節に「…
燃ゆる火を雪もち消ち降る雪を火もち消ちつつ…」(巻3・31
9・大意「(噴火の)燃える火を(山頂に降る)雪で消し、(山
頂に)降る雪を(噴火の)火で消しつつ」)とあり、当時の富士
山が火山活動を行っていたことがうかがえる。『新古今和歌集』
から。富士の煙が歌われている。風になびく富士の煙の空にきえ
てゆくへもしらぬ我が心かな西行(#1613)都人にとって富
士は遠く神秘的な山として認識され、古典文学では都良香『富士
日記』が富士の様子や伝承を記録している。『竹取物語』は物語
後半で富士が舞台となり、時の天皇がかぐや姫から贈られた不老
不死の薬を、つきの岩笠と大勢の士に命じて天に一番近い山の山
頂で燃やしたことになっている。それからその山は数多の士に因
んでふじ山(富士山)と名付けられたとする命名説話を記してい
る。なお、富士山麓の静岡県富士市比奈地区には、「竹採塚」と
して言い伝えられている場所が現存している。ほか、『源氏物語
』や『伊勢物語』でも富士に言及される箇所があるものの、主要
な舞台となるケースは少ない。富士は甲駿の国境に位置すること
が正確に認識されており、古代においては駿河国に帰属していた
ため古典文学においては駿河側の富士が題材となることが多いが
、『堤中納言物語』では甲斐側の富士について触れられている。
また、「八面玲瓏」という言葉は富士山から生まれたといわれ、
どの方角から見ても整った美しい形を表している。中世から近世
には富士北麓地域に富士参詣者が往来し、江戸期には地域文芸と
して俳諧が盛んであった。近代には鉄道など交通機関の発達や富
士裾野の観光地化の影響を受けて、多くの文人や民俗学者が避暑
目的などで富士へ訪れるようになり、新田次郎や草野心平、堀口
大學らが富士をテーマにした作品を書き、山岳文学をはじめ多く
の紀行文などに描かれた。富士山麓に滞在した作

149 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:31:15 ID:
客の多くが同登山道を利用し、須山口登山道衰退の契機となった
。現在は、須山口登山道と接続する2合8勺から頂上までの部分
も、御殿場口登山道と呼ばれている。写真御殿場口登山道の写真
・須山口登山歩道須山浅間神社を起点とし、弁当場、水ヶ塚水源
地、水ヶ塚駐車場、御殿庭を通り、宝永火口の西側火口壁を抜け
て富士宮口登山道六合目に通じる登山道である。平成9年に富士
山須山口登山歩道保存会が中心となって復興した。道筋の一部は
裾野市と御殿場市の市境に沿っている。宝永噴火後から明治時代
までの須山口登山道とはルートが異なるため、区別する意味で須
山口登山歩道と呼ばれる。・須山口下山歩道須山口2合8勺から
二ツ塚の西側を下り、四辻分岐、幕岩上部、須山御胎内上部を通
り、水ヶ塚駐車場に至る道で、平成11年に富士山須山口登山歩
道保存会が中心となって復興した。道筋の一部(幕岩上部~須山
御胎内上部)は宝永噴火後~明治時代の須山口登山道と一致する
。-85-写真須山口登山歩道の写真A4須走口登山道・山小屋
とその関連施設登山道沿いに、山小屋が建てられている。上から
順に、御来光館(8合5勺)、胸突江戸屋(本8合目)、江戸屋
(8合目)、見晴館(本7合目)、大陽館(7合目)、瀬戸館(
本6合目)、長田山荘(6合目)、東富士山荘(5合目)、菊屋
(5合目)、吉野屋(砂払い5合目)がある。山小屋周辺にはト
イレ、自動販売機、ベンチ、テーブル等が設置されている。山小
屋周辺にはバイオトイレ、自動販売機、ベンチ、テーブル等が設
置されている。・避難小屋下山道からブルドーザー道に入った2
,120m付近に地元山岳会による避難小屋が設けられている。
・救急搬送・荷物搬送区域登山道とほぼ並行して、救急用・緊急
用避難道としての役割を持つ道路等の施設が設けられている。昭
和40年(1965)の開通で、搬送にはブルドーザーが使われ
る。歩道との交差部には、進入禁止柵・注意看板等が設置されて
いる。須走口登山道は、特に吉田口登山道と合流する8合目から
上部の混雑が激しいため、頂上部から8合目までのブルドーザー
道が下山道として利用されている。写真ブルドーザー道の写真・
駐車場・附属施設200台収容の駐車場が5合目に

150 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:31:33 ID:
真建物跡の写真図建物跡の図面・3号建物跡登山道跡と県道富士宮富士公園線が交
差する地点から約60m南に下りた位置にある。周囲はなだらかな傾斜の天然林で
、地面は落葉に覆われている。むき出しになった岩石には一面に苔がむしている。
東西4m弱・南北6m弱の方形の石列があり、その北東側に小さなくぼみを確認し
た。『富士山村山口登山道遺跡調査報告書』は、このくぼみを便所跡としている。
写真建物跡の写真図建物跡の図面・4号建物跡富士山スカイラインと村山登山道が
交差する地点から北北東の方角に約600mの位置にある。登山道の西側には日沢
が南北に走っており、北側と東側には斜面が迫る。周辺は天然林で、下草にスズタ
ケが生い茂っている。平場は東西約8m、南北は約6mで、南側の縁には一部石組
が確認された。南側中央部には石段が確認された。『富士山村山口登山道遺跡調査
報告書』はここを「矢立・新小屋」にあたるとしているが、後世まで木の切り出し
などの休憩小屋として使われていた可能性をも指摘している。・6号建物跡5号建
物跡から北北東に約450mの位置(標高約1,985m)にある。周囲は西向き
に傾斜するやや急な斜面である。登山道の西側は、日沢に向けて急激に落ち込んで
いる。登山道の東側には、東西約12m、南北約10mの平場がある。平場の南縁
には石組が見られ、登山道を挟んで東西12mにわたって延びている。平場の北側
の斜面にも石組が確認できる。・岩屋不動岩屋不動は、役行者からの伝法で村山三
坊が毎年年番で行っていた札打ちや勤行等を行う富士峯修行の修行所の1つであっ
た。江戸時代の絵図には、高所にある洞穴と、その脇を流れる滝の情景で描かれ-
80-ることが多い。洞穴内には不動明王が安置されていたという。慶長7年(1
602)に書かれた「富士山持場之事」に記述があるが、宝永4年(1707)の
宝永噴火で堂室が消失したと言われている。また、文化13年(1816)~天保
5年(1834)に執筆された『修訂駿河国新風土記』には、岩屋不動に、家のよ
うな板葺きの建物があり、登山者の休憩所であったことが記されてい

151 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:31:41 ID:
岩屋不動の写真図岩屋不動の図面A3須山口登山道なしA4須
走口登山道・御室浅間神社跡ふじあざみライン沿いの標高1,
830m付近にある。冨士浅間神社の末社で、かつては中宮小
室社と呼ばれた。女人禁制の時代には、須走口登山道で女性が
登山できるのはこの場所までであった。祭神は瓊々杵命と木花
開耶姫命である。昭和54年に古御岳神社に合祀された。国土
地理院の地形図に記載があるものの、社殿は昭和50年代に倒
壊し、廃屋となっている。鳥居、灯籠等、神社に

152 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:32:14 ID:
され、古典文学では都良香『富士日記』が富士の様子や伝承を記録している。『竹
取物語』は物語後半で富士が舞台となり、時の天皇がかぐや姫から贈られた不老不
死の薬を、つきの岩笠と大勢の士に命じて天に一番近い山の山頂で燃やしたことに
なっている。それからその山は数多の士に因んでふじ山(富士山)と名付けられた
とする命名説話を記している。なお、富士山麓の静岡県富士市比奈地区には、「竹
採塚」として言い伝えられている場所が現存している。ほか、『源氏物語』や『伊
勢物語』でも富士に言及される箇所があるものの、主要な舞台となるケースは少な
い。富士は甲駿の国境に位置することが正確に認識されており、古代においては駿
河国に帰属していたため古典文学においては駿河側の富士が題材となることが多い
が、『堤中納言物語』では甲斐側の富士について触れられている。また、「八面玲
瓏」という言葉は富士山から生まれたといわれ、どの方角から見ても整った美しい
形を表している。中世から近世には富士北麓地域に富士参詣者が往来し、江戸期に
は地域文芸として俳諧が盛んであった。近代には鉄道など交通機関の発達や富士裾
野の観光地化の影響を受けて、多くの文人や民俗学者が避暑目的などで富士へ訪れ
るようになり、新田次郎や草野心平、堀口大學らが富士をテーマにした作品を書き
、山岳文学をはじめ多くの紀行文などに描かれた。富士山麓に滞在した作家は数多
くおり、武田泰淳は富士山麓の精神病院を舞台とした小説『富士』を書いており、
妻の武田百合子も泰淳の死後に富士山荘での生活の記録を『富士日記』として記し
ている。津島佑子は山梨県嘱託の地質学者であった母方の石原家をモデルに、富士
を望みつつ激動の時代を過ごした一族の物語である『火の山―山猿記』を記した。
また、北麓地域出身の文学者として自然主義文学者の中村星湖や戦後の在日朝鮮人
文学者の李良枝がおり、それぞれ作品の中で富士を描いており、中村星湖は地域文
芸の振興にも務めている。太宰治が昭和14年(1939年)に執筆した小説『富
嶽百景』の一節である「富士には月見草がよく似合ふ」はよく知ら

153 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:38:32 ID:
河口湖町の御坂峠にはその碑文が建っている。直木賞作家である新田次郎は富士山
頂測候所に勤務していた経験をもとに、富士山の強力(ごうりき)の生き様を描い
た直木賞受賞作『強力伝』や『富士山頂』をはじめ数々の富士にまつわる作品を執
筆している。高浜虚子は静岡県富士宮市の沼久保駅で降りた際、美しい富士山を見
て歌を詠んだ。駅前にはその歌碑が建てられている。「とある停車場富士の裾野で
竹の秋/ぬま久保で降りる子連れ花の姥」富士山と地域振興富士山

154 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:38:33 ID:
る。付属施設として、登山シーズンの夏季のみ在番の交番と観光
案内所、小山町により設置・管理されている公衆トイレがある。
写真駐車場(交番・観光案内所)の写真A5吉田口登山道A6北
口本宮冨士浅間神社A7西湖A8精進湖A9本栖湖・建築物及び
工作物本栖地区集落の人口は156人(2008年4月1日現在
)国道139号線と300号線が分岐する本栖交差点周辺を中心
に集落が形成されている。その他湖畔にキャンプ場などの観光施
設及び管理施設が存在する。自然公園法第2種特別地域に指定さ
れていることから、建築物等の高さ規制を受けているので、景観
上良好な状況が保たれている。湖南東側にある本栖青少年スポー
ツセンターやキャンプ場などの管理施設等も同様である。その他
の工作物として、電柱やアンテナなどが存在する。イ信仰B1富
士山本宮浅間大社・駐車場神田川ふれあい広場の南側には第2駐
車場が整備されている。南北に仕切られ、北側が普通車用、南側
がバス専用となっている。トイレも併設されている。・宮町交番
-86-第2駐車場バス専用入口の東側に宮町交番が建てられて
いる。・売店協同組合富士山特産品振興会」が、第2駐車場内に
、富士宮の特産品を取り扱う販売所「ここずらよ」を設置し営業
している。・富士山せせらぎ広場第2駐車場から200mほど南
に富士山せせらぎ広場がある。入口には大鳥居が建てられており
、神田川に沿って散策できる遊歩道をはじめ、トイレ、無料駐車
場などの施設が整備されている。写真広場の写真・道路神田川東
側には、浅間大社前交差点を起点とし神田川に沿って北へ向かう
県道180号富士宮富士公園線が通っている。この道路は富士山
スカイライン、富士宮口登山道を経て富士山山頂まで続いている
。また、湧玉橋から約130m北上する区間が、山宮御神幸の経
路である「御神幸道」と重複している。第2駐車場南側には、県
道76号富士富士宮由比線が東西に伸びている。この道路はかつ
て「甲州街道(中道往還)」と呼ばれ、駿河と甲斐を結ぶ主要街
道であった。B2山宮浅間神社・御神幸道御神幸道は、祭儀「山
宮御神幸」で浅間大社と山宮浅間神社を往来した道である。石鳥
居から南方向へと伸びていたが、区画整理や道の付

155 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:38:45 ID:
が楽しめることもあり、年間を通じて内外の観光客が絶えない。
また、夏は避暑地としても有名である。富士五湖-富士五湖は富
士山周辺の観光地として著名であり、本栖湖の逆さ富士が日本銀
行券に採用されている。白糸の滝-白糸の滝は上流に川は存在せ
ず、富士山の雪解け水が溶岩断層から湧き出す非常に珍しい形成
をしている滝である。また、音止めの滝と共に日本の滝百選に指
定されている。朝霧高原-朝霧高原は富士山を綺麗に臨むスポッ
トとして著名であり、その自然と広大な土地もあ

156 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:38:50 ID:
年(1854)の「富士山室小屋建立古帳面写」では「堂室無之」と記載され、こ
の時点では再び堂室が消失していると推測される。その後、岩屋不動の所在は不明
となっていたが、平成19年に候補地たりうる洞穴の存在を確認した。不動沢を標
高約1,820mの地点まで登りつめ、地上から7mほどの高さの場所にある。洞
穴の内部は、高さ2m、幅6.4m(最奥)、奥行9mを測る。洞穴内は人が立つ
ことのできる程度の高さがあり、内壁は全体的に赤みがかっている。中央部向かっ
て右側から入口付近に向けて崩落した大岩が多く転がり、入口は半ば塞がれたよう
な状態である。最奥の向かって左側については人工的に開削された可能性が残る。
写真岩屋不動の写真図岩屋不動の図面A3須山口登山道なしA4須走口登山道・御
室浅間神社跡ふじあざみライン沿いの標高1,830m付近にある。冨士浅間神社
の末社で、かつては中宮小室社と呼ばれた。女人禁制の時代には、須走口登山道で
女性が登山できるのはこの場所までであった。祭神は瓊々杵命と木花開耶姫命であ
る。昭和54年に古御岳神社に合祀された。国土地理院の地形図に記載があるもの
の、社殿は昭和50年代に倒壊し、廃屋となっている。鳥居、灯籠等、神社に関連
する工作物はなく、かつては石仏が多くあったが、現在は1体も残っていない。写
真神社跡の写真・大日堂(野中神社)冨士浅間神社の末社で、富士あざみラインか
ら南側の脇道を入った自衛隊東富士演習場内の標高1050m付近にある。演習場
内のため、許可なく立ち入ることはできない。明治7年に野中神社と改名されたが
、それ以前は大日堂と呼ばれ、水源地に祀られていることから雨乞いの神として地
元の信仰を集めた。元禄3年(1690)の冨士浅間神社の古文書に記述が見られ
、成立年代は江戸時代前期まで遡る。宝永4年(1707)の噴火によって被害を
受けたが、宝暦14年(1764)に再建された。祭神は大日要命(大日如来)で
、建物は本殿・拝殿合わせて間口二間、奥行き二間三尺、それに四間と二間の籠舎
が付いていたとされる。古絵図(小山町史)では、須走口登山道から

157 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:38:58 ID:
物はなく、かつては石仏が多くあったが、現在は1体も残って
いない。写真神社跡の写真・大日堂(野中神社)冨士浅間神社
の末社で、富士あざみラインから南側の脇道を入った自衛隊東
富士演習場内の標高1050m付近にある。演習場内のため、
許可なく立ち入ることはできない。明治7年に野中神社と改名
されたが、それ以前は大日堂と呼ばれ、水源地に祀られている
ことから雨乞いの神として地元の信仰を集めた。元禄3年(1
690)の冨士浅間神社の古文書に記述が見られ、成立年代は
江戸時代前期まで遡る。宝永4年(1707)の噴火によって
被害を受けたが、宝暦14年(1764)に再建された。祭神
は大日要命(大日如来)で、建物は本殿・拝殿合わせて間口二
間、奥行き二間三尺、それに四間と二間の籠舎が付いていたと
される。古絵図(小山町史)では、須走口登山道から脇道にそ
れた場所に描かれている。江戸時代には、大日堂に立ち寄って
から山頂を目指したとされる。建物は現存しないが、二重の石
組みに囲まれた建物跡に一対の灯篭(江戸時代)と不動明王像
が置かれ、敷地脇には地蔵菩薩像と石碑がある。昭和58年(
1979)に石の祠が建てられ、毎年9月に祭礼が行われてい
る。写真神社跡の写真・下山道(砂走り)登山道の南側に、下
山道(砂走り)がある。須走口では江戸時代から登山道と下山
道が別々に存在していた。下山道は標高約2,900mの7合
目付近で登山道と分岐し、登山道南側の砂礫地を直線的に降り
る。御殿場口(須山口)の「大砂走り」と区別して、「砂走り
」と呼ばれる。-81-A5吉田口登山道北口本宮冨士浅間神
社を起点とする登山道で、本8合目で須走口登山道に合流する
。合流地点は古くから「大行合」と呼ばれた。ここから上は頂
上奥宮の神域で、小屋を建てることが許されなかったことから
、登山道最後の小屋場として多くの小屋が建てられていた。写
真小屋の写真A6北口本宮冨士浅間神社A7西湖A8精進湖A
9本栖湖・中道往還と関連遺跡中道往還は甲斐と駿河との交通
路のうち、若彦路と河内路の中間に発達したので「中道」と呼
ばた。甲府市から国道358号線を経て精進湖赤

158 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:45:19 ID:
当時の道はところどころ途絶え、正確にたどる事はできない。・
御神幸道標石御神幸道沿いに、一丁(約109m)毎に標石が建
てられていた。現在ではそのほとんどが失われたが、山宮浅間神
社周辺には四十七丁目石、四十九丁目石が残っている。写真道標
石の写真・東山宮二区区民館山宮二区の住民が、会合等で利用す
る区民館が建てられている。・県道180号富士宮富士公園線山
宮浅間神社東南側には、浅間大社前交差点を起点とし、富士山山
頂が終点の「県道180号富士宮富士公園線」が通っている。B
3村山浅間神社・宿坊跡(大鏡坊、池西坊、辻之坊)江戸時代に
は、村山三坊のうち「辻之坊」は東屋敷跡が現在の児童公園付近
に、西屋敷跡が北西に300m離れた酪農用牛舎付近に、「大鏡
坊」は辻之坊東屋敷のさらに西側に、「池西坊」は現在の児童公
園の南側にあったとされる。児童公園から西へ道沿いに宿坊跡の
ものとされる石垣が残り、大鏡坊の入口跡と考えられる痕跡を見
ることができる。写真宿坊跡の写真・見付跡(東見付、西見付)
集落の出入り口となる東西のはずれに「東見付」「西見付」と呼
ばれる、村山に入る不審者を取り締まる関所があった。-87-
西見付跡は村山浅間神社門前から西へ約550m、東見付跡は神
社門前より南に約200mのところにある。B4須山浅間神社・
浅間橋朱塗りの欄干を持つ橋が境内地の南側に架けられている。
B5冨士浅間神社・駐車場(トイレ)境内地の南西側、裏参道を
出たところに、参拝者用の駐車場が設けられている。また駐車場
東端には、トイレも建てられている。・国道138号線及び県道
150号線足柄停車場富士公園線境内地の西側には、国道138
号線が、また東側には県道150号線足柄停車場富士公園線が通
っている。県道の終点は富士山頂となっている。B6河口浅間神
社B7冨士御室浅間神社B8御師住宅来訪者のための駐車場とし
て、また緊急時や災害時の緊急車両の配置ができるよう駐車場敷
地が整備されている。B9山中湖B10河口湖B11忍野八海B
12船津胎内樹型・産業関連施設・その他の人工物B13吉田胎
内樹型富士スバルライン料金所付近から、吉田胎内本穴方面に向
かう、林業施業のための物資搬出路がある。B14

159 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:45:24 ID:
や避暑、富士登山を目的とする観光客相手の観光業も活発に行われている。しかし
、富士山麓には温泉地として成立する規模の湯量は湧出していない。富士山の利用
について、静岡県側が自然・文化の保護を重視するのに対し、山梨県側は伝統的に
観光開発を重視しており、山頂所有権問題、山小屋トイレ問題、マイカー規制問題
、世界遺産登録問題等、過去から現在に至るまでの折々で双方の思惑の相違が表面
化している。富士山と観光富士登山富士登山には登山の知識や経験、装備が不可欠
である。一般的には、毎年7月1日の山開きから9月上旬の山じまいまでの期間、
登山が可能である。期間外は、万全な準備をしない者の登山は原則禁止されている
。とくに積雪期・残雪期の登山は自殺行為である。詳細は「富士登山」を参照その
他の観光その優美な姿から、富士山が見える場所は著名な観光地となっていること
が多い。箱根-箱根は富士山が望めるうえに、東京から近く温泉や歴史・美術館や
各種の乗り物が楽しめることもあり、年間を通じて内外の観光客が絶えない。また
、夏は避暑地としても有名である。富士五湖-富士五湖は富士山周辺の観光地とし
て著名であり、本栖湖の逆さ富士が日本銀行券に採用されている。白糸の滝-白糸
の滝は上流に川は存在せず、富士山の雪解け水が溶岩断層から湧き出す非常に珍し
い形成をしている滝である。また、音止めの滝と共に日本の滝百選に指定されてい
る。朝霧高原-朝霧高原は富士山を綺麗に臨むスポットとして著名であり、その自
然と広大な土地もあり過去に第13回世界ジャンボリーも開催されている。ダイヤ
モンド富士-ダイヤモンド富士などがはっきりと拝める田貫湖や山中湖といったス
ポットも有名で、特に写真撮影を目的として訪れる観光客もいる。ドライブ-富士
スバルラインや富士山スカイラインなどを利用して、5合目までマイカーで上がる
ことができる。シーズン中はマイカー規制の期間があり、冬期は閉鎖される。富士
山の日(2月23日)2月23日を「2:ふ・2:じ・3:さん」と語呂合わせで
読み「富士山の日」として制定している自治体がある。2001年

160 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:45:37 ID:
場所に描かれている。江戸時代には、大日堂に立ち寄ってから山頂を目指したとさ
れる。建物は現存しないが、二重の石組みに囲まれた建物跡に一対の灯篭(江戸時
代)と不動明王像が置かれ、敷地脇には地蔵菩薩像と石碑がある。昭和58年(1
979)に石の祠が建てられ、毎年9月に祭礼が行われている。写真神社跡の写真
・下山道(砂走り)登山道の南側に、下山道(砂走り)がある。須走口では江戸時
代から登山道と下山道が別々に存在していた。下山道は標高約2,900mの7合
目付近で登山道と分岐し、登山道南側の砂礫地を直線的に降りる。御殿場口(須山
口)の「大砂走り」と区別して、「砂走り」と呼ばれる。-81-A5吉田口登山
道北口本宮冨士浅間神社を起点とする登山道で、本8合目で須走口登山道に合流す
る。合流地点は古くから「大行合」と呼ばれた。ここから上は頂上奥宮の神域で、
小屋を建てることが許されなかったことから、登山道最後の小屋場として多くの小
屋が建てられていた。写真小屋の写真A6北口本宮冨士浅間神社A7西湖A8精進
湖A9本栖湖・中道往還と関連遺跡中道往還は甲斐と駿河との交通路のうち、若彦
路と河内路の中間に発達したので「中道」と呼ばた。甲府市から国道358号線を
経て精進湖赤池交差点より国道139号に入り、静岡県の富士宮市・富士市に至る
道である。こうした交通の要地であることから本栖湖周辺には中道往還に関連する
遺跡が複数確認できる。イ信仰B1富士山本宮浅間大社・浅間大社遺跡(埋蔵文化
財包蔵地)浅間大社周辺の南北500m・東西200mの範囲は、縄文時代から近
世にかけての複合遺跡として埋蔵文化財包蔵地となっており、遺構や遺物等が発見
されている。写真出土遺物の写真・大宮城跡浅間神社大宮司の居館としての大宮城
が、現在の県道富士宮富士公園線の東側に位置していた。・神田宮第2駐車場から
100mほど南にある水田を備えた神社である。五穀豊穣を祈願して米を作り奉納
する「御田植祭」が毎年7月7日に行われる。・大鳥居昭和30年(1955)に
寄進された大鳥居が、第2駐車場に設置されている。・大灯籠昭和3

161 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:45:39 ID:
回世界ジャンボリーも開催されている。ダイヤモンド富士-ダイ
ヤモンド富士などがはっきりと拝める田貫湖や山中湖といったス
ポットも有名で、特に写真撮影を目的として訪れる観光客もいる
。ドライブ-富士スバルラインや富士山スカイラインなどを利用
して、5合目までマイカーで上がることができる。シーズン中は
マイカー規制の期間があり、冬期は閉鎖される。富士山の日(2
月23日)2月23日を「2:ふ・2:じ・3:さん」と語呂合
わせで読み「富士山の日」として制定している自治体がある。2
001年(平成13年)山梨県富士河口湖町(当時は河口湖町)
にて条例を制定。2002年(平成14年)山梨県富士吉田市を
中心に、山梨県の富士山麓10市町村、2恩賜林組合が了承。2
009年(平成21年)12月21日静岡県議会にて条例を全会
一致で可決。同年12月25日条例を制定。静岡県、山梨県どち
らも、富士山は普段の生活に溶け込み過ぎており、「あって当た
り前」の空気のような存在である。そのため「富士山の日」に、
各自治体や県内企業などがさまざまなイベント等を催し、参加す
る事など通じて、身近すぎる富士山を改めて、日本のシンボルと
しても名高い名峰として再認識する機会としている。また併せて
富士山の世界遺産登録に向けた動きを地元から活発化したいとの
期待も込められている。静岡県教育委員会で、各市町村に対して
2011年(平成23年)より「富士山の日」を学校休業日とす
るよう要望した。休業日として組み込んだ自治体があるなか、麓
である富士市教育委員会では「特定日を学校休業日とすることは
なじまない」という理由で、2011年以降休業日としていない
。ただし富士山の日の意義から、学校で学べる場の提供や、富士
山こどもの国の無料開放、図書館や博物館などの社会教育施設に
も富士山の日にちなんだ事業実施を要請している。なお、富士山
の日を最初に宣言したのは、パソコン通信「NIFTY-Ser
ve」内の「山の展望と地図のフォーラム(FYAMAP)」で
、1996年1月1日にネット上で発表した。富士山ナンバー静
岡運輸支局管内の4市2町と山梨運輸支局管内の1市2町4村を
対象とした、いわゆるご当地ナンバーとして20

162 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:45:44 ID:
国道139号に入り、静岡県の富士宮市・富士市に至る道であ
る。こうした交通の要地であることから本栖湖周辺には中道往
還に関連する遺跡が複数確認できる。イ信仰B1富士山本宮浅
間大社・浅間大社遺跡(埋蔵文化財包蔵地)浅間大社周辺の南
北500m・東西200mの範囲は、縄文時代から近世にかけ
ての複合遺跡として埋蔵文化財包蔵地となっており、遺構や遺
物等が発見されている。写真出土遺物の写真・大宮城跡浅間神
社大宮司の居館としての大宮城が、現在の県道富士宮富士公園
線の東側に位置していた。・神田宮第2駐車場から100mほ
ど南にある水田を備えた神社である。五穀豊穣を祈願して米を
作り奉納する「御田植祭」が毎年7月7日に行われる。・大鳥
居昭和30年(1955)に寄進された大鳥居が、第2駐車場
に設置されている。・大灯籠昭和35年(1960)に奉納さ
れた大灯籠2基が、第2駐車場南側入口に設置されている。B
2山宮浅間神社なしB3村山浅間神社なしB4須山浅間神社な
しB5須走浅間神社・須走護国神社-82-西南の役から太平
洋戦争に至る期間の、須走地区の戦没者24名が祀られている
。・鎌倉往還指定地南側には、相模から駿河、甲斐への連絡路
であった鎌倉往還が通っていた。中世の幕府所在地鎌倉から放
射状に存在した複数のルートの一つで、当時の御家人らが鎌倉
と自領との往還に利用した道である。また、生活必需品を運ぶ
商人や各国々に旅する人も多く、須走地区が、古くから富士北
麓地域と静岡県駿東部を結ぶ交通の要衝として利用されていた
ことがわかる。写真鎌倉往還の写真B6河口浅間神社B7冨士
御室浅間神社B8御師住宅なしB9山中湖B10河口湖B11
忍野八海B12船津胎内樹型・社寺等溶岩洞穴等については、
洞穴本体あるいは富士山の関連として信仰の対象と位置づけら
れたものが多く見られ、周辺には社寺等の宗教的施設がみられ
、船津胎内樹型に伴う無戸室浅間神社などの設置形態は、洞穴
と一体になって信仰が行われている事例である。・信仰的意味
を付された地形・空間B13吉田胎内樹型・参詣道吉田口登山
道の「中ノ茶屋」から、吉田胎内本穴に向かうも

163 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:52:16 ID:
跡(人穴浅間神社)・県道75号清水富士宮線指定地に隣接する
西側に、県道75号線清水富士宮線が通っている。B15白糸ノ
滝なしウ眺望C三保松原なし2保存管理計画の基本方針-88-
山梨県・静岡県に分布する構成資産について、将来にわたり確実
に保存管理していくために、各構成資産の保存管理計画の調整事
項や、資産全体として考慮すべき周辺環境保全のあ

164 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:52:33 ID:
0)に奉納された大灯籠2基が、第2駐車場南側入口に設置されている。B2山宮
浅間神社なしB3村山浅間神社なしB4須山浅間神社なしB5須走浅間神社・須走
護国神社-82-西南の役から太平洋戦争に至る期間の、須走地区の戦没者24名
が祀られている。・鎌倉往還指定地南側には、相模から駿河、甲斐への連絡路であ
った鎌倉往還が通っていた。中世の幕府所在地鎌倉から放射状に存在した複数のル
ートの一つで、当時の御家人らが鎌倉と自領との往還に利用した道で

165 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:52:41 ID:
くから富士講の信者等に利用され、「甲斐国誌」には「胎内道
」として記述されている。B14人穴富士講遺跡(人穴浅間神
社)・中道往還かつて甲斐と駿河を結んだ街道のひとつである
。富士講信者は、富士参詣に合わせて人穴参拝をする習慣があ
り、富士山北口の吉田と人穴を結ぶ巡礼道として中道往還を通
っていた。写真中道往還の写真・赤池家跡境内地から南へ下っ
たところに、人穴で修行する行者の食事や宿泊の世話、洞穴や
周辺の碑塔の建立や管理等を代々行ってきた赤池家の跡地があ
る。・石鳥居県道脇の参道への入口に石鳥居が建てられている
。額束には「富士人穴」と刻まれている。・参道参道は、県道
清水富士宮線から石鳥居をくぐって進み、浄土門と刻まれた石
碑を右折して、境内地内の参道へ続いている。石碑から階段ま
での参道はかつての中道往還と重複する。-83-B15白糸
ノ滝なしウ眺望C三保松原なし③人文的要素富士山山体におい
ては、登山道沿いに登下山者の緊急避難や遭難者の救助、応急
処置の機能を兼ね備えた山小屋が立地している。富士山麓にお
ける構成資産の周辺については、山林、農耕地のほか市街地と
なっており、日常生活に関連する各種施設等をはじめとして、
道路、橋、線路、電柱、看板等の各種人工物が存在している。
また、構成資産の公開活用を目的した資料館等の施設が存在し
ている。ア富士山山体及び登山道A富士山なしA1山頂信仰遺
跡なしA2大宮・村山口登山道・岩屋不動山小屋とその関連施
設標高の低い地点から順に、表富士宮5合目、雲海荘(6合目
)、宝永山荘(6合目)、御来光山荘(新7合目)、山口山荘
(元祖7合目)、池田館(8合目)、万年雪山荘(9合目)、
胸突山荘(9合5勺)がある。山小屋周辺にはバイオトイレ、
自動販売機、ベンチ、テーブル等が設置されている。・緊急・
救急施設富士山は、高山であり気候も急変することから、登山
客の安全確保を目的として、富士山登山指導センター(山頂、
富士宮口登山道新5合目)と富士山衛生センター(富士宮口登
山道8合目)が設けられている。写真救急施設の写真・救急搬
送・荷物搬送区域登山道にほぼ並行して、救急用

166 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:58:12 ID:
存管理の目標を踏まえ、保存管理計画の基本方針を以下の5項目
とする。(1)構成資産の適切な保存管理各構成資産が、現在も
人々と関わり続けている点や、構成資産総体が、生きた文化的伝
統の物証であり、人間と自然との良好で継続的な関係を示す景観
の傑出した類型であることに十分配慮し、山梨県・静岡県に分布
する具体的な構成要素の規模・性質・立地条件等に応じて、以下
の視点により適切な保存管理をおこなう。①各構成要素の歴史的
・文化的価値の継承と自然的要素の維持②構成資産により形成さ
れる文化的景観の保全③地域住民の生活、生業への配慮④登山客
、観光客等の来訪者への配慮⑤防災面における安全確保への配慮
(2)緩衝地帯等の適切な保存管理構成資産保護のための適切な
範囲の緩衝地帯等(保全管理区域)を定めるとともに、その保全
の方策を講ずる。緩衝地帯等(保全管理区域)に存在する諸要素
の規模・性質・立地条件などを把握し保存管理の基礎とする。(
3)経過観察の実施顕著な普遍的価値に対して与える負の影響の
可能性について、様々な角度から検討を行い、その原因となる可
能性のある諸要素について確実に把握するとともに、それらに対
する監視及び適切な対応を行う。(4)整備・公開・活用推進資
産の顕著な普遍的価値を確実に保存するとともに、総合的な理解
を深めることができるよう、適切な整備・公開・活用の施策を推
進する。①多様な構成資産からなる富士山総体としての価値の理
解が深められるように、山梨県・静岡県の関係市町村が一体とな
った適切な整備活用をおこなう。a富士山の価値の持続的な利用
b適切な公開範囲の設定②都市計画、観光計画、防災計画等との
調整を図り、資産の価値の保存と来訪者の安全に配慮した施策を
推進する。③適切な整備活用を推進する。(5)保存管理体制の
整備と運営確実な保存管理を推進するために、各々の構成資産を
管理する山梨県・静岡県や関係市町村、所有者や環境省、林野庁
、国道交通省などの関係諸機関を中心として組織体制を整備する
。その際には、地域住民が資産の資産の適切な保存管理と整備活
用の施策に積極的に参加できるよう配慮するとともに、関係諸機
関との連携を強化し保存管理の運営に関する方法・

167 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:58:30 ID:
生活必需品を運ぶ商人や各国々に旅する人も多く、須走地区が、古くから富士北麓
地域と静岡県駿東部を結ぶ交通の要衝として利用されていたことがわかる。写真鎌
倉往還の写真B6河口浅間神社B7冨士御室浅間神社B8御師住宅なしB9山中湖
B10河口湖B11忍野八海B12船津胎内樹型・社寺等溶岩洞穴等については、
洞穴本体あるいは富士山の関連として信仰の対象と位置づけられたものが多く見ら
れ、周辺には社寺等の宗教的施設がみられ、船津胎内樹型に伴う無戸室浅間神社な
どの設置形態は、洞穴と一体になって信仰が行われている事例である。・信仰的意
味を付された地形・空間B13吉田胎内樹型・参詣道吉田口登山道の「中ノ茶屋」
から、吉田胎内本穴に向かうものである。古くから富士講の信者等に利用され、「
甲斐国誌」には「胎内道」として記述されている。B14人穴富士講遺跡(人穴浅
間神社)・中道往還かつて甲斐と駿河を結んだ街道のひとつである。富士講信者は
、富士参詣に合わせて人穴参拝をする習慣があり、富士山北口の吉田と人穴を結ぶ
巡礼道として中道往還を通っていた。写真中道往還の写真・赤池家跡境内地から南
へ下ったところに、人穴で修行する行者の食事や宿泊の世話、洞穴や周辺の碑塔の
建立や管理等を代々行ってきた赤池家の跡地がある。・石鳥居県道脇の参道への入
口に石鳥居が建てられている。額束には「富士人穴」と刻まれている。・参道参道
は、県道清水富士宮線から石鳥居をくぐって進み、浄土門と刻まれた石碑を右折し
て、境内地内の参道へ続いている。石碑から階段までの参道はかつての中道往還と
重複する。-83-B15白糸ノ滝なしウ眺望C三保松原なし③人文的要素富士山
山体においては、登山道沿いに登下山者の緊急避難や遭難者の救助、応急処置の機
能を兼ね備えた山小屋が立地している。富士山麓における構成資産の周辺について
は、山林、農耕地のほか市街地となっており、日常生活に関連する各種施設等をは
じめとして、道路、橋、線路、電柱、看板等の各種人工物が存在している。また、
構成資産の公開活用を目的した資料館等の施設が存在している。ア富

168 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:58:37 ID:
道としての役割を持つ道路等の施設が設けられている。搬送に
はブルドーザーが使われる。歩道との交差部には、進入禁止柵
・注意看板等が設置されている。・県道180号線富士宮富士
公園線浅間大社前交差点を起点とする「県道180号富士宮富
士公園線」が、村山口登山道跡と2箇所で交差している。交差
する地点は、西臼塚駐車場から山頂方面へ約1.5㎞進んだ地
点と、高鉢山駐車場から約700m下った地点であるが、道路
沿いには特別な表示等はない。また、この道路は

169 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 12:59:12 ID:
峰であった。その他[編集]他山の標高[編集]玉山(台湾)-
日本統治時代は新高山と呼ばれ、日本最高峰であった。標高3,
952メートル。雪山(台湾)-日本統治時代は次高山と呼ばれ
、日本で2番目に高い山であった。標高3,886メートル。北
岳-日本で2番目に高い山。標高3,193メートル。日和山(
仙台市)-日本で最も低い山。標高3メートル。エベレスト-世
界最高峰。標高8,844メートル。文字[編集]この節には、
一部のコンピュータや閲覧ソフトで表示できない文字(Unic
ode6.0の絵文字)が含まれています(詳細)。和文通話表
で、「ふ」を送る際に「富士山のフ」という。文字コードのUn
icode6.0では、携帯電話などで使われていた絵文字も追
加されたが、その中に「MOUNTFUJI」として富士山も含
まれている。富士山世界文化遺産平成22年度第1回静岡県学術
日本政府が世界遺産一覧表への記載を推薦する「富士山」は、東
アジアの東端に当たる日本列島の本州島の中央部、日本の東海地
方の東部及び関東地方の西部に位置する。推薦する資産は17個
の構成資産(26個の構成要素(後述))から成り、現行の行政
区分に基づく各構成資産の所在地については以下に記すとおりで
ある。構成資産所在地No.所在地座標計測位置緯度経度A静岡
県(富士宮市・富士市・裾野市・御殿場市・小山町)山梨県(富
士吉田市・身延町・鳴沢村・富士河口湖町)県境未確定地富士山
(山頂剣ヶ峰)資産範囲及び緩衝地帯の範囲図資産と緩衝地帯の
位置及び範囲を示す図面、並びに資産近傍における法的保護区分
を示す図面は以下のとおりである。f)資産面積及び緩衝地帯の
面積各構成資産の面積及びその緩衝地帯の面積、資産の総面積及
びその緩衝地帯の総面積については、以下に記すとおりである。
構成資産面積:緩衝地帯面積:合計:No.構成資産の面積(h
a)緩衝地帯の面積(ha)合計説明a)資産の説明1)資産全
体の説明富士山は、標高3776mと日本一の高さを誇る独立峰
である。高度を増すごとに山腹の傾斜が急になる美しい懸垂曲線
を呈し、類まれな優美さを持つ円錐形の山容を有した玄武岩質成
層火山である。その山体は南の駿河湾の海浜にま

170 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:04:01 ID:
図る。-89-第4章構成資産の保存管理1現状の把握(1)富
士山山体及び登山道A富士山登録範囲における自然的環境につい
ては、おおむね良好な状態である。資産範囲の上部は文化財保護
法(特別名勝)及び自然公園法(特別保護地区及び第1種~2種
特別地域)により厳密に保全され、下部(標高1600~200
0m以下、特別名勝範囲外)は自然公園法(特別保護地区、第1
~3種特別地域、普通地域)及び森林法(保安林)、山梨県及び
静岡県有林管理計画により重層的に保護されているため、資産に
影響を及ぼす行為は基本的に発生しない。ただし、山体西側には
山頂部付近から標高2200m付近までを源頭部とする土砂崩れ
が約1000年前より継続して発生し、これは「大沢崩れ」と呼
称されている。この土砂崩れのため山体西側の一部でかつての信
仰に関わる道である「御中道」の通行等が禁止されている区域が
ある。山頂部付近では登山者に起因する廃棄物・し尿が発生する
が、山小屋組合などによりバイオトイレが設置され、適切に管理
・除去されている。一部過去の廃棄物が堆積している箇所がある
が、将来的に撤去が予定されている。なお、山腹において、急病
人の搬送や山小屋の維持・廃棄物の撤去のために必要最小限使用
されるブルドーザーが通行する道路がある。アお鉢巡り八葉及び
大内院の現時点における保全状況は良好である。ただし、降雪・
強風等に常時さらされ、年々増加する登山者の影響により、土砂
の崩落が一部で認められる。また、トイレやゴミの問題なども年
々改善されているが、一部有識者にさらなる改善を指摘されてい
る。イ御中道巡り御中道は大沢崩れ部分の通行止めの他に、通行
量の減少と表土の流失に伴い道の存在が不明になった箇所がある
が、その他の保全状況は良好である。A1山頂信仰遺跡現時点に
おける保全状態は良好である。その他の山頂信仰遺跡の現時点に
おける保全状態は良好である。A2大宮・村山口登山道現在登山
道として利用されていない大宮・村山口の一部については、国有
林の範囲であり林業関係者以外の立ち入りは許可制となっている
ことにより、現状維持の観点からの現時点における保全状態は良
好である。A3須山口登山道現時点における保全状

171 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:04:19 ID:
登山道A富士山なしA1山頂信仰遺跡なしA2大宮・村山口登山道・岩屋不動山小
屋とその関連施設標高の低い地点から順に、表富士宮5合目、雲海荘(6合目)、
宝永山荘(6合目)、御来光山荘(新7合目)、山口山荘(元祖7合目)、池田館
(8合目)、万年雪山荘(9合目)、胸突山荘(9合5勺)がある。山小屋周辺に
はバイオトイレ、自動販売機、ベンチ、テーブル等が設置されている。・緊急・救
急施設富士山は、高山であり気候も急変することから、登山客の安全確保を目的と
して、富士山登山指導センター(山頂、富士宮口登山道新5合目)と富士山衛生セ
ンター(富士宮口登山道8合目)が設けられている。写真救急施設の写真・救急搬
送・荷物搬送区域登山道にほぼ並行して、救急用・緊急用避難道としての役割を持
つ道路等の施設が設けられている。搬送にはブルドーザーが使われる。歩道との交
差部には、進入禁止柵・注意看板等が設置されている。・県道180号線富士宮富
士公園線浅間大社前交差点を起点とする「県道180号富士宮富士公園線」が、村
山口登山道跡と2箇所で交差している。交差する地点は、西臼塚駐車場から山頂方
面へ約1.5㎞進んだ地点と、高鉢山駐車場から約700m下った地点であるが、
道路沿いには特別な表示等はない。また、この道路は富士山スカイライン、富士宮
口登山道を経て6合目から旧村山口登山道と合流し、富士山山頂まで続いている。
・宝永遊歩道富士宮口新5合目駐車場の東端から宝永第二火口の西縁までほぼ等高
線に沿って東西に通じる遊歩道で、旧村山口登山道と11号建物付近で交差する。
写真遊歩道の写真-84-・駐車場・附属施設450台収容の駐車場が5合目に設
置されている。付属施設として、レストハウス、宿舎、トイレ、バス乗車券販売所
、登山シーズンの夏季のみ在番の交番がある。工作物としての広告物、広告旗、バ
ス停留所などがある。・林道富士山麓には多くの林道があり、そのうち、大渕林道
・吉原林道が、旧村山口登山道と交差する。A3須山口登山道・山小屋登山道沿い
に、山小屋が建てられている。標高の高い地点から順に、赤岩八合館

172 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:04:56 ID:
ートル。エベレスト-世界最高峰。標高8,844メートル。文字[編集]この節
には、一部のコンピュータや閲覧ソフトで表示できない文字(Unicode6.
0の絵文字)が含まれています(詳細)。和文通話表で、「ふ」を送る際に「富士
山のフ」という。文字コードのUnicode6.0では、携帯電話などで使われ
ていた絵文字も追加されたが、その中に「MOUNTFUJI」として富士山も含
まれている。富士山世界文化遺産平成22年度第1回静岡県学術日

173 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:05:08 ID:
らの実質的な高さは世界的にも有数である。富士山は、日本列島
のほぼ中央に位置し、フィリピン海プレート、ユーラシアプレー
ト、北アメリカプレートの三つのプレートが会合し、さらにその
下に東側から巨大な太平洋プレートが沈み込んでいる特異な地点
に存在する。富士山は、新生代第三紀中新世のおもに海底火山噴
出物からなる地層の上に第四紀更新世に造り上げ

174 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:10:22 ID:
る。A4須走口登山道現時点における保全状態は良好である。-
90-A5吉田口登山道登山道は、土砂崩れによる浸食などによ
り登山道の一部に変更がみられるものの、人為による現状の変更
には厳しい制限がかけられている。また、道路管理者である山梨
県により日常的に維持管理が行われており、保全状態は良好であ
る。A6北口本宮冨士浅間神社定期的な維持修理等が行われてお
り、現時点における保全状態は良好である。ただし、拝殿・幣殿
については、建物全体に歪みが生じていて、今後、修復・修繕の
検討が必要であると想定される。祈願のため多くの参詣者が訪れ
るとともに、宗教行事が行われている。A7西湖文化財保護法(
名勝)及び自然公園法(特別地域)により適切に保護されており
、現時点における保全状態は良好である。A8精進湖文化財保護
法(名勝)及び自然公園法(特別地域)により適切に保護されて
おり、現時点における保全状態は良好である。A9本栖湖文化財
保護法(名勝)及び自然公園法(特別地域)により適切に保護さ
れており、現時点における保全状態は良好である。(2)信仰B
1富士山本宮浅間大社定期的な維持修理が行われており、現時点
における保全状態は良好である。湧玉池に関しては、全般的には
良好な状態であるが、「上池」「下池」の二つの池の内「上池」
では、湧水量が減少し、藻類が繁殖しているため、「湧玉池保全
再生会議」が設置され、対策が検討されている。B2山宮浅間神
社現時点における保全状態は良好である。地元からは参道・遥拝
所等の整備が今後必要であるとの要望が出されている。B3村山
浅間神社現時点における歴史的価値を示す建造物の保全状態は良
好である。今後、トタン作りの大日堂覆堂の修理が必要とされて
いる。また、地元からは参道・遥拝所等の整備が今後必要との要
望が出されている。B4須山浅間神社現時点における保全状態は
良好である。B5冨士浅間神社現時点における保全状態は良好で
ある。-91-B6河口浅間神社現時点における保全状態は良好
である。B7冨士御室浅間神社現時点における保全状態は良好で
ある。ただし、近年、向拝柱、登高欄及び木階の漆塗装の摩耗退
色が著しく、木目が露出している場所がある。脇障

175 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:10:40 ID:
、砂走館(7合5勺)、わらじ館(7合4勺)、日ノ出館(7合目)、(※休館:
見晴館(8合目)6合目小屋)がある。山小屋周辺にはトイレ、自動販売機、ベン
チ、椅子等が設置されている。・避難小屋登山道沿いの2箇所(7合8勺、2合8
勺)に、気象庁の避難小屋が建てられている。富士山頂測候所に勤務する職員用の
施設であったが、測候所廃止に伴い現在は使用されていない。・救急搬送・荷物搬
送区域登山道の南西側に、救急用・緊急用避難道としての役割を持つ道路等の施設
が設けられている。搬送にはブルドーザーが使われる。歩道との交差部には、進入
禁止柵・注意看板等が設置されている。・下山道(大砂走)登山道の南西側に、下
山道(大砂走り)がある。標高約3,000mの日の出館(7合目)付近で登山道
と分岐する。宝永山脇のスコリアで覆われた斜面を一気に下り、御殿場口新5合目
(標高1,450m付近)に至る。写真下山道の写真・御殿場口登山道明治5年(
1872)に女性の富士登山が許可された後、手軽に登れる登山道をめざし、御殿
場在住の伴野佐吉らが中心となって明治16年(1883)に完成した。同地の浅
間神社から滝ヶ原、馬返、太郎坊を経て、須山口登山道2合8勺に接続する経路で
あった。明治22年、東海道線(現JR御殿場線)が開通し御殿場駅が設置された
ことにより、登山道が富士山東表口新道本社浅間神社を通る現在の経路に変更され
た。御殿場口登山道は須山口よりも距離が短い上に道も良く、関東方面からの登山
客の多くが同登山道を利用し、須山口登山道衰退の契機となった。現在は、須山口
登山道と接続する2合8勺から頂上までの部分も、御殿場口登山道と呼ばれている
。写真御殿場口登山道の写真・須山口登山歩道須山浅間神社を起点とし、弁当場、
水ヶ塚水源地、水ヶ塚駐車場、御殿庭を通り、宝永火口の西側火口壁を抜けて富士
宮口登山道六合目に通じる登山道である。平成9年に富士山須山口登山歩道保存会
が中心となって復興した。道筋の一部は裾野市と御殿場市の市境に沿っている。宝
永噴火後から明治時代までの須山口登山道とはルートが異なるため、

176 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:10:48 ID:
とにより、登山道が富士山東表口新道本社浅間神社を通る現在
の経路に変更された。御殿場口登山道は須山口よりも距離が短
い上に道も良く、関東方面からの登山客の多くが同登山道を利
用し、須山口登山道衰退の契機となった。現在は、須山口登山
道と接続する2合8勺から頂上までの部分も、御殿場口登山道
と呼ばれている。写真御殿場口登山道の写真・須山口登山歩道
須山浅間神社を起点とし、弁当場、水ヶ塚水源地、水ヶ塚駐車
場、御殿庭を通り、宝永火口の西側火口壁を抜けて富士宮口登
山道六合目に通じる登山道である。平成9年に富士山須山口登
山歩道保存会が中心となって復興した。道筋の一部は裾野市と
御殿場市の市境に沿っている。宝永噴火後から明治時代までの
須山口登山道とはルートが異なるため、区別する意味で須山口
登山歩道と呼ばれる。・須山口下山歩道須山口2合8勺から二
ツ塚の西側を下り、四辻分岐、幕岩上部、須山御胎内上部を通
り、水ヶ塚駐車場に至る道で、平成11年に富士山須山口登山
歩道保存会が中心となって復興した。道筋の一部(幕岩上部~
須山御胎内上部)は宝永噴火後~明治時代の須山口登山道と一
致する。-85-写真須山口登山歩道の写真A4須走口登山道
・山小屋とその関連施設登山道沿いに、山小屋が建てられてい
る。上から順に、御来光館(8合5勺)、胸突江戸屋(本8合
目)、江戸屋(8合目)、見晴館(本7合目)、大陽館(7合
目)、瀬戸館(本6合目)、長田山荘(6合目)、東富士山荘
(5合目)、菊屋(5合目)、吉野屋(砂払い5合目)がある
。山小屋周辺にはトイレ、自動販売機、ベンチ、テーブル等が
設置されている。山小屋周辺にはバイオトイレ、自動販売機、
ベンチ、テーブル等が設置されている。・避難小屋下山道から
ブルドーザー道に入った2,120m付近に地元山岳会による
避難小屋が設けられている。・救急搬送・荷物搬送区域登山道
とほぼ並行して、救急用・緊急用避難道としての役割を持つ道
路等の施設が設けられている。昭和40年(1965)の開通
で、搬送にはブルドーザーが使われる。歩道との交差部には、
進入禁止柵・注意看板等が設置されている。須走

177 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:12:15 ID:
産一覧表への記載を推薦する「富士山」は、東アジアの東端に当たる日本列島の本
州島の中央部、日本の東海地方の東部及び関東地方の西部に位置する。推薦する資
産は17個の構成資産(26個の構成要素(後述))から成り、現行の行政区分に
基づく各構成資産の所在地については以下に記すとおりである。構成資産所在地N
o.所在地座標計測位置緯度経度A静岡県(富士宮市・富士市・裾野市・御殿場市
・小山町)山梨県(富士吉田市・身延町・鳴沢村・富士河口湖町)県境未確定地富
士山(山頂剣ヶ峰)資産範囲及び緩衝地帯の範囲図資産と緩衝地帯の位置及び範囲
を示す図面、並びに資産近傍における法的保護区分を示す図面は以下のとおりであ
る。f)資産面積及び緩衝地帯の面積各構成資産の面積及びその緩衝地帯の面積、
資産の総面積及びその緩衝地帯の総面積については、以下に記すとおりである。構
成資産面積:緩衝地帯面積:合計:No.構成資産の面積(ha)緩衝地帯の面積
(ha)合計説明a)資産の説明1)資産全体の説明富士山は、標高3776mと
日本一の高さを誇る独立峰である。高度を増すごとに山腹の傾斜が急になる美しい
懸垂曲線を呈し、類まれな優美さを持つ円錐形の山容を有した玄武岩質成層火山で
ある。その山体は南の駿河湾の海浜にまで及び、海面からの実質的な高さは世界的
にも有数である。富士山は、日本列島のほぼ中央に位置し、フィリピン海プレート
、ユーラシアプレート、北アメリカプレートの三つのプレートが会合し、さらにそ
の下に東側から巨大な太平洋プレートが沈み込んでいる特異な地点に存在する。富
士山は、新生代第三紀中新世のおもに海底火山噴出物からなる地層の上に第四紀更
新世に造り上げられた先小御岳火山とそれに重なる小御岳火山を土台として、古富
士、さらにそれを覆う新富士山の4層構造で構成されている。山頂部の火口はおよ
そ2200年前を最後に噴火していないが、フィリピン海プレートが北進しユーラ
シアプレートを南南東方向から押し続けているため割れ目が発生することによって
、山頂を通って北北西に向かう方向にほぼ直線的に側火山が並び、

178 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:12:27 ID:
火山とそれに重なる小御岳火山を土台として、古富士、さらにそ
れを覆う新富士山の4層構造で構成されている。山頂部の火口は
およそ2200年前を最後に噴火していないが、フィリピン海プ
レートが北進しユーラシアプレートを南南東方向から押し続けて
いるため割れ目が発生することによって、山頂を通って北北西に
向かう方向にほぼ直線的に側火山が並び、有史以降も火山活動を
行ってきた。富士山が過去に流出した溶岩などの火山噴出物は、
適度な粘度を持つために美しいコニーデ型の山容を形成しながら
、山頂を中心として約15~20km(最大約30km)の範囲
に広がった。山麓には数多くの風穴・溶岩樹型等の地形が見られ
、溶岩流の末端部では富士山の中腹以上への降水を起源とする豊
富な湧水(日量約450~680万t、現在最大の湧水は日量約
100万tの柿田川)が見られる。富士山北麓ではこれらの湧水
や降水を起源とする湖沼が点在している。上記のような自然的環
境を持つ富士山は、古来自然物、特に山岳に対する信仰の伝統を
持っていた日本人に畏敬の念を抱かせ、日本における様々な宗教
の融合した信仰の対象とされた。遥拝や山中での修行のみならず
、神仏の在所と考えられた山頂への登山という宗教行為が一般化
するとともに、山体及び山麓周辺に神社などの宗教施設や風穴・
湧水といった自然物・自然現象を起源とする霊地・巡礼地が設け
られ、登山のための道や施設及びそれを支援する包括的なシステ
ムが作られた。標高約2500m付近の森林限界より上方は富士
講(富士山信仰の集団の一つ)信者には「焼山」と呼ばれ、神聖
な地域ないし他界(死後世界)と考えられていた。北麓地域では
さらに、山体を上方から順に「焼山」(森林限界以上)、「木山
」(森林地帯)、「草山」(草原地帯)と呼び習わし、俗界(「
草山」)と死の世界(「焼山」)を往復することでこの世の罪と
穢れを消すという富士登拝の区分と関連付けていた。森林地帯は
神聖な地域の入口の一つとされる一方で木材の伐採等生活のため
に利用される地域でもあった。また、富士山山麓に見られる湧水
は登山前に身を清めるために必須のものであり、現代においても
柿田川をはじめ各所で「霊水」として取り扱われ

179 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:17:28 ID:
は富士山二合目本宮所在時に毀損にあっており、今後、修復・修
繕の検討が想定される。B8御師住宅旧外川家住宅は、2007
年~2008年にかけて所有者である富士吉田市が大規模な保全
修理を行ったため、現時点における保全状態は良好である。現在
、富士吉田市歴史民俗博物館の附属施設として、2008年4月
から敷地及び主屋内部を一般公開しており、外川家協力会員が交
代で勤務し、来場者に直接解説を行っている。小佐野住宅は、所
有者らによって日常的な維持管理が行われているほ

180 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:17:47 ID:
で須山口登山歩道と呼ばれる。・須山口下山歩道須山口2合8勺から二ツ塚の西側
を下り、四辻分岐、幕岩上部、須山御胎内上部を通り、水ヶ塚駐車場に至る道で、
平成11年に富士山須山口登山歩道保存会が中心となって復興した。道筋の一部(
幕岩上部~須山御胎内上部)は宝永噴火後~明治時代の須山口登山道と一致する。
-85-写真須山口登山歩道の写真A4須走口登山道・山小屋とその関連施設登山
道沿いに、山小屋が建てられている。上から順に、御来光館(8合5

181 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:17:54 ID:
特に吉田口登山道と合流する8合目から上部の混雑が激しいた
め、頂上部から8合目までのブルドーザー道が下山道として利
用されている。写真ブルドーザー道の写真・駐車場・附属施設
200台収容の駐車場が5合目に設けられている。付属施設と
して、登山シーズンの夏季のみ在番の交番と観光案内所、小山
町により設置・管理されている公衆トイレがある。写真駐車場
(交番・観光案内所)の写真A5吉田口登山道A6北口本宮冨
士浅間神社A7西湖A8精進湖A9本栖湖・建築物及び工作物
本栖地区集落の人口は156人(2008年4月1日現在)国
道139号線と300号線が分岐する本栖交差点周辺を中心に
集落が形成されている。その他湖畔にキャンプ場などの観光施
設及び管理施設が存在する。自然公園法第2種特別地域に指定
されていることから、建築物等の高さ規制を受けているので、
景観上良好な状況が保たれている。湖南東側にある本栖青少年
スポーツセンターやキャンプ場などの管理施設等も同様である
。その他の工作物として、電柱やアンテナなどが存在する。イ
信仰B1富士山本宮浅間大社・駐車場神田川ふれあい広場の南
側には第2駐車場が整備されている。南北に仕切られ、北側が
普通車用、南側がバス専用となっている。トイレも併設されて
いる。・宮町交番-86-第2駐車場バス専用入口の東側に宮
町交番が建てられている。・売店協同組合富士山特産品振興会
」が、第2駐車場内に、富士宮の特産品を取り扱う販売所「こ
こずらよ」を設置し営業している。・富士山せせらぎ広場第2
駐車場から200mほど南に富士山せせらぎ広場がある。入口
には大鳥居が建てられており、神田川に沿って散策できる遊歩
道をはじめ、トイレ、無料駐車場などの施設が整備されている
。写真広場の写真・道路神田川東側には、浅間大社前交差点を
起点とし神田川に沿って北へ向かう県道180号富士宮富士公
園線が通っている。この道路は富士山スカイライン、富士宮口
登山道を経て富士山山頂まで続いている。また、湧玉橋から約
130m北上する区間が、山宮御神幸の経路である「御神幸道
」と重複している。第2駐車場南側には、県道7

182 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:19:23 ID:
活動を行ってきた。富士山が過去に流出した溶岩などの火山噴出物は、適度な粘度
を持つために美しいコニーデ型の山容を形成しながら、山頂を中心として約15~
20km(最大約30km)の範囲に広がった。山麓には数多くの風穴・溶岩樹型
等の地形が見られ、溶岩流の末端部では富士山の中腹以上への降水を起源とする豊
富な湧水(日量約450~680万t、現在最大の湧水は日量約100万tの柿田
川)が見られる。富士山北麓ではこれらの湧水や降水を起源とする湖沼が点在して
いる。上記のような自然的環境を持つ富士山は、古来自然物、特に山岳に対する信
仰の伝統を持っていた日本人に畏敬の念を抱かせ、日本における様々な宗教の融合
した信仰の対象とされた。遥拝や山中での修行のみならず、神仏の在所と考えられ
た山頂への登山という宗教行為が一般化するとともに、山体及び山麓周辺に神社な
どの宗教施設や風穴・湧水といった自然物・自然現象を起源とする霊地・巡礼地が
設けられ、登山のための道や施設及びそれを支援する包括的なシステムが作られた
。標高約2500m付近の森林限界より上方は富士講(富士山信仰の集団の一つ)
信者には「焼山」と呼ばれ、神聖な地域ないし他界(死後世界)と考えられていた
。北麓地域ではさらに、山体を上方から順に「焼山」(森林限界以上)、「木山」
(森林地帯)、「草山」(草原地帯)と呼び習わし、俗界(「草山」)と死の世界
(「焼山」)を往復することでこの世の罪と穢れを消すという富士登拝の区分と関
連付けていた。森林地帯は神聖な地域の入口の一つとされる一方で木材の伐採等生
活のために利用される地域でもあった。また、富士山山麓に見られる湧水は登山前
に身を清めるために必須のものであり、現代においても柿田川をはじめ各所で「霊
水」として取り扱われている。また、富士山の稜線、冬季に一般的に見られる雪を
戴いた姿、周辺の湖や海岸線などの展望地から眺めた景観などが時代を超えて多く
の人々に神秘的な美しさとして賞賛され、芸術的な創造意欲を掻き立てた。富士山
体のうち、標高約1500m以上の範囲は、周辺の浅間神社や展望

183 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:19:35 ID:
富士山の稜線、冬季に一般的に見られる雪を戴いた姿、周辺の湖
や海岸線などの展望地から眺めた景観などが時代を超えて多くの
人々に神秘的な美しさとして賞賛され、芸術的な創造意欲を掻き
立てた。富士山体のうち、標高約1500m以上の範囲は、周辺
の浅間神社や展望地点から見た可視領域が重なり合う範囲で、芸
術・鑑賞の側面における比重が最も高い。各登山道における山体
の神聖性に関する境界の一つである「馬返」(乗馬登山が物理的
にも、宗教的観点からも不可能になる地点)の標高以上の範囲と
ほぼ一致している。地元住民が、とりわけこの「馬返」より上を
指して「オヤマ」又は「オヤマサマ」と呼び、富士山の範囲とみ
なす地域もあった。景観的には山体の傾斜角の変化率が大きくな
り「平野部」と「山体」の境界として認識され、稜線が優美な曲
線を描き絵画などの対象とされることが多い範囲である。2)資
産の構成推薦資産は、日本列島のほぼ中央に位置する富士山体と
、周辺の浅間神社や御師住宅、霊地・巡礼地である風穴・溶岩樹
型・湖沼、芸術作品の視点場(又は舞台)となった地点から構成
される。富士山体の中には山頂信仰遺跡や登山道などの重要な要
素が含まれている。これらの構成資産が一体となった推薦資産「
富士山」は、山に対する固有の文化的伝統を表す物証であり、山
と人間との精神的な関係を生み出した景観の見本であるとともに
、芸術的作品との関連がある山岳である。表構成資産/構成要素
の分類No.世界遺産条約上の分類遺跡A1山頂信仰遺跡遺跡A
2大宮・村山口登山道遺跡A3須山口登山道遺跡A4須走口登山
道遺跡A5吉田口登山道遺跡A6北口本宮冨士浅間神社遺跡、記
念工作物、建造物A7西湖遺跡A8精進湖遺跡A9本栖湖遺跡B
1遺跡、記念工作物、建造物B2遺跡B3遺跡B4遺跡B5遺跡
B6遺跡B7遺跡、記念工作物、建造物B8建造物B9遺跡B1
0遺跡B11遺跡B12遺跡B13遺跡B14遺跡B15遺跡C
遺跡A富士山(富士山体)富士山本宮浅間大社山宮浅間神社河口
湖村山浅間神社須山浅間神社富士浅間神社(須走浅間神社)河口
浅間神社白糸ノ滝三保松原構成資産/構成要素忍野八海船津胎内
樹型吉田胎内樹型人穴富士講遺跡冨士御室浅間神

184 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:24:46 ID:
などによって文化財としての保護に必要な修繕や設備の整備が行
われており、現時点における保全状態は良好である。ただし、建
物に関する専門的な調査はほとんど行われたことがないため、基
礎や構造物の状況など現状把握を早急に行う必要がある。現在、
居住の用に供しており、敷地内部及び建物は一般公開されていな
い。B9山中湖文化財保護法(名勝)及び自然公園法(特別地域
)により適切に保護されており、現時点における保全状態は良好
である。B10河口湖文化財保護法(名勝)及び自然公園法(特
別地域)により適切に保護されており、現時点における保全状態
は良好である。B11忍野八海天然記念物として指定されている
範囲は水面に限られており、私有地が隣接しているため、周辺環
境を含めた保全状態に課題がある。しかし、忍野村が景観計画を
策定し、周辺環境を含めた保全を行っている。また、水位が低下
して、文化財指定当時の状態を維持していない池があり、今後の
調査によって原因の究明が求められる。忍野村では、平成20年
(2008年)に地下水資源保全対策基礎調査を実施している。
B12船津胎内樹型富士河口湖町により、日常的な維持管理が行
われており、現時点における保全状態は良好である。船津胎内樹
型はその狭小な断面形状の特性から、入洞の順路が設定されてお
り、入洞口と出洞口が分化している。入洞口には無戸室浅間神社
の社殿(拝殿)が建てられており、神社と入洞口が一体化してい
る。B13吉田胎内樹型-92-富士吉田市及び冨士山北口御師
団により、日常的な維持管理が行われており、現時点における保
全状況は良好である。内部の溶岩の盗掘や人の進入による破壊を
防ぐため吉田胎内本穴入口には、扉が設置され、施錠されている
。B14人穴富士講遺跡(人穴浅間神社)碑塔群はおおむね良好
な状態であるが、一部の碑塔に修理が必要とされる。B15白糸
の滝現状では、滝つぼ周辺に売店があるなど景観面において課題
がある。このため、富士宮市が中心となり保存管理計画の改訂お
よび整備計画の策定を行い、今後適切な整備がなされる予定であ
る。(3)眺望C1三保松原現状では1960~80年代に進行
した海岸浸食の影響からの回復を図るため、資産内

185 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:25:03 ID:
戸屋(本8合目)、江戸屋(8合目)、見晴館(本7合目)、大陽館(7合目)、
瀬戸館(本6合目)、長田山荘(6合目)、東富士山荘(5合目)、菊屋(5合目
)、吉野屋(砂払い5合目)がある。山小屋周辺にはトイレ、自動販売機、ベンチ
、テーブル等が設置されている。山小屋周辺にはバイオトイレ、自動販売機、ベン
チ、テーブル等が設置されている。・避難小屋下山道からブルドーザー道に入った
2,120m付近に地元山岳会による避難小屋が設けられている。・救急搬送・荷
物搬送区域登山道とほぼ並行して、救急用・緊急用避難道としての役割を持つ道路
等の施設が設けられている。昭和40年(1965)の開通で、搬送にはブルドー
ザーが使われる。歩道との交差部には、進入禁止柵・注意看板等が設置されている
。須走口登山道は、特に吉田口登山道と合流する8合目から上部の混雑が激しいた
め、頂上部から8合目までのブルドーザー道が下山道として利用されている。写真
ブルドーザー道の写真・駐車場・附属施設200台収容の駐車場が5合目に設けら
れている。付属施設として、登山シーズンの夏季のみ在番の交番と観光案内所、小
山町により設置・管理されている公衆トイレがある。写真駐車場(交番・観光案内
所)の写真A5吉田口登山道A6北口本宮冨士浅間神社A7西湖A8精進湖A9本
栖湖・建築物及び工作物本栖地区集落の人口は156人(2008年4月1日現在
)国道139号線と300号線が分岐する本栖交差点周辺を中心に集落が形成され
ている。その他湖畔にキャンプ場などの観光施設及び管理施設が存在する。自然公
園法第2種特別地域に指定されていることから、建築物等の高さ規制を受けている
ので、景観上良好な状況が保たれている。湖南東側にある本栖青少年スポーツセン
ターやキャンプ場などの管理施設等も同様である。その他の工作物として、電柱や
アンテナなどが存在する。イ信仰B1富士山本宮浅間大社・駐車場神田川ふれあい
広場の南側には第2駐車場が整備されている。南北に仕切られ、北側が普通車用、
南側がバス専用となっている。トイレも併設されている。・宮町交番

186 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:25:11 ID:
宮由比線が東西に伸びている。この道路はかつて「甲州街道(
中道往還)」と呼ばれ、駿河と甲斐を結ぶ主要街道であった。
B2山宮浅間神社・御神幸道御神幸道は、祭儀「山宮御神幸」
で浅間大社と山宮浅間神社を往来した道である。石鳥居から南
方向へと伸びていたが、区画整理や道の付け替えのため当時の
道はところどころ途絶え、正確にたどる事はできない。・御神
幸道標石御神幸道沿いに、一丁(約109m)毎に標石が建て
られていた。現在ではそのほとんどが失われたが

187 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:26:28 ID:
視領域が重なり合う範囲で、芸術・鑑賞の側面における比重が最も高い。各登山道
における山体の神聖性に関する境界の一つである「馬返」(乗馬登山が物理的にも
、宗教的観点からも不可能になる地点)の標高以上の範囲とほぼ一致している。地
元住民が、とりわけこの「馬返」より上を指して「オヤマ」又は「オヤマサマ」と
呼び、富士山の範囲とみなす地域もあった。景観的には山体の傾斜角の変化率が大
きくなり「平野部」と「山体」の境界として認識され、稜線が優美な曲線を描き絵
画などの対象とされることが多い範囲である。2)資産の構成推薦資産は、日本列
島のほぼ中央に位置する富士山体と、周辺の浅間神社や御師住宅、霊地・巡礼地で
ある風穴・溶岩樹型・湖沼、芸術作品の視点場(又は舞台)となった地点から構成
される。富士山体の中には山頂信仰遺跡や登山道などの重要な要素が含まれている
。これらの構成資産が一体となった推薦資産「富士山」は、山に対する固有の文化
的伝統を表す物証であり、山と人間との精神的な関係を生み出した景観の見本であ
るとともに、芸術的作品との関連がある山岳である。表構成資産/構成要素の分類
No.世界遺産条約上の分類遺跡A1山頂信仰遺跡遺跡A2大宮・村山口登山道遺
跡A3須山口登山道遺跡A4須走口登山道遺跡A5吉田口登山道遺跡A6北口本宮
冨士浅間神社遺跡、記念工作物、建造物A7西湖遺跡A8精進湖遺跡A9本栖湖遺
跡B1遺跡、記念工作物、建造物B2遺跡B3遺跡B4遺跡B5遺跡B6遺跡B7
遺跡、記念工作物、建造物B8建造物B9遺跡B10遺跡B11遺跡B12遺跡B
13遺跡B14遺跡B15遺跡C遺跡A富士山(富士山体)富士山本宮浅間大社山
宮浅間神社河口湖村山浅間神社須山浅間神社富士浅間神社(須走浅間神社)河口浅
間神社白糸ノ滝三保松原構成資産/構成要素忍野八海船津胎内樹型吉田胎内樹型人
穴富士講遺跡冨士御室浅間神社御師住宅山中湖673)構成資産の説明富士山(富
士山体)・展望地点富士山には、山頂部に点在する宗教関連施設を始め、信仰登山
の支援施設として機能してきた登山道や山小屋といった宿泊施設、

188 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:26:40 ID:
湖673)構成資産の説明富士山(富士山体)・展望地点富士山
には、山頂部に点在する宗教関連施設を始め、信仰登山の支援施
設として機能してきた登山道や山小屋といった宿泊施設、信仰の
証として建てられた石碑などが存在する。推薦範囲は、周辺の浅
間神社や展望地点から見た可視領域が重なり合う範囲で、芸術・
鑑賞の側面における比重が最も高い。特に本栖湖や三保松原は、
何度も紙幣の図柄に採用された写真の撮影地や富士山を描く典型
的な構図に含まれる景勝地であり、主要な展望を供する展望地点
である。また推薦範囲は、山体の神聖性の境界の一つである「馬
返」以上に該当する標高1500m以上の区域でもあり、その中
でも、他界(死後世界)と考えられた森林限界より上方、富士山
本宮浅間大社の境内地とされた八合目(登山道を10区間に分割
した目安の一つ。登山道ごとに異なり標高約3200~3375
m)以上と、山頂に近づくほどより強い神聖性を持つと認識され
てきた。A富士山(富士山体)A1山頂信仰遺跡A9本栖湖C三
保松原(写真複数、地図挿入)(改頁)登山道富士山には、麓の
浅間神社を起点として山頂に至る登山道が、複数存在する。12
世紀前半から中ごろにかけての修行僧末代の活動がきっかけにな
ったと考えられる大宮・村山口登山道や、六合目から1384年
の銘のある掛仏が出土した須走口登山道などがある。吉田口登山
道は、富士講信者の登山本道とされ、18世紀後半以降、最も多
くの道者(他の登山口の合計と同程度)によって利用された。ま
た、1200年の資料では、大宮・村山口及び吉田口の外、須山
口登山道を挙げて、それ以外には登山道がないと述べられている
。登山道沿いには要所要所に祠や石碑が設置され、随所に小屋や
石室が設けられており、富士独特の登拝システムを語る上で、登
山道は欠かすことのできない構成要素である。A2大宮・村山口
登山道A3須山口登山道A4須走口登山道A5吉田口登山道(写
真複数、地図挿入)(改頁)浅間神社・御師住宅登山道の起点や
周辺地域には浅間神社が建造された。古くから富士山は遥拝の対
象であり、山宮浅間神社などは古代からの祭祀の形をとどめてい
る。噴火活動の活発化を受け、律令国家によって

189 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:30:53 ID:
ッドランドなどが仮設され、景観に影響を与えている。また、松
原においてもマツクイムシ(マツノザイセンチュウ)による松枯
れがみられるため、薬剤注入・散布による予防措置及び植林、枯
れた松の除去が実施されている。現在これらの対策により、資産
の現状を保ち、将来においてはより良好な保全状態となることは
確実である。また、保存管理計画についてが静岡市がる改訂を行
っている。管理団体である静岡市は、シロアリ防除・駆除・シロ
アリ被害状況調査、松くい虫防除、松林の下草刈り、育苗、松苗
定植等の保護及び充実対策を行っている。また、地元自治体、三
保名勝保存会等とも連携し、官民一体となって保全充実を積極的
に推進している。静岡市教育委員会は、文化財を保護・育成する
立場を堅持し、予想される開発計画との適切な調整を図るため、
文化庁及び静岡県教育委員会と協議の上、『名勝「三保松原」保
存管理計画書』及び『名勝「三保松原」保存管理計画書解説』を
平成元年4月15日に改訂し(解説:平成4年10月29日一部
改訂)、現状変更申請等に対応している。名勝三保松原地内にお
ける文化財保護法以外の法令・条例による規制は、静岡県立自然
公園条例、静岡県風致地区条例等がある。2保存管理の基本的な
考え方資産全体を適切に保存管理していくための方向性としては
、まず、顕著な普遍的価値を理解することが必要であるとともに
、地域住民及び行政など資産に直接的に関わる者がその知識を向
上させ、連携しつつ保護していくことが重要である。また、顕著
な普遍的価値に与える負の影響を考慮しつつ、その特質に応じた
適切な保存管理の考え方及び取扱の方針が必要となる。負の影響
とその対応の方法については、第6章に記載している。富士山の
構成資産については、文化財保護法の下、国指定文化財に指定さ
れている。これらの現状変更及び保存に影響を及ぼす行為(以下
、「現状変更」という。)については、同法の下に許可制に基づ
き厳重に規制されている。なお、山体や富士五湖については文化
財保護法により、確実な保存管理が行われており、指定された文
化財保護法周辺においても、自然公園法と森林法及びその他所法
令により確実な保存管理が行われている。-93-

190 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:31:42 ID:
社周辺には四十七丁目石、四十九丁目石が残っている。写真道
標石の写真・東山宮二区区民館山宮二区の住民が、会合等で利
用する区民館が建てられている。・県道180号富士宮富士公
園線山宮浅間神社東南側には、浅間大社前交差点を起点とし、
富士山山頂が終点の「県道180号富士宮富士公園線」が通っ
ている。B3村山浅間神社・宿坊跡(大鏡坊、池西坊、辻之坊
)江戸時代には、村山三坊のうち「辻之坊」は東屋敷跡が現在
の児童公園付近に、西屋敷跡が北西に300m離れた酪農用牛
舎付近に、「大鏡坊」は辻之坊東屋敷のさらに西側に、「池西
坊」は現在の児童公園の南側にあったとされる。児童公園から
西へ道沿いに宿坊跡のものとされる石垣が残り、大鏡坊の入口
跡と考えられる痕跡を見ることができる。写真宿坊跡の写真・
見付跡(東見付、西見付)集落の出入り口となる東西のはずれ
に「東見付」「西見付」と呼ばれる、村山に入る不審者を取り
締まる関所があった。-87-西見付跡は村山浅間神社門前か
ら西へ約550m、東見付跡は神社門前より南に約200mの
ところにある。B4須山浅間神社・浅間橋朱塗りの欄干を持つ
する西側に、県道75号線清水富士宮線が通って

191 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:31:57 ID:
駐車場バス専用入口の東側に宮町交番が建てられている。・売店協同組合富士山特
産品振興会」が、第2駐車場内に、富士宮の特産品を取り扱う販売所「ここずらよ
」を設置し営業している。・富士山せせらぎ広場第2駐車場から200mほど南に
富士山せせらぎ広場がある。入口には大鳥居が建てられており、神田川に沿って散
策できる遊歩道をはじめ、トイレ、無料駐車場などの施設が整備されている。

192 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:32:47 ID:
士山を神体とする浅間神社(後の富士山本宮浅間大社)が、9世
紀後半には北麓にも噴火を鎮めるための神社が祭祀された。11
世紀後半の噴火を最後に火山活動が休止期に入ると、富士山を舞
台とする修験の活動が活発化し始め、修験者の拠点が後に村山浅
間神社や冨士御室浅間神社へと発展していった。登拝の大衆化に
伴って、須山浅間神社や富士浅間神社(須走浅間神社)8など、
登山口の起点にも浅間神社が建立されるようになる。なかでも、
北口本宮冨士浅間神社は、江戸を中心に流行した

193 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:36:47 ID:
( ̄(エ) ̄)v

194 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:37:23 ID:
信仰に関する建造物については、酸性雨などの気候変動、大雨な
どの自然災害及び観光客増加によるき損などの影響を受けること
が想定される。したがって、これら負の影響について、具体的な
指標を用いて監視する必要がある。また、これらは木造建造物で
あることから、部材の交換などによる修理によって全体の枠組み
を維持しつつ、顕著な普遍的価値が損なわれることのないよう、
適切に保存管理する必要がある。(1)現状変更の制限について
の考え方本来、文化財保護法は文化財を保存し、かつ、その活用
を図り、もって国民の文化的向上に資することを目的としたもの
であり、文化財の保存が適切になされることを原則としている。
また、自然保護法は、優れた風景地を保護するとともに、その利
用の増進を図り、もって国民の保健、休養及び教化にしすること
を目的としたものであり、風致景観が適切に管理されるとともに
適切な利用を促進することを原則としている。しかしながら、一
方ではそこを所有し生活している住民が存在することも事実であ
り、住民生活もまた尊重されなければならない。したがって構成
資産の諸要素の現状に変更が生じる場合には、構成資産の保存と
住民生活との調整を図りつつ、適切に行われる必要がある。その
ため、構成資産のうち特別名勝地だけでなく、史跡や遺跡、眺望
地点などは文化財保護法や自然公園法、景観法などにより保護措
置を講じる必要がある。世界遺産としての地区区分として、「文
化財保護法を基本に保存管理する地域(第1種保護地区)」及び
「自然公園法を基本に保存管理する地域(第2種保護地区)」と
いう2つの地域に区分し、それぞれ現状変更の取扱いを定め、住
民生活との調整を図りつつ構成資産の保存管理を行っている。そ
の概要については以下に示すとおりである。(2)地区区分につ
いての考え方各構成資産における保護に関する基本的な考え方と
しての地域区分並びに想定される現状変更等の行為とその具体的
取扱方針の概要は、以下に示すとおりである。なお、構成資産ご
との詳細な情報は、個別の保存管理計画に示している。図富士山
地区区分図-94-表保存管理のための地区区分(富士山北側)
第1種保護地区第2種保護地区1-1地区1-2地

195 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:37:41 ID:
る痕跡を見ることができる。写真宿坊跡の写真・見付跡(東見付、西見付)集落の
出入り口となる東西のはずれに「東見付」「西見付」と呼ばれる、村山に入る不審
者を取り締まる関所があった。-87-西見付跡は村山浅間神社門前から西へ約5
50m、東見付跡は神社門前より南に約200mのところにある。B4須山浅間神
社・浅間橋朱塗りの欄干を持つ橋が境内地の南側に架けられている。B5冨士浅間
神社・駐車場(トイレ)境内地の南西側、裏参道を出たところに、参拝者用の駐車
場が設けられている。また駐車場東端には、トイレも建てられている。・国道13
8号線及び県道150号線足柄停車場富士公園線境内地の西側には、国道138号
線が、また東側には県道150号線足柄停車場富士公園線が通っている。県道の終
点は富士山頂となっている。B6河口浅間神社B7冨士御室浅間神社B8御師住宅
来訪者のための駐車場として、また緊急時や災害時の緊急車両の配置ができるよう
駐車場敷地が整備されている。B9山中湖B10河口湖B11忍野八海B12船津
胎内樹型・産業関連施設・その他の人工物B13吉田胎内樹型富士スバルライン料
金所付近から、吉田胎内本穴方面に向かう、林業施業のための物資搬出路がある。
B14人穴富士講遺跡(人穴浅間神社)・県道75号清水富士宮線指定地に隣接す
る西側に、県道75号線清水富士宮線が通っている。B15白糸ノ滝なしウ眺望C
三保松原なし2保存管理計画の基本方針-88-山梨県・静岡県に分布する構成資
産について、将来にわたり確実に保存管理していくために、各構成資産の保存管理
計画の調整事項や、資産全体として考慮すべき周辺環境保全のあり方など、保存管
理の目標を踏まえ、保存管理計画の基本方針を以下の5項目とする。(1)構成資
産の適切な保存管理各構成資産が、現在も人々と関わり続けている点や、構成資産
総体が、生きた文化的伝統の物証であり、人間と自然との良好で継続的な関係を示
す景観の傑出した類型であることに十分配慮し、山梨県・静岡県に分布する具体的
な構成要素の規模・性質・立地条件等に応じて、以下の視点により適

196 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:37:48 ID:
白糸ノ滝なしウ眺望C三保松原なし2保存管理計画の基本方針
-88-山梨県・静岡県に分布する構成資産について、将来に
わたり確実に保存管理していくために、各構成資産の保存管理
計画の調整事項や、資産全体として考慮すべき周辺環境保全の
あり方など、保存管理の目標を踏まえ、保存管理計画の基本方
針を以下の5項目とする。(1)構成資産の適切な保存管理各
構成資産が、現在も人々と関わり続けている点や、構成資産総
体が、生きた文化的伝統の物証であり、人間と自然との良好で
継続的な関係を示す景観の傑出した類型であることに十分配慮
し、山梨県・静岡県に分布する具体的な構成要素の規模・性質
・立地条件等に応じて、以下の視点により適切な保存管理をお
こなう。①各構成要素の歴史的・文化的価値の継承と自然的要
素の維持②構成資産により形成される文化的景観の保全③地域
住民の生活、生業への配慮④登山客、観光客等の来訪者への配
慮⑤防災面における安全確保への配慮(2)緩衝地帯等の適切
な保存管理構成資産保護のための適切な範囲の緩衝地帯等(保
全管理区域)を定めるとともに、その保全の方策を講ずる。緩
衝地帯等(保全管理区域)に存在する諸要素の規模・性質・立
地条件などを把握し保存管理の基礎とする。(3)経過観察の
実施顕著な普遍的価値に対して与える負の影響の可能性につい
て、様々な角度から検討を行い、その原因となる可能性のある
諸要素について確実に把握するとともに、それらに対する監視
及び適切な対応を行う。(4)整備・公開・活用推進資産の顕
著な普遍的価値を確実に保存するとともに、総合的な理解を深
めることができるよう、適切な整備・公開・活用の施策を推進
する。①多様な構成資産からなる富士山総体としての価値の理
解が深められるように、山梨県・静岡県の関係市町村が一体と
なった適切な整備活用をおこなう。a富士山の価値の持続的な
利用b適切な公開範囲の設定②都市計画、観光計画、防災計画
等との調整を図り、資産の価値の保存と来訪者の安全に配慮し
た施策を推進する。③適切な整備活用を推進する。(5)保存
管理体制の整備と運営確実な保存管理を推進する

197 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:38:56 ID:
大いに利用された吉田口登山道の起点であったが、その北には、
富士講徒の案内し、宿泊の世話や祈祷を行った御師の住宅が今も
残されている。B1富士山本宮浅間大社B2山宮浅間神社B3村
山浅間神社B4須山浅間神社B5富士浅間神社(須走浅間神社)
A6北口本宮冨士浅間神社B8御師住宅B6河口浅間神社B7冨
士御室浅間神社(写真複数、地図挿入)(改頁)霊地・巡礼地と
なった風穴・溶岩樹型・湧水地・湖沼18世紀後半から爆発的に
流行した富士講の信者は、山頂を目指して富士山に登るだけでな
く、いわばオプショナル・ツアーのごとく周辺の風穴や湧水地な
どを巡り、巡礼や修行を行っていた。富士講の開祖とされる長谷
川角行は、人穴(富士講遺跡)で修行をし、富士五湖を始めとし
た八つの湖沼や白糸ノ滝で水行を行った。後の富士講徒はこれら
の地へ参詣し、開祖に倣って修行を行う者もいた。また、長谷川
角行の八海修行になぞらえ「富士御手洗(みてらし)元八湖」と
唱えられた忍野八海や、彼が北麓の洞穴で浅間明神を祀ったこと
にちなんで整備された船津胎内樹型や吉田胎内樹型など、特定の
富士講にとっての霊場・巡礼地となっている資産もある。B9山
中湖B10河口湖A7西湖A8精進湖A9本栖湖B11忍野八海
B12船津胎内樹型B13吉田胎内樹型B14人穴富士講遺跡B
15白糸ノ滝(写真複数、地図挿入)(改頁)A.富士山(富士
山体)説明富士山には、山頂部に点在する宗教関連施設を始め、
信仰登山の支援施設として機能してきた登山道や山小屋といった
宿泊施設、信仰の証として建てられた石碑などが存在する。推薦
範囲は、周辺の浅間神社や展望地点から見た可視領域が重なり合
う範囲で、芸術・鑑賞の側面における比重が9最も高い。また推
薦範囲は、山体の神聖性の境界の一つである「馬返」以上に該当
する標高1500m以上の区域でもあり、その中でも、他界(死
後世界)と考えられた森林限界より上方、富士山本宮浅間大社の
境内地とされた八合目(登山道を10区間に分割した目安の一つ
。登山道ごとに異なり標高約3200~3375m)以上と、山
頂に近づくほどより強い神聖性を持つと認識されてきた。八合目
以上は、1779年以降、富士山本宮浅間大社の

198 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:43:17 ID:
1-4地区2-1地区2-2地区2-3地区2-4地区特別名勝
御中道下500m~頂上まで富士山有料道路五合目終点施設習合
区域以外富士山有料道路五合目終点施設習合区域A富士山(富士
山体)(御中道含む)天然記念物青木ヶ原樹海地区精進口登山道
地区道路地区大室山周辺概ね標高2000m以上富士山原始林及
び青木ヶ原樹海周辺富士五湖周辺地域概ね1500

199 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:43:35 ID:
をおこなう。①各構成要素の歴史的・文化的価値の継承と自然的要素の維持②構成
資産により形成される文化的景観の保全③地域住民の生活、生業への配慮④登山客
、観光客等の来訪者への配慮⑤防災面における安全確保への配慮(2)緩衝地帯等
の適切な保存管理構成資産保護のための適切な範囲の緩衝地帯等(保全管理区域)
を定めるとともに、その保全の方策を講ずる。緩衝地帯等(保全管理区域)に存在
する諸要素の規模・性質・立地条件などを把握し保存管理の基礎とす

200 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:43:42 ID:
の構成資産を管理する山梨県・静岡県や関係市町村、所有者や
環境省、林野庁、国道交通省などの関係諸機関を中心として組
織体制を整備する。その際には、地域住民が資産の資産の適切
な保存管理と整備活用の施策に積極的に参加できるよう配慮す
るとともに、関係諸機関との連携を強化し保存管理の運営に関
する方法・体制の整備を図る。-89-第4章構成資産の保存
管理1現状の把握(1)富士山山体及び登山道A富士山登録範
囲における自然的環境については、おおむね良好な状態である
。資産範囲の上部は文化財保護法(特別名勝)及び自然公園法
(特別保護地区及び第1種~2種特別地域)により厳密に保全
され、下部(標高1600~2000m以下、特別名勝範囲外
)は自然公園法(特別保護地区、第1~3種特別地域、普通地
域)及び森林法(保安林)、山梨県及び静岡県有林管理計画に
より重層的に保護されているため、資産に影響を及ぼす行為は
基本的に発生しない。ただし、山体西側には山頂部付近から標
高2200m付近までを源頭部とする土砂崩れが約1000年
前より継続して発生し、これは「大沢崩れ」と呼称されている
。この土砂崩れのため山体西側の一部でかつての信仰に関わる
道である「御中道」の通行等が禁止されている区域がある。山
頂部付近では登山者に起因する廃棄物・し尿が発生するが、山
小屋組合などによりバイオトイレが設置され、適切に管理・除
去されている。一部過去の廃棄物が堆積している箇所があるが
、将来的に撤去が予定されている。なお、山腹において、急病
人の搬送や山小屋の維持・廃棄物の撤去のために必要最小限使
用されるブルドーザーが通行する道路がある。アお鉢巡り八葉
及び大内院の現時点における保全状況は良好である。ただし、
降雪・強風等に常時さらされ、年々増加する登山者の影響によ
り、土砂の崩落が一部で認められる。また、トイレやゴミの問
題なども年々改善されているが、一部有識者にさらなる改善を
指摘されている。イ御中道巡り御中道は大沢崩れ部分の通行止
めの他に、通行量の減少と表土の流失に伴い道の存在が不明に
なった箇所があるが、その他の保全状況は良好で

201 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:45:12 ID:
が、この理由は八合目の標高とほぼ一致する噴火口(「内院」と
呼び宗教的に意義付けられている)の底部に浅間大神が鎮座する
との信仰に基づく。標高約2500m付近の森林限界より上方は
富士講信者(富士山信仰の集団の一つ)には「焼山」と呼ばれ、
神聖な地域ないし他界(死後世界)と考えられていた。ほぼこの
境域に沿い、富士山体を一周する「御中道」が15~16世紀ご
ろに富士講の祖とされる長谷川角行によって開かれたとされ(1
561年及び1580年とされる)、その後「大沢崩れ」という
危険箇所を通るため富士講信者により修行の道として利用された
。構成資産範囲内には、山頂信仰遺跡や登山道といった、富士山
の顕著な普遍的価値を語る上で重要な役割を担う、次のような構
成要素が存在する。A1.山頂信仰遺跡富士山山頂部には、火口
壁に沿っていくつかの神社など、宗教関連施設が所在する。富士
山への信仰登山が開始されると、修験道の影響を受け山頂部にお
いて寺院の造営や仏像等の奉納がおこなわれるとともに、山頂部
での宗教行為が体系化されていった。道者は山頂周辺において「
御来迎(仏の来迎と見なされたブロッケン現象)」(のち「御来
光(日の出)」)を拝み、内院(噴火口)に鎮座するとされる神
仏(大日如来が本地仏とされた浅間大神ないし浅間大菩薩)を拝
し、火口壁にいくつかあるピークを仏教の曼荼羅における仏の世
界に擬して巡拝する「お鉢めぐり(八葉めぐり)」と呼ばれる行
為を行なうことが一般的であった。山頂の宗教的施設は、12世
紀中ごろ修行僧末代により建立された施設(後の大日堂)が最初
とされ、その後、経典(12世紀末~13世紀前半と推定される
ものが最古)・懸仏(1482年の銘のあるものが最古)・仏像
等(1302年の銘があるものが最古)の山頂部への奉納・埋納
や内院への散銭が行われた。また、遅くとも17世紀には、大宮
・村山口山頂部に大日堂(現在は富士山本宮奥宮が所在)が、吉
田・須走口山頂部に薬師堂(現在の久須志神社)が造営された。
1874年、山頂の仏教的施設及び仏像は廃仏毀釈の影響によっ
て撤去され、ピークの名称も変更され、寺院は神社に改変された
。しかし、山頂部に対する信仰自体は変化するこ

202 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:50:11 ID:
地域A1山頂信仰遺跡(奥宮、お鉢巡り含む)八合目以上全域特
別名勝一合目から御中道下500m国有林諏訪の森地内登山道の
起点から一合目までA5吉田口登山道史跡中ノ茶屋から山頂まで
の範囲建造物文化財建造物の雨落までの敷地文化財建造物の雨落
までの敷地以外の敷地A6北口本宮冨士浅間神社史跡境内地全域
A7西湖湖水面周回道路内側、文化財指定範囲を除く周回道路内
側、文化財指定範囲を除くA8精進湖湖水面周回道路内側、文化
財指定範囲を除く周回道路内側、文化財指定範囲を除く-95-
A9本栖湖湖水面周回道路内側、文化財指定範囲を除く周回道路
内側、文化財指定範囲を除くB6河口浅間神社境内地全域建造物
重要文化財の軒下までの敷地中門、翼廊及び囲壁によって区画さ
れる範囲B7冨士御室浅間神社史跡境内地全域B8御師住宅文化
財建造物の雨落までの敷地文化財建造物の雨落までの敷地以外の
敷地B9山中湖湖水面周回道路内側、文化財指定範囲を除く周回
道路内側、文化財指定範囲を除くB10河口湖湖水面周回道路内
側、文化財指定範囲を除く周回道路内側、文化財指定範囲を除く
B11忍野八海湧水面B12船津胎内樹型洞内と開口部天然記念
物指定範囲の地表面指定範囲内の町道5107号線の道路敷B1
3吉田胎内樹型吉田胎内本穴の洞内及び開口部吉田胎内本穴の洞
外及び地表面※地区区分は仮案・今後変更有-96-表保存管理
のための地区区分(富士山南側)第1種保護地区第2種保護地区
(周辺地区)A富士山山体8合目以上全域標高約2000m~約
2300mの範囲緩衝地帯・保全管理区域・演習場A1山頂信仰
遺跡8合目以上全域─8合目未満A2村山口登山道跡(登山道)
・富士宮口八合目から山頂までの山頂信仰遺跡に含まれる範囲・
8号建物跡から12号建物跡までの範囲・横渡から7号建物跡ま
での範囲(遺構・建物跡)札打場、中宮八幡堂跡、八大龍王、5
号、8号、12号建物跡富士宮口6合目から8合目までの範囲国
有林A3須山口登山道(登山道)・須山口(御殿場口)8合目か
ら山頂までの山頂信仰遺跡に含まれる範囲・須山胎内から幕岩上
部までの範囲(遺構)須山御胎内須山口(御殿場口)2合8勺か
ら8合目までの範囲国有林A4須走口登山道(登山

203 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:50:29 ID:
過観察の実施顕著な普遍的価値に対して与える負の影響の可能性について、様々な
角度から検討を行い、その原因となる可能性のある諸要素について確実に把握する
とともに、それらに対する監視及び適切な対応を行う。(4)整備・公開・活用推
進資産の顕著な普遍的価値を確実に保存するとともに、総合的な理解を深めること
ができるよう、適切な整備・公開・活用の施策を推進する。①多様な構成資産から
なる富士山総体としての価値の理解が深められるように、山梨県・静岡県の関係市
町村が一体となった適切な整備活用をおこなう。a富士山の価値の持続的な利用b
適切な公開範囲の設定②都市計画、観光計画、防災計画等との調整を図り、資産の
価値の保存と来訪者の安全に配慮した施策を推進する。③適切な整備活用を推進す
る。(5)保存管理体制の整備と運営確実な保存管理を推進するために、各々の構
成資産を管理する山梨県・静岡県や関係市町村、所有者や環境省、林野庁、国道交
通省などの関係諸機関を中心として組織体制を整備する。その際には、地域住民が
資産の資産の適切な保存管理と整備活用の施策に積極的に参加できるよう配慮する
とともに、関係諸機関との連携を強化し保存管理の運営に関する方法・体制の整備
を図る。-89-第4章構成資産の保存管理1現状の把握(1)富士山山体及び登
山道A富士山登録範囲における自然的環境については、おおむね良好な状態である
。資産範囲の上部は文化財保護法(特別名勝)及び自然公園法(特別保護地区及び
第1種~2種特別地域)により厳密に保全され、下部(標高1600~2000m
以下、特別名勝範囲外)は自然公園法(特別保護地区、第1~3種特別地域、普通
地域)及び森林法(保安林)、山梨県及び静岡県有林管理計画により重層的に保護
されているため、資産に影響を及ぼす行為は基本的に発生しない。ただし、山体西
側には山頂部付近から標高2200m付近までを源頭部とする土砂崩れが約100
0年前より継続して発生し、これは「大沢崩れ」と呼称されている。この土砂崩れ
のため山体西側の一部でかつての信仰に関わる道である「御中道」の

204 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:50:37 ID:
頂信仰遺跡現時点における保全状態は良好である。その他の山
頂信仰遺跡の現時点における保全状態は良好である。A2大宮
・村山口登山道現在登山道として利用されていない大宮・村山
口の一部については、国有林の範囲であり林業関係者以外の立
ち入りは許可制となっていることにより、現状維持の観点から
の現時点における保全状態は良好である。A3須山口登山道現
時点における保全状態は良好である。A4須走口登山道現時点
における保全状態は良好である。-90-A5吉

205 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:51:37 ID:
行為は現代の登山者の多くが行っており、これらを通じて富士信
仰の核心が現代に受け継がれている。A2.大宮・村山口登山道
富士山南西麓の浅間大社を起点とし、村山浅間神社を経て山頂南
側に至る登山道である。12世紀前半から中ごろの、修行僧末代
の活動により、富士山南麓における登山が本格的に開始されたと
され、14世紀初めには修験者による組織的登山が始まったとさ
れる。15世紀以降19世紀後半まで、「村山三坊」と呼ばれた
3軒の有力宿坊が村山浅間神社(興法寺)と登山道の管理を行う
とともに所属の修験者が登山道等を利用して修行を行った。また
、一般人の信仰登山(以下これを行う者を「道者」と言う。)も
開始され、その様子は16世紀の作とされる「絹本著色富士曼荼
羅図」に描かれている。道者の数は18世紀後半から19世紀初
頭の宿坊(大鏡坊のみ)の記録より、御縁年で2,000人前後
、平年で数百名程度と推測できる。また1860年、初の外国人
登山を行った英国公使オールコックがこの登山道を利用した。1
01889年、鉄道(東海道線)の開通による御殿場口利用者の
増加により衰退し、これへの対策として1906年、村山を経由
しない新道が建設されたため、大宮から現在の六合目(標高26
00m)までは登山道としての機能を失った。この区間は一部除
き登山道跡の推定は困難な状態である。現在は1970年に標高
2400m地点まで開通した自動車道を利用しての登山が行われ
ている。(推薦範囲は六合目以上である。)A3.須山口登山道
富士山南東麓、須山浅間神社を起点とし、山頂南東部に至る登山
道である。その起源は明確ではないが、文字資料の中で1486
年にその存在が確認できる。登山道および山頂部銀明水は須山浅
間神社及びその所在地の須山村(現裾野市須山)により管理され
ていた。また、登山道のいくつかの宗教施設は村山の修験者の行
場(参拝所)としても使用された。道者については詳しい研究が
進んでいないが、1800年(御縁年:富士山出現伝説に由来す
る60年に1回の記念の年)に約5,400人、1840年代前
半は年平均約1,700人、1860年(御縁年)は約3,60
0人であった。1883年、須山口二合八勺(標

206 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:56:53 ID:
合目から山頂までの山頂信仰遺跡に含まれる範囲(神社)古御岳
神社、迎久須志神社須走口5合目から8合目までの範囲国有林B
1富士山本宮浅間大社ふれあい広場と駐車場を除く境内地、神立
山(社叢?)神田川ふれあい広場、第2駐車場第1駐車場周辺市
街地B2山宮浅間神社籠屋から遥拝所までの境内地籠屋より下部
の神社境内地周辺住宅地、森林B3村山浅間神社六道坂以東の境
内地六道坂以西の境内地宿坊跡、見付跡周辺住宅地、森林-97
-B4須山浅間神社境内地全域境内地周辺の社叢周辺住宅地、森
林B5冨士浅間神社境内地全域─西側駐車場、周辺住宅街、西側
森林B14人穴富士講遺跡境内地全域、地下洞穴─森林B15白
糸ノ滝本体~滝つぼ、両岸の崖音止の滝市街化調整区域C三保松
原特別規制A地区及び特別規制B地区第1種規制地区第2種規制
地区第3種規制地区①第1種保護地区この地区は、富士山の本質
的価値を構成する宗教的な建造物、信仰の対象となった自然物等
、史跡及び眺望地点として重要な要素を含む区域とする。登山道
においては、歴史上使用された登山道跡と断定できる道跡、及び
登山道跡に存在する石碑や建物跡等を含む区域である。神社等に
おいては、社殿・遺構・石碑等歴史的な価値のある要素が存在し
、指定地の中核を成す区域である。歴史的に価値のある社殿・石
碑・遺構等史跡として重要な要素が存在し、指定地の中核部をな
す地区であるため、特に厳格な保存管理を行う。そのため、本地
区では、土地の形状、建築物・工作物に関し現状の維持に努め、
それらがき損した場合には適切に復旧・整備する。また、建築物
・工作物等の更新等についても、遺構破壊及び景観阻害を防ぐた
め厳しく規制する。また、地面掘削を伴う場合には、必要に応じ
て発掘調査等を実施するなど、遺構・遺物の適切な保存・整備に
努めることとする。本質的価値を構成する要素ごとの考え方ア自
然的要素となるもの(ア)土地の形状・土壌の性質を変える行為
、及び植生に影響を与える行為については、安全確保の措置及び
学術研究を目的とするもの以外は厳しく規制する。(イ)土壌・
岩石の採取については、安全確保の措置及び学術研究を目的とす
るもの以外は厳しく規制する。(ウ)湧水や御神木

207 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:57:19 ID:
山道は、土砂崩れによる浸食などにより登山道の一部に変更が
みられるものの、人為による現状の変更には厳しい制限がかけ
られている。また、道路管理者である山梨県により日常的に維
持管理が行われており、保全状態は良好である。A6北口本宮
冨士浅間神社定期的な維持修理等が行われており、現時点にお
ける保全状態は良好である。ただし、拝殿・幣殿については、
建物全体に歪みが生じていて、今後、修復・修繕の検討が必要
であると想定される。祈願のため多くの参詣者が訪れるととも
に、宗教行事が行われている。A7西湖文化財保護法(名勝)
及び自然公園法(特別地域)により適切に保護されており、現
時点における保全状態は良好である。A8精進湖文化財保護法
(名勝)及び自然公園法(特別地域)により適切に保護されて
おり、現時点における保全状態は良好である。A9本栖湖文化
財保護法(名勝)及び自然公園法(特別地域)により適切に保
護されており、現時点における保全状態は良好である。(2)
信仰B1富士山本宮浅間大社定期的な維持修理が行われており
、現時点における保全状態は良好である。湧玉池に関しては、
全般的には良好な状態であるが、「上池」「下池」の二つの池
の内「上池」では、湧水量が減少し、藻類が繁殖しているため
、「湧玉池保全再生会議」が設置され、対策が検討されている
。B2山宮浅間神社現時点における保全状態は良好である。地
元からは参道・遥拝所等の整備が今後必要であるとの要望が出
されている。B3村山浅間神社現時点における歴史的価値を示
す建造物の保全状態は良好である。今後、トタン作りの大日堂
覆堂の修理が必要とされている。また、地元からは参道・遥拝
所等の整備が今後必要との要望が出されている。B4須山浅間
神社現時点における保全状態は良好である。B5冨士浅間神社
現時点における保全状態は良好である。-91-B6河口浅間
神社現時点における保全状態は良好である。B7冨士御室浅間
神社現時点における保全状態は良好である。ただし、近年、向
拝柱、登高欄及び木階の漆塗装の摩耗退色が著しく、木目が露
出している場所がある。脇障子版においては富士

208 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 13:58:30 ID:
に接続する御殿場口登山道が開削され、1889年、東海道本線
開通による御殿場口利便性の向上は須山口よりの道者を奪い、さ
らに1912年、一部が陸軍演習場となり使用不可能となったた
め、須山口からの登拝(登山)は衰退し現在に至っている。二合
八勺以下の登山道で当時の道が確認できる部分は一部のみである
。(資産範囲は現在「御殿場口」の名称で使用さ

209 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:00:54 ID:
ヾ(≧∇≦*)/

210 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:02:34 ID:
ヾ(≧∇≦*)/ 霊峰 まんこ

211 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:04:09 ID:
教的な意義が付与された自然物については、現状維持に努め、き
損した場合には適切に復旧・整備する。(エ)境内地・社叢内の
植物の採取、動物の捕獲、木竹の伐採・植栽については、景観の
保全に関わるもの、安全確保の措置及び学術研究を目的とするも
の以外は厳しく規制する。イ歴史的要素となるもの(ア)社殿等
の建築物や鳥居・石碑等の工作物、遺構等については、現状維持
に努め、き損した場合には適切に復旧・整備する。(イ)お鉢巡
り、登山道については現状維持に努め、き損した場合には適切に
復旧・整備する。(ウ)建築物・工作物等の復旧・整備に地面掘
削を伴う場合には、必要に応じて発掘調査等を実施し、遺構・遺
物の適切な保存・整理に努める。-98-ウ社会的要素となるも
の(ア)山小屋等の建築物、橋等の工作物については、現状の規
模の維持に努める。また、景観を現に阻害しているものについて
は、除却するか更新時に改良を行い、景観との調和に十分配慮す
ることとする。(イ)安全確保等に関わる地形の形質変更、建築
物及び工作物の設置に当たっては、景観との調和に十分配慮する
。本質的価値を構成する諸要素と密接に関わる要素ごとの考え方
ア自然的要素となるもの(ア)土地の形状・土壌の性質を変える
行為、及び植生に影響を与える行為については、安全確保の措置
及び学術研究を目的とするもの以外は厳しく規制する。(イ)土
壌・岩石の採取については、安全確保の措置及び学術研究を目的
とするもの以外は厳しく規制する。(ウ)歴史的な意義を持つ自
然物については、現状維持に努め、き損した場合には適切に復旧
・整備する。(エ)植物の採取、木竹の伐採・植栽については、
景観の保全に関わるもの、安全確保の措置及び学術研究を目的と
するもの、森林施業に関わるもの以外は厳しく規制する。イ歴史
的要素となるもの(ア)境内社・末社等の建築物や鳥居・石碑等
の工作物については、現状維持に努め、き損した場合には適切に
復旧・整備する。(イ)建築物・工作物等の復旧・整備に地面掘
削を伴う場合には、必要に応じて発掘調査等を実施し、遺構・遺
物の適切な保存・整理に努める。ウ社会的要素となるもの(ア)
社務所、公会堂等の建築物、案内板等の工作物につ

212 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:04:25 ID:
状態は良好である。A8精進湖文化財保護法(名勝)及び自然公園法(特別地域)
により適切に保護されており、現時点における保全状態は良好である。A9本栖湖
文化財保護法(名勝)及び自然公園法(特別地域)により適切に保護されており、
現時点における保全状態は良好である。(2)信仰B1富士山本宮浅間大社定期的
な維持修理が行われており、現時点における保全状態は良好である。湧玉池に関し
ては、全般的には良好な状態であるが、「上池」「下池」の二つの池の内「上池」
では、湧水量が減少し、藻類が繁殖しているため、「湧玉池保全再生会議」が設置
され、対策が検討されている。B2山宮浅間神社現時点における保全状態は良好で
ある。地元からは参道・遥拝所等の整備が今後必要であるとの要望が出されている
。B3村山浅間神社現時点における歴史的価値を示す建造物の保全状態は良好であ
る。今後、トタン作りの大日堂覆堂の修理が必要とされている。また、地元からは
参道・遥拝所等の整備が今後必要との要望が出されている。B4須山浅間神社現時
点における保全状態は良好である。B5冨士浅間神社現時点における保全状態は良
好である。-91-B6河口浅間神社現時点における保全状態は良好である。B7
冨士御室浅間神社現時点における保全状態は良好である。ただし、近年、向拝柱、
登高欄及び木階の漆塗装の摩耗退色が著しく、木目が露出している場所がある。脇
障子版においては富士山二合目本宮所在時に毀損にあっており、今後、修復・修繕
の検討が想定される。B8御師住宅旧外川家住宅は、2007年~2008年にか
けて所有者である富士吉田市が大規模な保全修理を行ったため、現時点における保
全状態は良好である。現在、富士吉田市歴史民俗博物館の附属施設として、200
8年4月から敷地及び主屋内部を一般公開しており、外川家協力会員が交代で勤務
し、来場者に直接解説を行っている。小佐野住宅は、所有者らによって日常的な維
持管理が行われているほか、補助事業などによって文化財としての保護に必要な修
繕や設備の整備が行われており、現時点における保全状態は良好であ

213 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:04:33 ID:
所在時に毀損にあっており、今後、修復・修繕の検討が想定さ
れる。B8御師住宅旧外川家住宅は、2007年~2008年
にかけて所有者である富士吉田市が大規模な保全修理を行った
ため、現時点における保全状態は良好である。現在、富士吉田
市歴史民俗博物館の附属施設として、2008年4月から敷地
及び主屋内部を一般公開しており、外川家協力会員が交代で勤
務し、来場者に直接解説を行っている。小佐野住宅は、所有者
らによって日常的な維持管理が行われているほか、補助事業な
どによって文化財としての保護に必要な修繕や設備の整備が行
われており、現時点における保全状態は良好である。ただし、
建物に関する専門的な調査はほとんど行われたことがないため
、基礎や構造物の状況など現状把握を早急に行う必要がある。
現在、居住の用に供しており、敷地内部及び建物は一般公開さ
れていない。B9山中湖文化財保護法(名勝)及び自然公園法
(特別地域)により適切に保護されており、現時点における保
全状態は良好である。B10河口湖文化財保護法(名勝)及び
自然公園法(特別地域)により適切に保護されており、現時点
における保全状態は良好である。B11忍野八海天然記念物と
して指定されている範囲は水面に限られており、私有地が隣接
しているため、周辺環境を含めた保全状態に課題がある。しか
し、忍野村が景観計画を策定し、周辺環境を含めた保全を行っ
ている。また、水位が低下して、文化財指定当時の状態を維持
していない池があり、今後の調査によって原因の究明が求めら
れる。忍野村では、平成20年(2008年)に地下水資源保
全対策基礎調査を実施している。B12船津胎内樹型富士河口
湖町により、日常的な維持管理が行われており、現時点におけ
る保全状態は良好である。船津胎内樹型はその狭小な断面形状
の特性から、入洞の順路が設定されており、入洞口と出洞口が
分化している。入洞口には無戸室浅間神社の社殿(拝殿)が建
てられており、神社と入洞口が一体化している。B13吉田胎
内樹型-92-富士吉田市及び冨士山北口御師団により、日常
的な維持管理が行われており、現時点における保

214 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:04:38 ID:

出ました
自演おじさんの真似パクリ~

215 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:05:14 ID:
勺以上の部分及び遊歩道として整備された旧須山口の一部である
)A4.須走口登山道富士山東麓の冨士浅間神社を起点とし、八
合目で吉田口登山道と合流し山頂東部に至る登山道である。その
起源は明確ではないが、六合目からは1384年の銘のある掛仏
が出土しており、文字資料では1500年にその存在を確認でき
る。登山道は遅くとも17世紀までに、冨士浅間神社及びその所
在地の須走村が登山道の山頂部までを支配し、散銭取得権の一部
などを得ていた。山頂部の権利については富士山本宮浅間大社と
争いになり、須走村は18世紀(1703年と1772年)、幕
府に裁定を求め、権利は幕府によって認められた。1707年の
宝永噴火の際、これらの施設及び冨士浅間神社、須走村は噴砂に
覆われ壊滅したが、江戸幕府の支援を受け翌年には復興を完了し
、多くの道者を集めた。18世紀後半、他の霊場とセットにされ
た参詣の流行で道者数は年平均約1万人、1800年の御縁年に
23,700人とピークを迎えた。1959年、バス道路の完成
により、新五合目(標高約2000m)以下の登山道の利用はほ
とんどなくなり、一部道としての確認ができない区間がある。(
推薦範囲は現在も利用されている新五合目以上である。)A5.
吉田口登山道北口本宮冨士浅間神社を起点とし、富士山頂東部を
目指す道である。15世紀には、富士山への登拝が、修験者だけ
でなく、ごく一般の人々の間にも広まっていた。吉田口は14世
紀後半には参詣の道者のための宿坊もでき始め、大勢の人々が登
るための設備が整うようになった。16世紀から17世紀、長谷
川角行が吉田口を利用して修行を行い、18世紀前半には富士講
隆盛の礎を築いた食行身禄は、入定(宗教的自殺)にあたって信
者の登山本道をこの吉田口と定めた。このため、富士講の信者が
次第に増加した18世紀後半以降は、最も多くの道者(他の登山
口の合計と同程度)が吉田口登山道を登って山頂を目指している
。しかも、古道としては唯一徒歩で麓から頂上まで登れる重要な
道である。(推薦範囲は登山道全体である。)11法的保護、修
理・整備の経緯1924年に史蹟名勝天然紀念物保存法の下に名
勝に仮指定された。1936年に国立公園法の下

216 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:10:28 ID:
の規模の維持に努める。また、景観を阻害しているものについて
は、除却するか更新時に改良を行い、景観との調和に十分配慮す
る。(イ)安全確保等に関わる地形の形質変更、危険防止及び安
全管理のための工作物の設置に当たっては、景観との調和に十分
配慮する。(ウ)指導標の設置については富士山標識関係者連絡
協議会が策定する「富士山における標識類総合ガイドライン(仮
称)」に沿ったものとする。(エ)測候所等については、富士山
独特の自然を生かして設置された意義を持つ施設で

217 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:10:46 ID:
建物に関する専門的な調査はほとんど行われたことがないため、基礎や構造物の状
況など現状把握を早急に行う必要がある。現在、居住の用に供しており、敷地内部
及び建物は一般公開されていない。B9山中湖文化財保護法(名勝)及び自然公園
法(特別地域)により適切に保護されており、現時点における保全状態は良好であ
る。B10河口湖文化財保護法(名勝)及び自然公園法(特別地域)により適切に
保護されており、現時点における保全状態は良好である。B11忍野

218 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:10:54 ID:
である。内部の溶岩の盗掘や人の進入による破壊を防ぐため吉
田胎内本穴入口には、扉が設置され、施錠されている。B14
人穴富士講遺跡(人穴浅間神社)碑塔群はおおむね良好な状態
であるが、一部の碑塔に修理が必要とされる。B15白糸の滝
現状では、滝つぼ周辺に売店があるなど景観面において課題が
ある。このため、富士宮市が中心となり保存管理計画の改訂お
よび整備計画の策定を行い、今後適切な整備がなされる予定で
ある。(3)眺望C1三保松原現状では1960~80年代に
進行した海岸浸食の影響からの回復を図るため、資産内及び周
辺にヘッドランドなどが仮設され、景観に影響を与えている。
また、松原においてもマツクイムシ(マツノザイセンチュウ)
による松枯れがみられるため、薬剤注入・散布による予防措置
及び植林、枯れた松の除去が実施されている。現在これらの対
策により、資産の現状を保ち、将来においてはより良好な保全
状態となることは確実である。また、保存管理計画についてが
静岡市がる改訂を行っている。管理団体である静岡市は、シロ
アリ防除・駆除・シロアリ被害状況調査、松くい虫防除、松林
の下草刈り、育苗、松苗定植等の保護及び充実対策を行ってい
る。また、地元自治体、三保名勝保存会等とも連携し、官民一
体となって保全充実を積極的に推進している。静岡市教育委員
会は、文化財を保護・育成する立場を堅持し、予想される開発
計画との適切な調整を図るため、文化庁及び静岡県教育委員会
と協議の上、『名勝「三保松原」保存管理計画書』及び『名勝
「三保松原」保存管理計画書解説』を平成元年4月15日に改
訂し(解説:平成4年10月29日一部改訂)、現状変更申請
等に対応している。名勝三保松原地内における文化財保護法以
外の法令・条例による規制は、静岡県立自然公園条例、静岡県
風致地区条例等がある。2保存管理の基本的な考え方資産全体
を適切に保存管理していくための方向性としては、まず、顕著
な普遍的価値を理解することが必要であるとともに、地域住民
及び行政など資産に直接的に関わる者がその知識を向上させ、
連携しつつ保護していくことが重要である。また

219 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:12:02 ID:
国立公園に指定された。1952年に文化財保護法の下に名勝、
ついで特別名勝に指定された。1969年に国が大沢崩れに対す
る砂防事業に着手(継続中)。1996年に国・県が台風による
森林の風倒被害に対する対策に着手(継続中)。文化財保護法の
下に他の文化財とともに史跡富士山として指定される予定。A6
.北口本宮冨士浅間神社説明富士山の遥拝所に祀られていた浅間
明神(富士山の荒ぶる神)を起源とし、1480年には「富士山
」の鳥居が建立され、16世紀半ばには浅間神社の社殿が整って
いたとされる。その後、1561年に現在の東宮本殿、1594
年に西宮本殿、1615年には本殿が建立された。富士講とのつ
ながりが強く、1730年代に富士講の指導者である村上光清の
寄進によって境内の建造物群の修復工事が行われ、現在にみる境
内の景観の礎が形成された。本殿は、一間社入母屋造・檜皮葺の
本殿に唐破風付向背をつけた形式で、正面と側面に挿肘木の腰組
をもって支える擬宝珠高欄付の切目縁をめぐらしている。東宮本
殿・西宮本殿はともに桧皮葺・一間社流造である。3本殿とも、
各部に漆塗り、極彩色をほどこし、彫刻・金具を配して、それぞ
れの時代の装飾的特色がよく表されている。北口本宮冨士浅間神
社の支配権は外川家、小佐野家などの吉田の御師に所属しており
、神社の管理も御師団の中から選ばれた者に委ねられていた。社
殿の背後には登山門があり、この神社を起点として富士山頂まで
吉田口登山道が伸びている。富士講や吉田御師と密接な関係を持
ちながら発展した神社である。法的保護、修理・整備の経緯19
07年に東宮本殿が古社寺保存法の下に特別保護建造物に指定さ
れた。1929年の国宝保存法制定に伴い、本殿は国宝とされた
。1950年の文化財保護法制定に伴い、東宮本殿は重要文化財
とされた。1953年に本殿及び西宮本殿が文化財保護法の下に
重要文化財に指定された。1952年に東宮本殿の解体修理工事
が行われた。1962~63年に西宮本殿の解体修理工事が行わ
れた。1973~74年に本殿、西宮本殿及び幣殿の部分修理工
事が行われた。1981~82年に東宮本殿の部分修理工事が行
われた。1997年に本殿の部分修理工事が行わ

220 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:15:23 ID:
o(・ω・´o)

221 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:17:01 ID:
、その維持又は活用を前提に取り扱うこととする。(オ)登山者
の指導や安全確保の役割を担う富士山衛生センター(富士宮登山
道8合目)については、景観との調和を図りつつ、適切に整備す
る。(カ)8合目以上の下山道、救急搬送・荷物搬送区域につい
ては、現状の維持に努める。②第2種保護地区この地区は、第1
種保護地区に隣接し密接に関わる区域とする。登山道においては
、現在登山道として実際に利用されている範囲のうち、山頂信仰
遺跡に含まれる8合目以上を除く範囲である。-99-また神社
においては、境内地における公園等社会的な活用が進む区域や古
絵図に描かれている区域、社叢と連続する森林等の区域である。
民有林や市民生活の中で活用される区域等を含むが、境内地とし
て史跡の構成要素の一部が存在し、また社叢等の森林が境内地や
登山道の景観及び周辺の風致を考える上で重要な地区であるため
、厳格な保存管理を行うこととする。この地区では、土地の形状
、土壌の性質、建築物・工作物に関して現状の維持に努め、き損
した場合には適切に復旧・整備する。特に建築物・工作物等の更
新等に当たり、遺構破壊及び景観阻害が発生しないよう厳しく規
制する。また、地面の掘削を伴う施設の更新にあたっては、必要
に応じて発掘調査等を実施し、遺構・遺物の適切な保存・整理を
行う。本質的価値を構成する要素ごとの考え方ア自然的要素とな
るもの(ア)木竹の伐採・植栽以外の行為については、第1種保
護地区と同様に厳しく規制する。対象となるのは、土地の形状・
土壌の性質を変更する行為、土壌・岩石の採取、植生に影響を与
える行為、植物の採取、動物の捕獲の行為などである。(イ)木
竹の伐採・植栽については、安全確保の措置、学術研究、森林施
業に関わるもの以外は規制する。イ歴史的要素となるもの(ア)
鳥居や祠等の工作物については、現状の維持に努める。(イ)登
山道については、現状維持に努め、き損した場合には適切に復旧
・整備する。(ウ)建築物・工作物等の復旧・整備に地面掘削を
伴う場合には、必要な範囲内に応じて発掘調査等を実施し、遺構
・遺物の適切な保存・整理を行う。ウ社会的要素となるもの(ア
)登山道の各山小屋については、第1種保護地区と

222 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:17:18 ID:
物として指定されている範囲は水面に限られており、私有地が隣接しているため、
周辺環境を含めた保全状態に課題がある。しかし、忍野村が景観計画を策定し、周
辺環境を含めた保全を行っている。また、水位が低下して、文化財指定当時の状態
を維持していない池があり、今後の調査によって原因の究明が求められる。忍野村
では、平成20年(2008年)に地下水資源保全対策基礎調査を実施している。
B12船津胎内樹型富士河口湖町により、日常的な維持管理が行われており、現時
点における保全状態は良好である。船津胎内樹型はその狭小な断面形状の特性から
、入洞の順路が設定されており、入洞口と出洞口が分化している。入洞口には無戸
室浅間神社の社殿(拝殿)が建てられており、神社と入洞口が一体化している。B
13吉田胎内樹型-92-富士吉田市及び冨士山北口御師団により、日常的な維持
管理が行われており、現時点における保全状況は良好である。内部の溶岩の盗掘や
人の進入による破壊を防ぐため吉田胎内本穴入口には、扉が設置され、施錠されて
いる。B14人穴富士講遺跡(人穴浅間神社)碑塔群はおおむね良好な状態である
が、一部の碑塔に修理が必要とされる。B15白糸の滝現状では、滝つぼ周辺に売
店があるなど景観面において課題がある。このため、富士宮市が中心となり保存管
理計画の改訂および整備計画の策定を行い、今後適切な整備がなされる予定である
。(3)眺望C1三保松原現状では1960~80年代に進行した海岸浸食の影響
からの回復を図るため、資産内及び周辺にヘッドランドなどが仮設され、景観に影
響を与えている。また、松原においてもマツクイムシ(マツノザイセンチュウ)に
よる松枯れがみられるため、薬剤注入・散布による予防措置及び植林、枯れた松の
除去が実施されている。現在これらの対策により、資産の現状を保ち、将来におい
てはより良好な保全状態となることは確実である。また、保存管理計画についてが
静岡市がる改訂を行っている。管理団体である静岡市は、シロアリ防除・駆除・シ
ロアリ被害状況調査、松くい虫防除、松林の下草刈り、育苗、松苗定

223 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:17:26 ID:
的価値に与える負の影響を考慮しつつ、その特質に応じた適切
な保存管理の考え方及び取扱の方針が必要となる。負の影響と
その対応の方法については、第6章に記載している。富士山の
構成資産については、文化財保護法の下、国指定文化財に指定
されている。これらの現状変更及び保存に影響を及ぼす行為(
以下、「現状変更」という。)については、同法の下に許可制
に基づき厳重に規制されている。なお、山体や富士五湖につい
ては文化財保護法により、確実な保存管理が行わ

224 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:18:24 ID:
護法の下に他の文化財とともに史跡富士山として指定される予定
。A7.西湖A8.精進湖A9.本栖湖説明富士山の火山活動に
よって形成された堰止湖である。富士山周辺の湖を巡って修行す
る内八海巡りが多くの富士講徒によって行われたが、長谷川角行
の水行からいつの時代も変わらず巡拝の対象として数えられたの
が、後述の山中湖及び河口湖とこの3湖である。また、景勝の地
でもあり、多くの芸術作品とゆかりが深い。12特に本栖湖は、
日本の紙幣の図柄として何度も使用された写真の撮影地点であり
、重要な展望地点(viewpoint)である。富士山は、プ
ロ・アマ問わず多くの写真家に愛され、撮影されてきた。なかで
も、生涯にわたり富士山を追い続けた岡田紅陽によって、193
5年に本栖湖北西岸の峠道から撮影された「湖畔の春」という写
真は有名である。この写真は、1984年に採用された五千円札
及び2004年に採用された千円札の図柄として使用された。山
体の裾野が湖まで広がり一体の景観を構成している本栖湖からの
展望は、「湖畔の春」に撮影された富士山とほぼ同じ姿のまま現
在も残している。法的保護、修理・整備の経緯文化財保護法の下
に名勝として指定される予定。B1.富士山本宮浅間大社説明社
記によれば806年に、富士山により近い遥拝所であった山宮浅
間神社から現在の地に移転されたことを起源とする神社で、古く
から富士山南麓地域の中心的神社であった。現在全国に約130
0社ある浅間神社の総本宮であり、広く信仰されている。創建当
初は遥拝のための施設であったが、15世紀ごろ登拝が盛んにな
るにつれて、富士山本宮浅間大社は村山浅間神社(興法寺)とと
もに大宮・村山口登山道の基点となり、宿坊が周辺に建設された
。登拝の拡大に伴い、富士山中での諸権利が構築されていく中で
、浅間大社は徳川家康(約150年間の戦乱期をおさめ統一政権
である江戸幕府を開いた人物)の庇護の下、1604年現在の「
浅間造り」と呼ばれる独特な構造を持った社殿が造営されるとと
もに、1609年山頂部の散銭取得における優先権を得た。これ
を基に浅間大社は山頂部の管理・支配を行うようになり、177
9年、幕府による裁判によりこの八合目以上の支

225 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:22:54 ID:
基づいて保存管理する。本質的価値を構成する諸要素と密接に関
わる要素ごとの考え方ア自然的要素となるもの第1種保護地区と
同じ考え方に基づいて保存管理する。対象となるのは、自然的要
素の維持に関し、危険防止及び安全管理のための工作物や計測機
器の設置、森林施業に係る行為、砂防工事、登山道(歩道)整備
等である。イ歴史的要素となるもの石碑等については、第1種保
護地区と同じ考え方に基づいて保存管理する。ウ社会的要素とな
るもの(ア)登山道における安全確保のために行う道路関連の工
作物の新設・更新については、周辺植生への影響、土壌の性質へ
の影響を精査し、景観との調和を図ることとする。(イ)登山者
向けの指導標の設置、危険防止及び安全管理のための工作物の設
置については、第1種保護地区と同じ考え方に基づくこととする
。(ウ)公園施設等における、建築物・工作物等の扱いについて
は、景観との調和を図りつつ、適切に維-100-持管理を行う
こととする。ウ周辺地区良好な自然景観が残される周辺区域現に
ある良好な景観を保全し、かつ良好な景観の形成に貢献するよう
、以下の方針に基づいて適切に保全を図ることが望ましい。ア建
築物・工作物の新設・更新については、眺望の著しい妨げになら
ない規模とし、また眺望に著しい支障を及ぼすものでないものと
する。イ建築物・工作物の新設・更新については、屋根及び壁面
の色彩並びに形態が指定地の景観と著しく不調和でないものとす
る。ウ建築物・工作物の撤去については、跡地の整地を適切に行
うこととする。エ登山道周辺の森林管理については、国有林野施
業実施計画に基づき適切に施業し、森林の適正な整備及び保全を
図る。開発の進んだ周辺区域ア富士山と一体となった良好な景観
や指定地の景観を阻害することのないよう、景観法や条例に基づ
く施策に沿って、周辺地域の景観の保全に努める。イ景観を阻害
している建築物・工作物等は、更新時に規模・形態・色彩・材質
等において改良し、周囲の景観の保全に努めることが望ましい。
③三保松原ア現状変更の制限文化財保護法に基づき、名勝「三保
松原」の海浜と松原の保護並びに景観の維持を図るため、特別規
制A地区、特別規制B地区、第1種規制地区、第2

226 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:23:20 ID:
定された文化財保護法周辺においても、自然公園法と森林法及
びその他所法令により確実な保存管理が行われている。-93
-しかし、特に信仰に関する建造物については、酸性雨などの
気候変動、大雨などの自然災害及び観光客増加によるき損など
の影響を受けることが想定される。したがって、これら負の影
響について、具体的な指標を用いて監視する必要がある。また
、これらは木造建造物であることから、部材の交換などによる
修理によって全体の枠組みを維持しつつ、顕著な普遍的価値が
損なわれることのないよう、適切に保存管理する必要がある。
(1)現状変更の制限についての考え方本来、文化財保護法は
文化財を保存し、かつ、その活用を図り、もって国民の文化的
向上に資することを目的としたものであり、文化財の保存が適
切になされることを原則としている。また、自然保護法は、優
れた風景地を保護するとともに、その利用の増進を図り、もっ
て国民の保健、休養及び教化にしすることを目的としたもので
あり、風致景観が適切に管理されるとともに適切な利用を促進
することを原則としている。しかしながら、一方ではそこを所
有し生活している住民が存在することも事実であり、住民生活
もまた尊重されなければならない。したがって構成資産の諸要
素の現状に変更が生じる場合には、構成資産の保存と住民生活
との調整を図りつつ、適切に行われる必要がある。そのため、
構成資産のうち特別名勝地だけでなく、史跡や遺跡、眺望地点
などは文化財保護法や自然公園法、景観法などにより保護措置
を講じる必要がある。世界遺産としての地区区分として、「文
化財保護法を基本に保存管理する地域(第1種保護地区)」及
び「自然公園法を基本に保存管理する地域(第2種保護地区)
」という2つの地域に区分し、それぞれ現状変更の取扱いを定
め、住民生活との調整を図りつつ構成資産の保存管理を行って
いる。その概要については以下に示すとおりである。(2)地
区区分についての考え方各構成資産における保護に関する基本
的な考え方としての地域区分並びに想定される現状変更等の行
為とその具体的取扱方針の概要は、以下に示すと

227 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:25:24 ID:
た。明治政府によりここは国有地とされたが、1974年の最高
裁判決に基づき、2004年浅間大社に譲渡(返還)された。浅
間大社境内には富士山の湧水を起源とする湧玉池がある。浅間大
社は、富士山の噴火を湧水によって鎮める考えや、富士山を聖な
る水源の山として崇める考え方から、豊富な湧水量(日平均14
万?)を持つ湧玉池のほとりに置かれたとする説が有力である。
なお湧玉池は、浅間大社内に所在する富士山の湧水を起源とする
池である。16世紀前後、湧玉池は浅間大社によ

228 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:29:22 ID:
第3種規制地区の5ヶ所の規制地区と規制基準を設定し、保存管
理の適正化を推進する。また、各規制地区における現状変更又は
保存に影響を及ぼす行為については原則として認めない。しかし
、軽微な現状変更については、文化財保護法第条の規定による許
可及びその取消並びにその停止命令に係る文化庁長官の権限に関
する事務を静岡市教育委員会が行う。イ保護の基本的な考え方名
勝三保松原の海浜と松原の保護並びに景観の維持を図るため、指
定地域を特別規制A地区、特別規制B地区、第1種規制地区、第
2種規制地区及び第3種規制地区の5規制地区に分けて、管理の
ための基本方針を定め、管理するものとする。・特別規制A地区
防潮堤外側の国有浜地の海浜地区。松原の景観保護のため、将来
にわたって海浜を保護し、自然景観の維持を図るものとする。・
特別規制B地区松原のすぐれた景観を保ち、価値の極めて高い地
区。将来にわたって松原を保護し、自然景観の維持を図るととも
に、その回復にも努めるものとする。・第1種規制地区特別規制
地区に次ぐ、優れた三保松原の景観を形成しており、自然景観の
維持を図っていく地区。地-101-域経済社会の振興と発展に
配慮するものとする。・第2種規制地区三保松原の景観を形成し
ており、自然景観の維持に努めなければならない地区。住民の生
活の場であることに配慮するものとする。・第3種規制地区三保
半島の内海側で、主なる松原景観から離れている地区。三保半島
先端部の景観維持の上で重要な地区であり、無秩序な開発は避け
るものとする。(3)指定地に関わる諸法令について指定地内は
、文化財保護法以外にも他の法令による規制を受け、景観及び森
林等の保全措置が講じられてきた。また、指定地の自然的特性に
基づく自然災害が、周辺地域にまで及ぶため、指定地の周辺地域
を含めた安全の確保に関する法令もある。そのため、次の表に特
別名勝としての保存管理の方法と各法令との関係について整理し
た。表他の法令との関係他の法令文化財保護法との関係景観の保
全に関わる法令自然公園法この法律の目的は優れた自然の風景地
を保護することにあり、特別名勝の指定地全域に係る適切な保存
管理の方法と調和するものである。森林法森林計画

229 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:29:36 ID:
(๑•﹏•)

230 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:29:46 ID:
についての考え方本来、文化財保護法は文化財を保存し、かつ、その活用を図り、
もって国民の文化的向上に資することを目的としたものであり、文化財の保存が適
切になされることを原則としている。また、自然保護法は、優れた風景地を保護す
るとともに、その利用の増進を図り、もって国民の保健、休養及び教化にしするこ
とを目的としたものであり、風致景観が適切に管理されるとともに適切な利用を促
進することを原則としている。しかしながら、一方ではそこを所有し生活している
住民が存在することも事実であり、住民生活もまた尊重されなければならない。し
たがって構成資産の諸要素の現状に変更が生じる場合には、構成資産の保存と住民
生活との調整を図りつつ、適切に行われる必要がある。そのため、構成資産のうち
特別名勝地だけでなく、史跡や遺跡、眺望地点などは文化財保護法や自然公園法、
景観法などにより保護措置を講じる必要がある。世界遺産としての地区区分として
、「文化財保護法を基本に保存管理する地域(第1種保護地区)」及び「自然公園
法を基本に保存管理する地域(第2種保護地区)」という2つの地域に区分し、そ
れぞれ現状変更の取扱いを定め、住民生活との調整を図りつつ構成資産の保存管理
を行っている。その概要については以下に示すとおりである。(2)地区区分につ
いての考え方各構成資産における保護に関する基本的な考え方としての地域区分並
びに想定される現状変更等の行為とその具体的取扱方針の概要は、以下に示すとお
りである。なお、構成資産ごとの詳細な情報は、個別の保存管理計画に示している
。図富士山地区区分図-94-表保存管理のための地区区分(富士山北側)第1種
保護地区第2種保護地区1-1地区1-2地区1-3地区1-4地区2-1地区2
-2地区2-3地区2-4地区特別名勝御中道下500m~頂上まで富士山有料道
路五合目終点施設習合区域以外富士山有料道路五合目終点施設習合区域A富士山(
富士山体)(御中道含む)天然記念物青木ヶ原樹海地区精進口登山道地区道路地区
大室山周辺概ね標高2000m以上富士山原始林及び青木ヶ原樹海周

231 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:29:47 ID:
なお、構成資産ごとの詳細な情報は、個別の保存管理計画に示
している。図富士山地区区分図-94-表保存管理のための地
区区分(富士山北側)第1種保護地区第2種保護地区1-1地
区1-2地区1-3地区1-4地区2-1地区2-2地区2-
3地区2-4地区特別名勝御中道下500m~頂上まで富士山
有料道路五合目終点施設習合区域以外富士山有料道路五合目終
点施設習合区域A富士山(富士山体)(御中道含む)天然記念
物青木ヶ原樹海地区精進口登山道地区道路地区大室山周辺概ね
標高2000m以上富士山原始林及び青木ヶ原樹海周辺富士五
湖周辺地域概ね1500m以上その他地域A1山頂信仰遺跡(
奥宮、お鉢巡り含む)八合目以上全域特別名勝一合目から御中
道下500m国有林諏訪の森地内登山道の起点から一合目まで
A5吉田口登山道史跡中ノ茶屋から山頂までの範囲建造物文化
財建造物の雨落までの敷地文化財建造物の雨落までの敷地以外
の敷地A6北口本宮冨士浅間神社史跡境内地全域A7西湖湖水
面周回道路内側、文化財指定範囲を除く周回道路内側、文化財
指定範囲を除くA8精進湖湖水面周回道路内側、文化財指定範
囲を除く周回道路内側、文化財指定範囲を除く-95-A9本
栖湖湖水面周回道路内側、文化財指定範囲を除く周回道路内側
、文化財指定範囲を除くB6河口浅間神社境内地全域建造物重
要文化財の軒下までの敷地中門、翼廊及び囲壁によって区画さ
れる範囲B7冨士御室浅間神社史跡境内地全域B8御師住宅文
化財建造物の雨落までの敷地文化財建造物の雨落までの敷地以
外の敷地B9山中湖湖水面周回道路内側、文化財指定範囲を除
く周回道路内側、文化財指定範囲を除くB10河口湖湖水面周
回道路内側、文化財指定範囲を除く周回道路内側、文化財指定
範囲を除くB11忍野八海湧水面B12船津胎内樹型洞内と開
口部天然記念物指定範囲の地表面指定範囲内の町道5107号
線の道路敷B13吉田胎内樹型吉田胎内本穴の洞内及び開口部
吉田胎内本穴の洞外及び地表面※地区区分は仮案・今後変更有
-96-表保存管理のための地区区分(富士山南側)第1種保
護地区第2種保護地区(周辺地区)A富士山山体

232 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:30:13 ID:
失敗~( ´-ω-)

233 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:32:10 ID:
める場と位置づけられたとされ、同時期の絵図や旅行記でその様
子が確認できる。この水垢離は1920~30年代まで行われた
。現在でも湧水を聖なる水として利用する人が多くいる。法的保
護、修理・整備の経緯1907年に本殿が古社寺保存法の下に特
別保護建造物に指定された。1923~26年に本殿・拝殿・楼
門等の補修が行われた。1929年の国宝保存法制定に伴い、本
殿は国宝とされた。1933~34年に楼門の修理を行った。1
936年に袖廊・廻廊を附した。1950年の文化財保護法制定
に伴い、本殿は重要文化財とされた。1951~52年、197
0年、1988年に本殿の屋根の修理等が行われた。1969~
70年に本殿の屋根の修理等が行われた。1987~88年に本
殿の屋根の修理等が行われた(部分補修)。2005年に本殿の
屋根の修理等が行われた。13文化財保護法の下に他の文化財と
ともに史跡富士山として指定される予定。B2.山宮浅間神社説
明富士山本宮浅間大社の社伝によれば、浅間大社の前身とされ、
拝殿・本殿等が位置すべき場所に石列でいくつかに区分された遥
拝所が設置されるのみという特異な形態は古代からの富士山祭祀
の形を止めていると推定されている。この遥拝所の主軸は富士山
方向を向いている。具体的な創建年代は不詳だが、発掘調査では
神事に使用されたと推定される12~15世紀の土器が出土し、
文献上では1551年にその存在が確認できる。また、遅くとも
1577年までには浅間大社との間で「山宮御神幸」といわれる
儀式が開始された。これは4月と11月に神の宿った鉾を持ち、
浅間大社と山宮浅間神社を往復する行事である。現時点では神が
4月に旧跡に戻るという解釈と、山にいる神が4月に田の神とし
て里へ降りるという解釈がある。この行事は1874年まで行わ
れていた。なお、「山宮御神幸」に使用される経路を御神幸道と
いう。道には1691年に置かれた距離を示す石碑が少なくとも
四箇所残っているが、正確な道筋は現在確認されていない。法的
保護、修理・整備の経緯1985年に富士宮市の史跡に指定され
る。文化財保護法の下に他の文化財とともに史跡富士山として指
定される予定。B3.村山浅間神社説明12世紀

234 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:33:43 ID:
(※╹ω╹※) これはどうかな

235 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:36:14 ID:
他の森林の基本事項を定めた法律であり、8合目以下における国
有林の森林管理・保全は特別名勝の保存管理の方法と調和するも
のである。鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律8合目以下
の国有林における鳥類又は哺乳類に属する野生動物の保護の観点
から、特別名勝の保存管理の方法と調和するものである。絶滅の
おそれのある野生動植物の種の保存に関する法律指

236 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:36:31 ID:
辺地域概ね1500m以上その他地域A1山頂信仰遺跡(奥宮、お鉢巡り含む)八
合目以上全域特別名勝一合目から御中道下500m国有林諏訪の森地内登山道の起
点から一合目までA5吉田口登山道史跡中ノ茶屋から山頂までの範囲建造物文化財
建造物の雨落までの敷地文化財建造物の雨落までの敷地以外の敷地A6北口本宮冨
士浅間神社史跡境内地全域A7西湖湖水面周回道路内側、文化財指定範囲を除く周
回道路内側、文化財指定範囲を除くA8精進湖湖水面周回道路内側、

237 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:36:39 ID:
域標高約2000m~約2300mの範囲緩衝地帯・保全管理
区域・演習場A1山頂信仰遺跡8合目以上全域─8合目未満A
2村山口登山道跡(登山道)・富士宮口八合目から山頂までの
山頂信仰遺跡に含まれる範囲・8号建物跡から12号建物跡ま
での範囲・横渡から7号建物跡までの範囲(遺構・建物跡)札
打場、中宮八幡堂跡、八大龍王、5号、8号、12号建物跡富
士宮口6合目から8合目までの範囲国有林A3須山口登山道(
登山道)・須山口(御殿場口)8合目から山頂までの山頂信仰
遺跡に含まれる範囲・須山胎内から幕岩上部までの範囲(遺構
)須山御胎内須山口(御殿場口)2合8勺から8合目までの範
囲国有林A4須走口登山道(登山道)須走口8合目から山頂ま
での山頂信仰遺跡に含まれる範囲(神社)古御岳神社、迎久須
志神社須走口5合目から8合目までの範囲国有林B1富士山本
宮浅間大社ふれあい広場と駐車場を除く境内地、神立山(社叢
?)神田川ふれあい広場、第2駐車場第1駐車場周辺市街地B
2山宮浅間神社籠屋から遥拝所までの境内地籠屋より下部の神
社境内地周辺住宅地、森林B3村山浅間神社六道坂以東の境内
地六道坂以西の境内地宿坊跡、見付跡周辺住宅地、森林-97
-B4須山浅間神社境内地全域境内地周辺の社叢周辺住宅地、
森林B5冨士浅間神社境内地全域─西側駐車場、周辺住宅街、
西側森林B14人穴富士講遺跡境内地全域、地下洞穴─森林B
15白糸ノ滝本体~滝つぼ、両岸の崖音止の滝市街化調整区域
C三保松原特別規制A地区及び特別規制B地区第1種規制地区
第2種規制地区第3種規制地区①第1種保護地区この地区は、
富士山の本質的価値を構成する宗教的な建造物、信仰の対象と
なった自然物等、史跡及び眺望地点として重要な要素を含む区
域とする。登山道においては、歴史上使用された登山道跡と断
定できる道跡、及び登山道跡に存在する石碑や建物跡等を含む
区域である。神社等においては、社殿・遺構・石碑等歴史的な
価値のある要素が存在し、指定地の中核を成す区域である。歴
史的に価値のある社殿・石碑・遺構等史跡として重要な要素が
存在し、指定地の中核部をなす地区であるため、

238 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:38:27 ID:
の修行僧末代の活動が創建の起源とされており、1868年の神
仏分離令までは神仏習合の宗教施設として興法寺(富士山興法寺
または村山興法寺)と呼ばれていた(資産範囲には浅間神社と寺
院である大日堂が含まれる)。富士山における修験道の中心地で
あり、14世紀初めには、その活動が組織化された。15~16
世紀には一般の道者の登拝も増加し、その様子が16世紀の制作
とされる「絹本著色富士曼荼羅図」に描かれている。1868年
、神仏分離令により浅間神社と大日堂は分離され、1906年の
登山道の変化にも伴い両者とも衰微した。ただし、修験者の活動
は1940年代まで継続された。また、村山の修験者の影響を受
けた地域では現在でもその宗教行事が継続されている。法的保護
、修理・整備の経緯2001年から2003年にかけて富士宮市
教育委員会により発掘を含む調査が行われた。文化財保護法の下
に他の文化財とともに史跡富士山として指定される予定。B4.
須山浅間神社説明須山口登山道の起点として遅くとも1524年
には存在していた神社である。1707年、宝永噴火により社殿
は登山道も含め大きな被害を受け、現在の社殿は1823年に再
建されたものである。神社は村山浅間神社(興法寺)の修験者と
も関わりを持ち、1940年頃まで境内で修行の一環としての祈
祷が行われていた。法的保護、修理・整備の経緯文化財保護法の
下に他の文化財とともに史跡富士山として指定される予定。14
B5.富士浅間神社(須走浅間神社)説明社伝では807年に社
殿を造営したとされ、須走口登山道の起点となった神社である。
16世紀には地元支配者(武田氏)の保護を受け、山頂部の散銭
取得権の一部を得ている。社殿は1707年の宝永噴火で崩壊し
1718年に再建された。この後もこの際の部材を使用し、20
09年の修理も含め何回かの修理がおこなわれている。神社には
富士講道者が多く立ち寄り、20世紀前半を中心に登拝回数の達
成(33回がひとつの区切り)等の記念碑を約80基造営した。
法的保護、修理・整備の経緯2006年に社殿が小山町の有形文
化財となる。2009年に本殿・参道の修理が行われた。文化財
保護法の下に他の文化財とともに史跡富士山とし

239 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:42:08 ID:
関わるが、希少野生動植物種等保護の観点から、特別名勝の保存
管理の方法と調和するものである。特定外来生物による生態系等
に係る被害の防止に関する法律この法律では、特定外来生物の施
設以外での繁殖・生育を禁止しており、指定地全域における在来
植生の維持の観点から、特別名勝の保存管理の方法と調和するも
のである。山梨県景観条例優れた景観の保全・創造を図ることを
目的にしており、大規模な工作物の新築・増改築等が規制されて
おり、包括的保存管理計画の方針と調和するものである。静岡県
森林と県民の共生に関する条例森林と県民が共生していくための
努力目標等を規定しており、特別名勝の保存管理の方法と調和す
るものである。山梨県環境基本条例静岡県環境基本条例自然と人
との共生を確保することを目指した理念等をまとめており、特別
名勝の保存管理の方法と調和するものである。-102-山梨県
屋外広告物条例静岡県屋外広告物条例登山道沿いに規制区域が定
められており、広告物のうち、著しく破損し老朽化しているもの
、倒壊又は落下のおそれがあるもの、信号機・道路標識等に類似
するものなどを規制している。安全確保を図ると伴に、優れた景
観の保全にも資するものであり、特別名勝の保存管理の方法と調
和するものでもある。指定地及び周辺地域の安全の確保に関する
法令砂防法大沢崩れ源頭部下方における国の直轄砂防地に関し、
砂防事業を推進し、潤井川流域等の安全確保を図っており、特別
名勝地の地形の維持にとって必要とされる事業を含んでいる。土
砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律
南・西斜面に規制地区が広がる。指定地内の沢地形等における土
砂災害を防止し、安全確保を図っている。以上のことを踏まえ、
特別名勝富士山を適切に保存管理する上で、現状変更等の取扱い
に係る共通事項を次のとおり定める。①必要最小限の内容であり
、富士山の保存管理上支障をきたすものでないものとする。②自
然公園法・森林法など関係する各法令との調整を図るものとする
。③原則として、外来生物による生態系等に対する被害の防止を
図るものとする。④建築物は、その外観(形態・材料・色彩)が
周囲の景観と調和したものとする。⑤屋外広告物等

240 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:42:25 ID:
囲を除く周回道路内側、文化財指定範囲を除く-95-A9本栖湖湖水面周回道路
内側、文化財指定範囲を除く周回道路内側、文化財指定範囲を除くB6河口浅間神
社境内地全域建造物重要文化財の軒下までの敷地中門、翼廊及び囲壁によって区画
される範囲B7冨士御室浅間神社史跡境内地全域B8御師住宅文化財建造物の雨落
までの敷地文化財建造物の雨落までの敷地以外の敷地B9山中湖湖水面周回道路内
側、文化財指定範囲を除く周回道路内側、文化財指定範囲を除くB10河口湖湖水
面周回道路内側、文化財指定範囲を除く周回道路内側、文化財指定範囲を除くB1
1忍野八海湧水面B12船津胎内樹型洞内と開口部天然記念物指定範囲の地表面指
定範囲内の町道5107号線の道路敷B13吉田胎内樹型吉田胎内本穴の洞内及び
開口部吉田胎内本穴の洞外及び地表面※地区区分は仮案・今後変更有-96-表保
存管理のための地区区分(富士山南側)第1種保護地区第2種保護地区(周辺地区
)A富士山山体8合目以上全域標高約2000m~約2300mの範囲緩衝地帯・
保全管理区域・演習場A1山頂信仰遺跡8合目以上全域─8合目未満A2村山口登
山道跡(登山道)・富士宮口八合目から山頂までの山頂信仰遺跡に含まれる範囲・
8号建物跡から12号建物跡までの範囲・横渡から7号建物跡までの範囲(遺構・
建物跡)札打場、中宮八幡堂跡、八大龍王、5号、8号、12号建物跡富士宮口6
合目から8合目までの範囲国有林A3須山口登山道(登山道)・須山口(御殿場口
)8合目から山頂までの山頂信仰遺跡に含まれる範囲・須山胎内から幕岩上部まで
の範囲(遺構)須山御胎内須山口(御殿場口)2合8勺から8合目までの範囲国有
林A4須走口登山道(登山道)須走口8合目から山頂までの山頂信仰遺跡に含まれ
る範囲(神社)古御岳神社、迎久須志神社須走口5合目から8合目までの範囲国有
林B1富士山本宮浅間大社ふれあい広場と駐車場を除く境内地、神立山(社叢?)
神田川ふれあい広場、第2駐車場第1駐車場周辺市街地B2山宮浅間神社籠屋から
遥拝所までの境内地籠屋より下部の神社境内地周辺住宅地、森林B3

241 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:42:33 ID:
存管理を行う。そのため、本地区では、土地の形状、建築物・
工作物に関し現状の維持に努め、それらがき損した場合には適
切に復旧・整備する。また、建築物・工作物等の更新等につい
ても、遺構破壊及び景観阻害を防ぐため厳しく規制する。また
、地面掘削を伴う場合には、必要に応じて発掘調査等を実施す
るなど、遺構・遺物の適切な保存・整備に努めることとする。
本質的価値を構成する要素ごとの考え方ア自然的要素となるも
の(ア)土地の形状・土壌の性質を変える行為、

242 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:44:57 ID:
゛v(^_^ v)=どーもどーも=(v ^_^)v゛

243 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:45:44 ID:
定。B6.河口浅間神社説明古くから富士山に関わる祭祀は南麓
の浅間神社が執り行っていたが、864~866年に北麓で起こ
った噴火を契機に、北麓にも浅間神社が建てられることとなった
。それが、富士山を望む河口湖の北岸にあり、溶岩の届かなかっ
た河口浅間神社である可能性が高い。浅間神社を中心とした河口
の地は、甲府盆地から続く官道の宿駅という役割に加え、富士登
拝が大衆化した中世後半から御師集落として発展を遂げた。しか
し、江戸における富士講の大流行と、それに伴う吉田御師の隆盛
により、河口の御師集落としての機能は、19世紀以降衰退して
しまった。ただし、河口浅間神社は、現在も富士山と密接に結び
ついた宗教行事を行っており、歴史的背景と相俟って、富士山信
仰を語る上で欠かすことのできない資産である。法的保護、修理
・整備の経緯文化財保護法の下に他の文化財とともに史跡富士山
として指定される予定。B7.冨士御室浅間神社説明冨士御室浅
間神社は、8世紀初めに吉田口登山道二合目に祭場をしつらえた
のが最初とされ、富士山中に祀られた最初の神社であるとする文
献もある。富士修験の信仰拠点は南西の村山であるが、北面の二
合目、御室浅間神社が鎮座する御室の地にも山内の信仰拠点とし
て役行者堂が整備されたようである。山中という厳しい条件の下
に所在するためたびたび破損し、1189、1275、1475
、1525年と加修され、1564には地元領主による大修理が
行われている。現在の本殿は1612年建立と認められ、その後
も1698年、1867年に修復が行われていた。1973-7
4年には里宮の地にそのままの形で移設された。里宮は、二合目
の本宮(もとみや)が冬季の参拝に苦渋するために河口湖畔に建
てられたとされる。修験や登拝といった様々な富士信仰の拠点と
して位置づけられる二合目の本宮と、土地の産土神としての里宮
が一体となって機能してきた神社である。法的保護、修理・整備
の経緯1973~74年に吉田口登山道二合目にあった本殿が里
宮の地に移築された。151985年に移築された二合目本殿が
文化財保護法の下に重要文化財に指定された。文化財保護法の下
に他の文化財とともに史跡富士山として指定され

244 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:47:59 ID:
その形態・材料・色彩が周囲の景観と調和したものとする。⑥砂
防事業等の安全確保の措置に関しては、景観との調和にも十分配
慮しつつ進めるものとする。⑦8合目以上の区域における現状変
更等については、静岡県と山梨県の県境が確定していないため、
「県境未確定地(8合目以上)に係る事務処理の取扱い基準(関
係法令編に掲載)」に従い、事務処理を行うものとする。3具体
的な施策資産全体に関する保存管理計画の具体的な行動計画につ
いては、「現状変更の制限」が挙げられる。なお、その他の施策
については付章の事業計画一覧表に示している。『史跡富士山』
保存管理計画では、上表において、それぞれの保存管理の方法に
沿った、各地区の現状変更等の取扱基準を次のとおり定めている
。図第1種、第2種区分図(1)第1種保護地区①建築物の新築
・増築・改築及び除却ア建築物の新築・増築は、原則として許可
しない。ただし、次の各項については、個々の事案ごとに検討す
るものとする。(ア)かつて歴史的要素として存在しながら滅失
し現存しないものの復元整備または改変されてしまったものの原
状回復。-103-(イ)宗教活動に必要不可欠で、伝統的工法
・建築様式を用い景観に配慮したものの新築・増築。イ社殿等の
歴史的建築物の改築、又は災害によりき損・滅失した場合の復旧
・復元については、規模・形態・工法・色彩・材質等において、
現状を維持するものとする。ウ山小屋等既存の社会的建築物の改
築については、用途、構造、規模等を著しく変更せず、遺構等の
保存と景観の保全に努める。②工作物の設置・改修・除却ア工作
物の設置に関しては、周囲の景観にそぐわないものを許可しない
。景観を阻害する既存の工作物は、除却するか更新時に形状・色
彩・規模において改良し、周囲の景観の保全に努める。なお、工
作物については、以下の5種類に分類し、その取扱を以下のとお
りとする。(ア)鳥居や碑塔などの宗教的工作物a鳥居や碑塔な
どについては、規模・形態・色彩・材質等に関し現状を維持し、
新規の設置は許可しない。b老朽化に伴う改修や安全確保を図る
目的で強度等を向上させる場合には、現状の形態・色彩を踏襲す
るとともに、周囲の景観にも調和したものとするよ

245 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:48:16 ID:
六道坂以東の境内地六道坂以西の境内地宿坊跡、見付跡周辺住宅地、森林-97-
B4須山浅間神社境内地全域境内地周辺の社叢周辺住宅地、森林B5冨士浅間神社
境内地全域─西側駐車場、周辺住宅街、西側森林B14人穴富士講遺跡境内地全域
、地下洞穴─森林B15白糸ノ滝本体~滝つぼ、両岸の崖音止の滝市街化調整区域
C三保松原特別規制A地区及び特別規制B地区第1種規制地区第2種規制地区第3
種規制地区①第1種保護地区この地区は、富士山の本質的価値を構成する宗教的な
建造物、信仰の対象となった自然物等、史跡及び眺望地点として重要な要素を含む
区域とする。登山道においては、歴史上使用された登山道跡と断定できる道跡、及
び登山道跡に存在する石碑や建物跡等を含む区域である。神社等においては、社殿
・遺構・石碑等歴史的な価値のある要素が存在し、指定地の中核を成す区域である
。歴史的に価値のある社殿・石碑・遺構等史跡として重要な要素が存在し、指定地
の中核部をなす地区であるため、特に厳格な保存管理を行う。そのため、本地区で
は、土地の形状、建築物・工作物に関し現状の維持に努め、それらがき損した場合
には適切に復旧・整備する。また、建築物・工作物等の更新等についても、遺構破
壊及び景観阻害を防ぐため厳しく規制する。また、地面掘削を伴う場合には、必要
に応じて発掘調査等を実施するなど、遺構・遺物の適切な保存・整備に努めること
とする。本質的価値を構成する要素ごとの考え方ア自然的要素となるもの(ア)土
地の形状・土壌の性質を変える行為、及び植生に影響を与える行為については、安
全確保の措置及び学術研究を目的とするもの以外は厳しく規制する。(イ)土壌・
岩石の採取については、安全確保の措置及び学術研究を目的とするもの以外は厳し
く規制する。(ウ)湧水や御神木、札打場等宗教的な意義が付与された自然物につ
いては、現状維持に努め、き損した場合には適切に復旧・整備する。(エ)境内地
・社叢内の植物の採取、動物の捕獲、木竹の伐採・植栽については、景観の保全に
関わるもの、安全確保の措置及び学術研究を目的とするもの以外は厳

246 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:48:25 ID:
響を与える行為については、安全確保の措置及び学術研究を目
的とするもの以外は厳しく規制する。(イ)土壌・岩石の採取
については、安全確保の措置及び学術研究を目的とするもの以
外は厳しく規制する。(ウ)湧水や御神木、札打場等宗教的な
意義が付与された自然物については、現状維持に努め、き損し
た場合には適切に復旧・整備する。(エ)境内地・社叢内の植
物の採取、動物の捕獲、木竹の伐採・植栽については、景観の
保全に関わるもの、安全確保の措置及び学術研究を目的とする
もの以外は厳しく規制する。イ歴史的要素となるもの(ア)社
殿等の建築物や鳥居・石碑等の工作物、遺構等については、現
状維持に努め、き損した場合には適切に復旧・整備する。(イ
)お鉢巡り、登山道については現状維持に努め、き損した場合
には適切に復旧・整備する。(ウ)建築物・工作物等の復旧・
整備に地面掘削を伴う場合には、必要に応じて発掘調査等を実
施し、遺構・遺物の適切な保存・整理に努める。-98-ウ社
会的要素となるもの(ア)山小屋等の建築物、橋等の工作物に
ついては、現状の規模の維持に努める。また、景観を現に阻害
しているものについては、除却するか更新時に改良を行い、景
観との調和に十分配慮することとする。(イ)安全確保等に関
わる地形の形質変更、建築物及び工作物の設置に当たっては、
景観との調和に十分配慮する。本質的価値を構成する諸要素と
密接に関わる要素ごとの考え方ア自然的要素となるもの(ア)
土地の形状・土壌の性質を変える行為、及び植生に影響を与え
る行為については、安全確保の措置及び学術研究を目的とする
もの以外は厳しく規制する。(イ)土壌・岩石の採取について
は、安全確保の措置及び学術研究を目的とするもの以外は厳し
く規制する。(ウ)歴史的な意義を持つ自然物については、現
状維持に努め、き損した場合には適切に復旧・整備する。(エ
)植物の採取、木竹の伐採・植栽については、景観の保全に関
わるもの、安全確保の措置及び学術研究を目的とするもの、森
林施業に関わるもの以外は厳しく規制する。イ歴史的要素とな
るもの(ア)境内社・末社等の建築物や鳥居・石

247 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:52:45 ID:
御師住宅説明御師は、道者に宿や食事を始め登拝のための一切の
世話をするとともに、登拝の指導や祈祷を行うことを業とした。
富士山御師として代表的なのは、吉田口登山道の起点である北口
本宮冨士浅間神社の北西に、北東方向の傾斜面に沿って大規模な
集落を形成した吉田の御師である。御師屋敷の多くは短冊状をな
し、表通りに面して引き込み路を設け、敷地を流

248 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:54:27 ID:
顕彰碑等については現状の維持とし、新規の設置を許可しない。
(イ)文化財の活用に資する工作物照明設備、文化財等の説明板
・地図等の案内板等については、規模・形態・色彩・材質等に関
し、周囲の景観に調和するものとする。(ウ)登山道の整備に必
要な工作物a安全確保を目的とする道路関連の工作物については
、周囲の景観に馴染む形態・色彩とする。b危険防止及び安全管
理のための工作物については、安全確保の機能を前提として、周
囲の景観に馴染んだ形態・色彩とする。c指導標、屋外広告物等
については、富士山標識関係者連絡協議会が策定する「富士山に
おける標識類総合ガイドライン(仮称)」に沿ったものとする。
(エ)学術研究を目的として設置する工作物計測機器類について
は、規模・形態・色彩・材質等において、景観を阻害しないもの
とする。(オ)その他の工作物期限を限って設置する仮設の工作
物については、周囲の景観に馴染んだ形態・色彩とする。イ既存
の工作物において、史跡としての本質的価値を有しないものまた
は史跡の保存・活用に資するものでないものについては、老朽化
または耐用年数経過等の時点をもって、除却する。③土地の形状
・土壌の性質の変更、土壌・岩石の採取ア土地の形状・土壌の性
質を変更する行為、土壌・岩石の採取は許可しない。ただし、安
全確保及び学術研究を目的とするものついては、この限りでない
。イ地面の掘削を伴う復旧・更新・整備に当たっては、必要に応
じて発掘調査等を実施し、その成果を十分踏まえて遺構・遺物の
保存・整備を行う。④動植物の捕獲・採取、木竹の伐採・植栽ア
動植物の捕獲・採取は許可しない。ただし、安全確保の措置及び
学術研究に基づくものについては、この限りでない。イ木竹の伐
採・植栽については許可しない。ただし、次の各項に該当するも
のについては、この限りでない。(ア)景観の保全に関わるもの
(イ)病害虫木の伐採及び危険木の伐採等の森林管理及び安全管
理に関わるもの。(ウ)崩壊地に対する植栽。ただし、(ウ)に
ついては、原則として周辺の在来植生と調和した植物とする。⑤
登山道・道路等の新設・維持現状の維持に努め、新設は許可しな
い。復旧・整備を行う場合には、景観との調和に努

249 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:54:45 ID:
。イ歴史的要素となるもの(ア)社殿等の建築物や鳥居・石碑等の工作物、遺構等
については、現状維持に努め、き損した場合には適切に復旧・整備する。(イ)お
鉢巡り、登山道については現状維持に努め、き損した場合には適切に復旧・整備す
る。(ウ)建築物・工作物等の復旧・整備に地面掘削を伴う場合には、必要に応じ
て発掘調査等を実施し、遺構・遺物の適切な保存・整理に努める。-98-ウ社会
的要素となるもの(ア)山小屋等の建築物、橋等の工作物については、現状の規模
の維持に努める。また、景観を現に阻害しているものについては、除却するか更新
時に改良を行い、景観との調和に十分配慮することとする。(イ)安全確保等に関
わる地形の形質変更、建築物及び工作物の設置に当たっては、景観との調和に十分
配慮する。本質的価値を構成する諸要素と密接に関わる要素ごとの考え方ア自然的
要素となるもの(ア)土地の形状・土壌の性質を変える行為、及び植生に影響を与
える行為については、安全確保の措置及び学術研究を目的とするもの以外は厳しく
規制する。(イ)土壌・岩石の採取については、安全確保の措置及び学術研究を目
的とするもの以外は厳しく規制する。(ウ)歴史的な意義を持つ自然物については
、現状維持に努め、き損した場合には適切に復旧・整備する。(エ)植物の採取、
木竹の伐採・植栽については、景観の保全に関わるもの、安全確保の措置及び学術
研究を目的とするもの、森林施業に関わるもの以外は厳しく規制する。イ歴史的要
素となるもの(ア)境内社・末社等の建築物や鳥居・石碑等の工作物については、
現状維持に努め、き損した場合には適切に復旧・整備する。(イ)建築物・工作物
等の復旧・整備に地面掘削を伴う場合には、必要に応じて発掘調査等を実施し、遺
構・遺物の適切な保存・整理に努める。ウ社会的要素となるもの(ア)社務所、公
会堂等の建築物、案内板等の工作物については、現状の規模の維持に努める。また
、景観を阻害しているものについては、除却するか更新時に改良を行い、景観との
調和に十分配慮する。(イ)安全確保等に関わる地形の形質変更、危

250 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:55:14 ID:
('旦') ホホウ

251 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 14:59:03 ID:
住宅兼宿坊の建物が建っている。玄関から奥へ客室が続き、最奥
部には神殿が設けられている。1768年に建てられ最古の部類
に数えられる旧外川家住宅や、格式的な構えが確立した頃に建て
られ富士講最盛期の御師住宅の典型例とされる小佐野家住宅が代
表的である。1861年に新築された小佐野家住宅同様、富士講
の流行に伴い増加する宿泊者に対応するため、旧外川家住宅では
1860年代に離座敷が増築された。法的保護、修理・整備の経
緯1976年に小佐野家住宅が文化財保護法の下に重要文化財に
指定された。1979年に小佐野家住宅の屋根の修理等が行われ
た。1996~98年に小佐野家住宅の腐敗修理等が行われた。
旧外川家住宅が文化財保護法の下に重要文化財に指定される予定
。B9.山中湖B10.河口湖説明富士山の火山活動によって形
成された堰止湖である。富士山周辺の湖を巡って修行する内八海
巡りが多くの富士講徒によって行われたが、長谷川角行の水行か
らいつの時代も変わらず巡拝の対象として数えられたのが前述の
3つの湖とこの山中湖及び河口湖である。この巡礼行為について
、具体的に湖沼のどこで修行や巡礼が執り行われたか、またどの
ルートを辿って各湖を巡ったかは、定まっていなかった(少なく
とも、明らかになっていない)ものの、人々の信仰心を駆り立て
た湖沼の水そのものを核心として、周辺地域も含めた範囲が文化
財とされている。また、景勝の地でもあり、多くの芸術作品とゆ
かりが深い。法的保護、修理・整備の経緯文化財保護法の下に名
勝として指定される予定。B11.忍野八海説明富士山の伏流水
による八つの湧水地で、それぞれに八大竜王を祀る富士信仰に関
わる巡拝地であった。富士登山を目指す行者たちはこの水で穢れ
を祓った。長谷川角行が行った富士八海修行になぞらえ「富士御
手洗(みてらし)元八湖」と唱えられた古跡の霊場と伝えられ、
1843年に富士講道者によって再興されたとされる。法的保護
、修理・整備の経緯1934年に史蹟名勝天然紀念物保存法の下
に天然紀念物に指定された。16B12.船津胎内樹型説明16
17年長谷川角行が富士登拝の際、北麓に洞穴(船津胎内樹型指
定範囲内に点在する小規模な溶岩樹型のひとつと

252 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 15:00:54 ID:
改設については、災害復旧または公益上必要と認められる場合に
限り認めるものとする。ただし、安全確保の措置及び国有林野施
業実施計画に基づくもの、その他公益上必要と認められるものに
ついては、この限りでない。(2)第2種保護地区①建築物の新
築・増築・改築ア建築物の新築・増築は、原則として許可しない
。ただし、次の各項についてはこの限りでない。(ア)宗教活動
に必要不可欠で、伝統的工法・建築様式を用い景観に配慮したも
のの新・増・改築(イ)学術研究、防災、その他の

253 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 15:01:12 ID:
全管理のための工作物の設置に当たっては、景観との調和に十分配慮する。(ウ)
指導標の設置については富士山標識関係者連絡協議会が策定する「富士山における
標識類総合ガイドライン(仮称)」に沿ったものとする。(エ)測候所等について
は、富士山独特の自然を生かして設置された意義を持つ施設であることから、その
維持又は活用を前提に取り扱うこととする。(オ)登山者の指導や安全確保の役割
を担う富士山衛生センター(富士宮登山道8合目)については、景観

254 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 15:01:20 ID:
応じて発掘調査等を実施し、遺構・遺物の適切な保存・整理を
行う。本質的価値を構成する要素ごとの考え方ア自然的要素と
なるもの(ア)木竹の伐採・植栽以外の行為については、第1
種保護地区と同様に厳しく規制する。対象となるのは、土地の
形状・土壌の性質を変更する行為、土壌・岩石の採取、植生に
影響を与える行為、植物の採取、動物の捕獲の行為などである
。(イ)木竹の伐採・植栽については、安全確保の措置、学術
研究、森林施業に関わるもの以外は規制する。イ歴史的要素と
なるもの(ア)鳥居や祠等の工作物については、現状の維持に
努める。(イ)登山道については、現状維持に努め、き損した
場合には適切に復旧・整備する。(ウ)建築物・工作物等の復
旧・整備に地面掘削を伴う場合には、必要な範囲内に応じて発
掘調査等を実施し、遺構・遺物の適切な保存・整理を行う。ウ
社会的要素となるもの(ア)登山道の各山小屋については、第
1種保護地区と同じ考え方に基づいて保存管理する。本質的価
値を構成する諸要素と密接に関わる要素ごとの考え方ア自然的
要素となるもの第1種保護地区と同じ考え方に基づいて保存管
理する。対象となるのは、自然的要素の維持に関し、危険防止
及び安全管理のための工作物や計測機器の設置、森林施業に係
る行為、砂防工事、登山道(歩道)整備等である。イ歴史的要
素となるもの石碑等については、第1種保護地区と同じ考え方
に基づいて保存管理する。ウ社会的要素となるもの(ア)登山
道における安全確保のために行う道路関連の工作物の新設・更
新については、周辺植生への影響、土壌の性質への影響を精査
し、景観との調和を図ることとする。(イ)登山者向けの指導
標の設置、危険防止及び安全管理のための工作物の設置につい
ては、第1種保護地区と同じ考え方に基づくこととする。(ウ
)公園施設等における、建築物・工作物等の扱いについては、
景観との調和を図りつつ、適切に維-100-持管理を行うこ
ととする。ウ周辺地区良好な自然景観が残される周辺区域現に
ある良好な景観を保全し、かつ良好な景観の形成に貢献するよ
う、以下の方針に基づいて適切に保全を図ること

255 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 15:04:58 ID:
(´ー`)σ

256 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 15:05:35 ID:
発見し、浅間明神を祀った。1673年には富士講道者によって
現船津胎内樹型が発見され、浅間明神が遷宮された。富士登拝の
際に、樹型に入って身を清める風習があり、洞穴内外の地形空間
に宗教的な意義付けが行われるとともに、奥には富士講にとって
の富士山の祭神である木花開耶姫などが祀られている。法的保護
、修理・整備の経緯1929年に史蹟名勝天然紀念物保存法の下
に天然紀念物に指定された。B13.吉田胎内樹型説明1892
年に富士道者によって整備された「お胎内」である。富士講講徒
は、昼までに御師の家に着き、夕方まで胎内巡りをし、翌朝富士
山に登山した。本穴については、古くから冨士山北口御師団が管
理している。法的保護、修理・整備の経緯1929年に史蹟名勝
天然紀念物保存法の下に天然紀念物に指定された。B14.人穴
富士講遺跡説明富士講の開祖長谷川(藤原)角行が修行したとさ
れる溶岩洞窟の人穴と富士講信者による約230基の碑塔群が残
る遺跡である。「吾妻鏡」では人穴探検の様子が描かれ、「浅間
大菩薩の御在所」とみられていたとされている。この内容は遅く
とも1603年までに、浅間大菩薩の霊験譚として説話化され、
その存在が広く知られていた。富士講関連の文書によれば人穴は
16世紀から17世紀にかけ、長谷川角行が修行により浅間大菩
薩(富士講では仙元大日神とする)の啓示を得た場であり、入滅
した場だとしている。また、角行は人穴を「浄土(浄土門)」と
述べ、これらの結果人穴には熱心な富士講信者が参詣し、修行を
行う者も見られた。また、信者は人穴への分骨埋葬などを望み、
墓碑、供養碑、記念碑などを建立した。1942年付近が軍用地
となり、人穴の浅間神社や周辺の住民は一時移転した。1954
年神社は現在地に復興されたが、冨士講自体が衰退したことで参
詣者はみられるものの1964年以降碑塔の建設は行われていな
い。法的保護、修理・整備の経緯1999年に富士宮市の史跡と
なる。文化財保護法の下に他の文化財とともに史跡富士山として
指定される予定。B15.白糸ノ滝説明富士山の湧水を起源とす
る数百の流れを持つ滝である。滝の名前は湧水(日平均15~1
6万?)の噴出が数百条の白糸が垂れているよう

257 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 15:07:52 ID:
認められるもので、当該地区以外ではその目的を達成することが
できないと認められるものの新・増・改築。(ウ)安全確保上必
要最小限の新・増・改築イ前述の(ア)から(ウ)の場合におけ
る外観意匠は、和風仕様を原則に以下のとおりとし、細部につい
てはその都度検討する。勾配屋根とし、材料に自然素材を用いる
か、色彩及び形態が既存の建築物または周囲の景観になじむもの
とする。屋根材料に自然素材を用いるか、色彩及び形態が既存の
建築物または周囲の景観になじむものとする。壁面ウトイレ等既
存の社会的建築物の改築については、用途、構造、規模等を著し
く変更せず、遺構等の保存と景観に配慮するものとする。②工作
物の設置・改修・除却ア工作物の設置に関しては、周囲の景観に
そぐわないものを許可しない。景観を阻害する既存の工作物は、
除却するか更新時に形状・色彩・規模において改良し、周囲の景
観の保全に努める。なお、工作物については、以下の5種類に分
類し、その取扱を以下のとおりとする。(ア)鳥居や碑塔などの
宗教的工作物a鳥居や碑塔などについては、規模・形態・色彩・
材質等に関し現状を維持する。b老朽化に伴う改修や安全確保を
図る目的で強度等を向上させる場合には、現状の形態・色彩を踏
襲するとともに、周囲の景観にも調和したものとするよう努める
。-104--105-(イ)文化財の活用に資する工作物照明
設備、文化財等の説明板・地図等の案内板等については、規模・
形態・色彩・材質等に関し、周囲の景観に調和するものとする。
(ウ)登山道等の整備に必要な工作物a安全確保を目的とする道
路関連の工作物については、周囲の景観に馴染む形態・色彩とす
る。b危険防止及び安全管理のための工作物については、安全確
保の機能を前提として、周囲の景観に馴染んだ形態・色彩とする
。c指導標、屋外広告物については、富士山標識関係者連絡協議
会が策定する「富士山における標識類総合ガイドライン(仮称)
」に沿ったものとする。(エ)学術研究を目的として設置する工
作物計測機器類については、規模・形態・色彩・材質等において
、景観を阻害しないものとする。(オ)その他の工作物公園施設
等における建築物・工作物、期限を限って設置する

258 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 15:08:09 ID:
りつつ、適切に整備する。(カ)8合目以上の下山道、救急搬送・荷物搬送区域に
ついては、現状の維持に努める。②第2種保護地区この地区は、第1種保護地区に
隣接し密接に関わる区域とする。登山道においては、現在登山道として実際に利用
されている範囲のうち、山頂信仰遺跡に含まれる8合目以上を除く範囲である。-
99-また神社においては、境内地における公園等社会的な活用が進む区域や古絵
図に描かれている区域、社叢と連続する森林等の区域である。民有林や市民生活の
中で活用される区域等を含むが、境内地として史跡の構成要素の一部が存在し、ま
た社叢等の森林が境内地や登山道の景観及び周辺の風致を考える上で重要な地区で
あるため、厳格な保存管理を行うこととする。この地区では、土地の形状、土壌の
性質、建築物・工作物に関して現状の維持に努め、き損した場合には適切に復旧・
整備する。特に建築物・工作物等の更新等に当たり、遺構破壊及び景観阻害が発生
しないよう厳しく規制する。また、地面の掘削を伴う施設の更新にあたっては、必
要に応じて発掘調査等を実施し、遺構・遺物の適切な保存・整理を行う。本質的価
値を構成する要素ごとの考え方ア自然的要素となるもの(ア)木竹の伐採・植栽以
外の行為については、第1種保護地区と同様に厳しく規制する。対象となるのは、
土地の形状・土壌の性質を変更する行為、土壌・岩石の採取、植生に影響を与える
行為、植物の採取、動物の捕獲の行為などである。(イ)木竹の伐採・植栽につい
ては、安全確保の措置、学術研究、森林施業に関わるもの以外は規制する。イ歴史
的要素となるもの(ア)鳥居や祠等の工作物については、現状の維持に努める。(
イ)登山道については、現状維持に努め、き損した場合には適切に復旧・整備する
。(ウ)建築物・工作物等の復旧・整備に地面掘削を伴う場合には、必要な範囲内
に応じて発掘調査等を実施し、遺構・遺物の適切な保存・整理を行う。ウ社会的要
素となるもの(ア)登山道の各山小屋については、第1種保護地区と同じ考え方に
基づいて保存管理する。本質的価値を構成する諸要素と密接に関わる

259 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 15:08:17 ID:
ア建築物・工作物の新設・更新については、眺望の著しい妨げ
にならない規模とし、また眺望に著しい支障を及ぼすものでな
いものとする。イ建築物・工作物の新設・更新については、屋
根及び壁面の色彩並びに形態が指定地の景観と著しく不調和で
ないものとする。ウ建築物・工作物の撤去については、跡地の
整地を適切に行うこととする。エ登山道周辺の森林管理につい
ては、国有林野施業実施計画に基づき適切に施業し、森林の適
正な整備及び保全を図る。開発の進んだ周辺区域

260 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 15:09:12 ID:
勢い800 Σ(=∇=ノノ!!

261 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 15:12:05 ID:
その起源とする。17白糸ノ滝は富士講関連の文書によれば長谷
川角行が人穴での修行と合わせて水行を行った地とされ、富士講
を中心とした人々の巡礼・修行の場となった。また、景勝地とし
ても有名であり、和歌・絵画の題材にもなっている。法的保護、
修理・整備の経緯1936年に史蹟名勝天然紀念物保存法の下に
名勝及び天然紀念物に指定された。C.三保松原説明三保松原は
、万葉集以降和歌の題材となり、謡曲「羽衣」の舞台となった。
15~16世紀以降富士山を描く際の典型的な構図に含まれる景
勝地として数多く描かれ、歌川広重等の作品をはじめ海外にも広
く知られている(又は海外に影響を与えた)芸術作品の視点場、
又は舞台となった場所のひとつである。法的保護、修理・整備の
経緯1922年に史蹟名勝天然紀念物保存法の下に名勝に指定さ
れた。18b)歴史と発展山容の形成富士山の原型は、40~1
0万年前、周辺の火山とともに活動をはじめ、先小御岳火山が形
成された。その後これを覆うように標高約2500mの小御岳火
山が形成された。さらに約10万年前、そのふもとに古富士火山
が誕生し、爆発的噴火、火山礫・火山灰の噴出、山体崩壊を繰り
返し、小御岳火山をほぼ山体に納める形で3000mを超える火
山に成長した。約1万年前には大量の溶岩を噴出する形で現在の
富士山(新富士火山)が成長を始め、古富士山を覆いつくし、約
5600~3500年前に現在の規模となった。繰り返された溶
岩の流出によって何層にもわたる溶岩層が形成され、その先端部
には山体への降水を起源とする湧水が各溶岩層の隙間より湧出す
る形で各所に形成された。富士山北麓においてはこれらの湧水や
降水が北側の山地との間の低地にたまり、湖や湿地が形成された
。また、溶岩層の中には数多くの風穴、溶岩樹型が形成された。
山頂からの噴火は2200年前の噴火を最後に起こっていないが
、歴史時代になっても北西~南東方向に連なる側火山からの噴火
を続け、1200年前から後には少なくとも800~802年、
864~866年、937年、999年、1033年、1083
年、1435~1436年、1511年、1707年の九つの時
期の噴火が確認されている。神々しい山容と「鎮

262 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 15:14:25 ID:
については、周囲の景観に馴染んだ形態・色彩とする。イ土地の
形状・土壌の性質の変更、土壌・岩石の採取第1種保護地区と同
様の取扱基準とする。ウ動植物の捕獲・採取、木竹の伐採・植栽
(ア)動植物の捕獲・採取については、第1種保護地区と同様の
取扱基準とする。(イ)木竹の伐採については許可しない。ただ
し、次の各項に関するものはこの限りでない。・病害虫木の伐採
及び危険木の伐採等森林管理及び安全管理に関わるもの。・国有
林野施業実施計画に基づくもの。(ウ)植栽については、原則と
して周辺の在来植生と調和した植物とする。エ登山道・道路等の
新設・維持第1種保護地区と同様の取扱基準とする。(3)三保
松原静岡市教育委員会は、文化財を保護・育成する立場を堅持し
、予想される開発計画との適切な調整を図るため、文化庁及び静
岡県教育委員会と協議の上、『名勝「三保松原」保存管理計画書
』及び『名勝「三保松原」保存管理計画書解説』を平成元年4月
15日に改訂し(解説:平成4年10月29日一部改訂)、現状
変更申請等に対応している。名勝三保松原地内における文化財保
護法以外の法令・条例による規制は、静岡県立自然公園条例、静
岡県風致地区条例等がある。さらに、指定地域を特別規制A地区
、特別規制B地区、第1種規制地区、第2種規制地区及び第3種
規制地区の5規制地区に分け、管理のための基本方針を定め、管
理している。また、『三保松原保存管理計画書』には、取扱基準
に関する解説が下記のとおり明示されている。詳細は『三保松原
保存管理計画書』を参照。①人命の安全を確保するためのもの-
106-②海岸保全上必要なもので、景観等に著しい影響を与え
ないもの。③既存の飛行場の各設備の整備④都市公園としての整
備⑤学校、体育施設等の25mを越えない照明及び旗柱類⑥松の
生立木に対する管理団体との協議⑦伐採に伴う植栽協力図5規制
地区区分図なお、現状変更については、下表の基準を適用する。
表地区施策内容特別規制A地区特別規制B地区(1)本地区に係
る現状変更等のうち、次のア又はイに該当するものを対象とする
。ア階数が2以下で、かつ、地階を有しない木造又は鉄骨造の建
築物であって、建築面積(増築又は改築にあっては

263 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 15:14:42 ID:
え方ア自然的要素となるもの第1種保護地区と同じ考え方に基づいて保存管理する
。対象となるのは、自然的要素の維持に関し、危険防止及び安全管理のための工作
物や計測機器の設置、森林施業に係る行為、砂防工事、登山道(歩道)整備等であ
る。イ歴史的要素となるもの石碑等については、第1種保護地区と同じ考え方に基
づいて保存管理する。ウ社会的要素となるもの(ア)登山道における安全確保のた
めに行う道路関連の工作物の新設・更新については、周辺植生への影響、土壌の性
質への影響を精査し、景観との調和を図ることとする。(イ)登山者向けの指導標
の設置、危険防止及び安全管理のための工作物の設置については、第1種保護地区
と同じ考え方に基づくこととする。(ウ)公園施設等における、建築物・工作物等
の扱いについては、景観との調和を図りつつ、適切に維-100-持管理を行うこ
ととする。ウ周辺地区良好な自然景観が残される周辺区域現にある良好な景観を保
全し、かつ良好な景観の形成に貢献するよう、以下の方針に基づいて適切に保全を
図ることが望ましい。ア建築物・工作物の新設・更新については、眺望の著しい妨
げにならない規模とし、また眺望に著しい支障を及ぼすものでないものとする。イ
建築物・工作物の新設・更新については、屋根及び壁面の色彩並びに形態が指定地
の景観と著しく不調和でないものとする。ウ建築物・工作物の撤去については、跡
地の整地を適切に行うこととする。エ登山道周辺の森林管理については、国有林野
施業実施計画に基づき適切に施業し、森林の適正な整備及び保全を図る。開発の進
んだ周辺区域ア富士山と一体となった良好な景観や指定地の景観を阻害することの
ないよう、景観法や条例に基づく施策に沿って、周辺地域の景観の保全に努める。
イ景観を阻害している建築物・工作物等は、更新時に規模・形態・色彩・材質等に
おいて改良し、周囲の景観の保全に努めることが望ましい。③三保松原ア現状変更
の制限文化財保護法に基づき、名勝「三保松原」の海浜と松原の保護並びに景観の
維持を図るため、特別規制A地区、特別規制B地区、第1種規制地区

264 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 15:14:50 ID:
体となった良好な景観や指定地の景観を阻害することのないよ
う、景観法や条例に基づく施策に沿って、周辺地域の景観の保
全に努める。イ景観を阻害している建築物・工作物等は、更新
時に規模・形態・色彩・材質等において改良し、周囲の景観の
保全に努めることが望ましい。③三保松原ア現状変更の制限文
化財保護法に基づき、名勝「三保松原」の海浜と松原の保護並
びに景観の維持を図るため、特別規制A地区、特別規制B地区
、第1種規制地区、第2種規制地区、第3種規制地区の5ヶ所
の規制地区と規制基準を設定し、保存管理の適正化を推進する
。また、各規制地区における現状変更又は保存に影響を及ぼす
行為については原則として認めない。しかし、軽微な現状変更
については、文化財保護法第条の規定による許可及びその取消
並びにその停止命令に係る文化庁長官の権限に関する事務を静
岡市教育委員会が行う。イ保護の基本的な考え方名勝三保松原
の海浜と松原の保護並びに景観の維持を図るため、指定地域を
特別規制A地区、特別規制B地区、第1種規制地区、第2種規
制地区及び第3種規制地区の5規制地区に分けて、管理のため
の基本方針を定め、管理するものとする。・特別規制A地区防
潮堤外側の国有浜地の海浜地区。松原の景観保護のため、将来
にわたって海浜を保護し、自然景観の維持を図るものとする。
・特別規制B地区松原のすぐれた景観を保ち、価値の極めて高
い地区。将来にわたって松原を保護し、自然景観の維持を図る
とともに、その回復にも努めるものとする。・第1種規制地区
特別規制地区に次ぐ、優れた三保松原の景観を形成しており、
自然景観の維持を図っていく地区。地-101-域経済社会の
振興と発展に配慮するものとする。・第2種規制地区三保松原
の景観を形成しており、自然景観の維持に努めなければならな
い地区。住民の生活の場であることに配慮するものとする。・
第3種規制地区三保半島の内海側で、主なる松原景観から離れ
ている地区。三保半島先端部の景観維持の上で重要な地区であ
り、無秩序な開発は避けるものとする。(3)指定地に関わる
諸法令について指定地内は、文化財保護法以外に

265 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 15:18:11 ID:
噴火や溶岩の流出を繰り返す富士山は恐ろしくかつ神秘的な山と
考えられたために、古くから遥拝の対象であったが、日本におけ
る古代国家の統治システムがほぼ整った8世紀後半以降は、繰り
返す噴火を鎮めるため、富士山そのものあるいは富士山に鎮座す
る神を浅間神として祀るようにもなり、各地に遥拝所としての浅
間神社が建立され、国家の宗教政策の一端に位置づけられるよう
になった。また、富士山の神々しく秀麗な姿と周辺の自然環境が
芸術の対象とされるようになり、日本最古の歌集

266 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 15:20:20 ID:
築後の建築面積)が120㎡を超え1,000㎡以下のもので3
月以内の期限を限って設置されるものの新築、増築又は除却イ道
路の設置、改修又は除却(当該道路の設置期間が1年以内のもの
に限る)(2)(1)の現状変更等についての許可の基準は、次
のとおりとする。ア(1)のアについては、当該建築物が公共性
の高いもの又は広く一般の利用に供されるものであって、景観等
に著しい影響を与えず、かつ、その設置期間終了後に原状に復さ
れることが確実な場合でなければ、原則として認めない。イ(1
)のイについては、当該道路が海岸保全のために必要な工事に伴
って設置されるものであって、その設置期間終了後に原状に復さ
れることが確実な場合でなければ、原則として認めない。第1種
規制地区(1)本地区に係る現状変更等については、その全部を
対象とする。(2)(1)の現状変更等についての許可の基準は
、次のとおりとする。本地区における次のアからカまでのいずれ
かに該当する現状変更等については、原則として認めない。ア高
さが17mを超える工作物(学校施設、体育施設その他の教育又
は文化に関する施設における照明灯、旗柱その他これに類するも
の(以下「施設内照明灯等」という。)にあっては、その高さが
25mを越えるもの)イ高さが17m以下の工作物の増築又は改
築であって、増築又は改築後の工作物の高さが17m(施設内照
明灯等にあっては、25m)を超える場合ウ高さが17mを超え
る工作物の増築又は改築であって、増築又は改築後の工作物の高
さが増築又は改築前のもの(施設内照明灯等にあっては、25m
)を超える場合エ規模、形態、意匠又は色彩が景観を損なうおそ
れがあると認められる工作物の新築、増築、改築又は除却オ環境
を損なうおそれがあると認められる塵芥、汚泥、産業廃棄物その
他こ-107-れに類するものの投棄又は埋立てカ松の生立木の
枝打ち又は伐採(所有者及び管理団体による同意のある場合を除
く。)第2種規制地区(1)本地区内の現状変更等については、
その全部を対象とする。(2)(1)の現状変更等についての許
可の基準は、次のとおりとする。本地区における次のアからカま
でのいずれかに該当する現状変更等については、原

267 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 15:20:38 ID:
地区、第3種規制地区の5ヶ所の規制地区と規制基準を設定し、保存管理の適正化
を推進する。また、各規制地区における現状変更又は保存に影響を及ぼす行為につ
いては原則として認めない。しかし、軽微な現状変更については、文化財保護法第
条の規定による許可及びその取消並びにその停止命令に係る文化庁長官の権限に関
する事務を静岡市教育委員会が行う。イ保護の基本的な考え方名勝三保松原の海浜
と松原の保護並びに景観の維持を図るため、指定地域を特別規制A地区、特別規制
B地区、第1種規制地区、第2種規制地区及び第3種規制地区の5規制地区に分け
て、管理のための基本方針を定め、管理するものとする。・特別規制A地区防潮堤
外側の国有浜地の海浜地区。松原の景観保護のため、将来にわたって海浜を保護し
、自然景観の維持を図るものとする。・特別規制B地区松原のすぐれた景観を保ち
、価値の極めて高い地区。将来にわたって松原を保護し、自然景観の維持を図ると
ともに、その回復にも努めるものとする。・第1種規制地区特別規制地区に次ぐ、
優れた三保松原の景観を形成しており、自然景観の維持を図っていく地区。地-1
01-域経済社会の振興と発展に配慮するものとする。・第2種規制地区三保松原
の景観を形成しており、自然景観の維持に努めなければならない地区。住民の生活
の場であることに配慮するものとする。・第3種規制地区三保半島の内海側で、主
なる松原景観から離れている地区。三保半島先端部の景観維持の上で重要な地区で
あり、無秩序な開発は避けるものとする。(3)指定地に関わる諸法令について指
定地内は、文化財保護法以外にも他の法令による規制を受け、景観及び森林等の保
全措置が講じられてきた。また、指定地の自然的特性に基づく自然災害が、周辺地
域にまで及ぶため、指定地の周辺地域を含めた安全の確保に関する法令もある。そ
のため、次の表に特別名勝としての保存管理の方法と各法令との関係について整理
した。表他の法令との関係他の法令文化財保護法との関係景観の保全に関わる法令
自然公園法この法律の目的は優れた自然の風景地を保護することにあ

268 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 15:20:45 ID:
よる規制を受け、景観及び森林等の保全措置が講じられてきた
。また、指定地の自然的特性に基づく自然災害が、周辺地域に
まで及ぶため、指定地の周辺地域を含めた安全の確保に関する
法令もある。そのため、次の表に特別名勝としての保存管理の
方法と各法令との関係について整理した。表他の法令との関係
他の法令文化財保護法との関係景観の保全に関わる法令自然公
園法この法律の目的は優れた自然の風景地を保護することにあ
り、特別名勝の指定地全域に係る適切な保存管理の方法と調和
するものである。森林法森林計画・保安林その他の森林の基本
事項を定めた法律であり、8合目以下における国有林の森林管
理・保全は特別名勝の保存管理の方法と調和するものである。
鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律8合目以下の国有林
における鳥類又は哺乳類に属する野生動物の保護の観点から、
特別名勝の保存管理の方法と調和するものである。絶滅のおそ
れのある野生動植物の種の保存に関する法律指定地の全域に関
わるが、希少野生動植物種等保護の観点から、特別名勝の保存
管理の方法と調和するものである。特定外来生物による生態系
等に係る被害の防止に関する法律この法律では、特定外来生物
の施設以外での繁殖・生育を禁止しており、指定地全域におけ
る在来植生の維持の観点から、特別名勝の保存管理の方法と調
和するものである。山梨県景観条例優れた景観の保全・創造を
図ることを目的にしており、大規模な工作物の新築・増改築等
が規制されており、包括的保存管理計画の方針と調和するもの
である。静岡県森林と県民の共生に関する条例森林と県民が共
生していくための努力目標等を規定しており、特別名勝の保存
管理の方法と調和するものである。山梨県環境基本条例静岡県
環境基本条例自然と人との共生を確保することを目指した理念
等をまとめており、特別名勝の保存管理の方法と調和するもの
である。-102-山梨県屋外広告物条例静岡県屋外広告物条
例登山道沿いに規制区域が定められており、広告物のうち、著
しく破損し老朽化しているもの、倒壊又は落下のおそれがある
もの、信号機・道路標識等に類似するものなどを

269 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 15:24:29 ID:
』(8世紀半ば)や日本最古の物語とされる『竹取物語』(9世
紀後半)をはじめとして、数多くの和歌・物語など文学の題材と
なったほか、現存最古となる『聖徳太子絵伝』(11世紀制作)
をはじめ、数多くの絵画作品の題材として取り上げられるように
なった(表参照)。特に12世紀後半以降、日本の政治的中心が
京都から鎌倉に移動し、この二つの都市を結び富士山南麓を通る
街道の交通量が増加したことで、富士山の情報は多くの人に記録
され、広く知られるようになった。修験道―日本古来の山岳信仰
と外来宗教の習合―また、12世紀頃より噴火活動が沈静化した
ことで富士山は日本古来の山岳信仰と密教・道教(神仙思想)が
習合した「修験道」の道場ともなり、修験者が山中に分け入り、
霊力を獲得するために修行する山へと変化していった。当時一般
的であった神仏習合思想(本地垂迹説)により、山頂部は仏の世
界(又は仏が神の形となって現れる場所)として認識され、山頂
部に至ることが重要な意味を持つようになった。この結果15~
16世紀には登拝する山として一般に広く知られ、修験者に引率
された武家・庶民等による信仰登山が盛んになった。登山口の設
置はいずれも室町時代のことで、14世紀から15世紀後半に開
かれたとされている。このころには参詣の道者のための宿坊もで
き始め、大勢の登山者が登るための設備が整い始めた。登拝の大
衆化―富士講―17世紀前半、約150年にわたる日本国内での
戦乱状態が終了し、江戸幕府の下で治安が安定し経19済的な発
展もあってより多くの人が富士山を目指すようになった。このよ
うな中で18世紀後半、16世紀に富士山体や周辺の風穴などで
修行し、宗教的覚醒を得た長谷川角行から始まったとされる富士
信仰が江戸(現在の東京)を中心に「富士講」と呼ばれる信仰集
団を形成して大いに盛んになり、より多くの人々が登拝するよう
になった。富士講や他の登拝者(合わせて「道者」という。)は
原則として固定的・継続的関係を持った「御師(宿坊を経営する
神職)」の家や宿坊に宿泊し、祈祷や宗教的指導を受け、湧水で
水垢離をとり、浅間神社に参拝した後、頂上を目指した。登山道
には茶屋や山小屋が建てられ、多くの登拝者の活

270 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 15:27:09 ID:
ない。ア高さが21mを超える工作物(施設内照明灯等にあって
はその高さが25mを超えるもの)の新築イ高さが21m以下の
工作物の増築又は改築であって、増築又は改築後の工作物の高さ
が21m(施設内照明灯等にあっては、25m)を超える場合ウ
高さが21mを越える工作物の増築又は改築であって、増築又は
改築後の工作物の高さが増築又は改築前のもの(施

271 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 15:27:30 ID:
の指定地全域に係る適切な保存管理の方法と調和するものである。森林法森林計画
・保安林その他の森林の基本事項を定めた法律であり、8合目以下における国有林
の森林管理・保全は特別名勝の保存管理の方法と調和するものである。鳥獣の保護
及び狩猟の適正化に関する法律8合目以下の国有林における鳥類又は哺乳類に属す
る野生動物の保護の観点から、特別名勝の保存管理の方法と調和するものである。
絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律指定地の全域

272 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 15:27:34 ID:
。安全確保を図ると伴に、優れた景観の保全にも資するもので
あり、特別名勝の保存管理の方法と調和するものでもある。指
定地及び周辺地域の安全の確保に関する法令砂防法大沢崩れ源
頭部下方における国の直轄砂防地に関し、砂防事業を推進し、
潤井川流域等の安全確保を図っており、特別名勝地の地形の維
持にとって必要とされる事業を含んでいる。土砂災害警戒区域
等における土砂災害防止対策の推進に関する法律南・西斜面に
規制地区が広がる。指定地内の沢地形等における土砂災害を防
止し、安全確保を図っている。以上のことを踏まえ、特別名勝
富士山を適切に保存管理する上で、現状変更等の取扱いに係る
共通事項を次のとおり定める。①必要最小限の内容であり、富
士山の保存管理上支障をきたすものでないものとする。②自然
公園法・森林法など関係する各法令との調整を図るものとする
。③原則として、外来生物による生態系等に対する被害の防止
を図るものとする。④建築物は、その外観(形態・材料・色彩
)が周囲の景観と調和したものとする。⑤屋外広告物等の工作
物は、その形態・材料・色彩が周囲の景観と調和したものとす
る。⑥砂防事業等の安全確保の措置に関しては、景観との調和
にも十分配慮しつつ進めるものとする。⑦8合目以上の区域に
おける現状変更等については、静岡県と山梨県の県境が確定し
ていないため、「県境未確定地(8合目以上)に係る事務処理
の取扱い基準(関係法令編に掲載)」に従い、事務処理を行う
ものとする。3具体的な施策資産全体に関する保存管理計画の
具体的な行動計画については、「現状変更の制限」が挙げられ
る。なお、その他の施策については付章の事業計画一覧表に示
している。『史跡富士山』保存管理計画では、上表において、
それぞれの保存管理の方法に沿った、各地区の現状変更等の取
扱基準を次のとおり定めている。図第1種、第2種区分図(1
)第1種保護地区①建築物の新築・増築・改築及び除却ア建築
物の新築・増築は、原則として許可しない。ただし、次の各項
については、個々の事案ごとに検討するものとする。(ア)か
つて歴史的要素として存在しながら滅失し現存し

273 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 15:31:20 ID:
が体系的に整備されたのもこの頃である。また、富士講において
は長谷川角行ら指導者の言動にならって周辺の風穴や湖沼・滝な
ども修行の地とされ、ここにおいて富士山と周辺の宗教施設・霊
地・巡礼地は庶民の信仰の場として定着し、山の結界が開放され
る二ヶ月間に年平均1万~2万人の人々が信仰を目的とした登山
を行うようになった。芸術作品の多様化とジャポニスム芸術面に
おいても、とりわけ江戸時代(17~19世紀半ば)には、文学
、絵画、工芸、庭園等のモチーフとして多岐にわたって取り上げ
られ、三保松原と富士山を描いた絵画など多様な表現が追究され
るようになった。(表参照)特に、葛飾北斎の「冨嶽三十六景」
に代表される浮世絵の数々は、西洋の画家たちに文化的衝撃を与
えた。19世紀後半には「ジャポニスム」という芸術上の画期的
な転機を惹き起こし、印象派の作品に影響を与えるとともに、そ
の富士山を含んだ構図は海外において日本のイメージの一つとさ
れてきたのである。日本を訪れた外国人が富士山からインスピレ
ーションを得て記述した紀行文の中でも、富士山のアイコン的側
面を綴ったものが多い。近世以前も富士山は日本一有名な山であ
ったが、19世紀後半の開国によって日本が近代国家としての体
制を整えるにつれて、日本を代表する山から日本を象徴する山へ
と変貌した。廃仏毀釈と登山の利便性向上19世紀半ばより、明
治政府を中心に行われた日本の近代化・西欧化政策は富士山にも
影響を与えた。政府が神仏分離や修験道禁止の方針を打ち出した
ことや、これを契機に発生した廃仏毀釈の運動により、仏教的施
設は神道系の施設に再編されたが、1872年の(信仰の山にお
ける)女人禁制解禁の影響もあり富士山への登拝は継続ないし拡
大した。19世紀末以降の鉄道・自動車道の開通も、登山者の利
便性を格段に向上させた。南麓へは1889年に東海道線が開通
し、北麓へは1900年前後に馬車鉄道と中央線が開通したこと
によって、東京からの登山がさらに活発になった。自動車道とし
ては、1929年に北口本宮冨士浅間神社から馬返(標高145
0m)まで自動車専用道路が開削され、1937年には大型バス
による輸送も始まった。第二次大戦以降、日本の

274 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 15:33:04 ID:
にあっては、25m)を超える場合エ規模、形態、意匠又は色彩
が景観を損なうおそれがあると認められる工作物の新築、増築、
改築又は除却オ環境を損なうおそれがあると認められる塵芥、汚
泥、産業廃棄物その他これに類するものの投棄又は埋立てカ松の
生立木の枝打ち又は伐採(所有者及び管理団体による同意のある
場合を除く。)第3種規制地区(1)本地区内の現状変更等につ
いては、その全部を対象とする。(2)(1)の現状変更等につ
いての許可の基準は、次のとおりとする。本地区における次のア
からウまでのいずれかに該当する現状変更等については、原則と
して認めない。ア規模、形態、意匠又は色彩が景観を損なうおそ
れがあると認められる工作物の新築、増築、改築又は除却イ環境
を損なうおそれがあると認められる塵芥、汚泥、産業廃棄物その
他これに類するものの投棄又は埋立てウ松の生立木の枝打ち又は
伐採(所有者及び管理団体による同意のある場合を除く。)-1
08-第5章緩衝地帯の保存管理本章では、富士山の世界文化遺
産としての価値を将来にわたり適切に保存・管理するために緩衝
地帯を設け、その施策について記述する。富士山の効果的かつ確
実な保存管理を行うためには、地元関係者の協力・助言が不可欠
であることから、関係自治体・地域住民・観光関係者・神社関係
者で構成する「山梨県保存管理計画策定協力者会議」(第1章表
)を平成年月に、「静岡県保存管理計画協力者部会」(第1章表
)を平成年月にそれぞれ設置した。協力者部会の委員それぞれの
立場から、富士山を良好な状態で守っていくための課題や、今後
検討する必要があると考えられる事項等を幅広く提案している。
1現状の把握現在、富士山の緩衝地帯においては、自然公園法、
森林法、都市計画法及び山梨県、静岡県の各関係市町村が定める
条例、計画の下に、資産の周辺環境について万全な保護措置がと
られている。緩衝地帯の範囲については、行政界・自然地形・道
路等の明確な境界などを考慮しつつ、資産の保護に必要不可欠な
範囲を設定した。現在、緩衝地帯において構成資産の顕著な普遍
的価値を著しく低下させるような開発は計画されていないが、今
後計画、実施されるおそれも想定しなければならな

275 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 15:33:22 ID:
希少野生動植物種等保護の観点から、特別名勝の保存管理の方法と調和するもので
ある。特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律この法律では、
特定外来生物の施設以外での繁殖・生育を禁止しており、指定地全域における在来
植生の維持の観点から、特別名勝の保存管理の方法と調和するものである。山梨県
景観条例優れた景観の保全・創造を図ることを目的にしており、大規模な工作物の
新築・増改築等が規制されており、包括的保存管理計画の方針と調和するものであ
る。静岡県森林と県民の共生に関する条例森林と県民が共生していくための努力目
標等を規定しており、特別名勝の保存管理の方法と調和するものである。山梨県環
境基本条例静岡県環境基本条例自然と人との共生を確保することを目指した理念等
をまとめており、特別名勝の保存管理の方法と調和するものである。-102-山
梨県屋外広告物条例静岡県屋外広告物条例登山道沿いに規制区域が定められており
、広告物のうち、著しく破損し老朽化しているもの、倒壊又は落下のおそれがある
もの、信号機・道路標識等に類似するものなどを規制している。安全確保を図ると
伴に、優れた景観の保全にも資するものであり、特別名勝の保存管理の方法と調和
するものでもある。指定地及び周辺地域の安全の確保に関する法令砂防法大沢崩れ
源頭部下方における国の直轄砂防地に関し、砂防事業を推進し、潤井川流域等の安
全確保を図っており、特別名勝地の地形の維持にとって必要とされる事業を含んで
いる。土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律南・西斜
面に規制地区が広がる。指定地内の沢地形等における土砂災害を防止し、安全確保
を図っている。以上のことを踏まえ、特別名勝富士山を適切に保存管理する上で、
現状変更等の取扱いに係る共通事項を次のとおり定める。①必要最小限の内容であ
り、富士山の保存管理上支障をきたすものでないものとする。②自然公園法・森林
法など関係する各法令との調整を図るものとする。③原則として、外来生物による
生態系等に対する被害の防止を図るものとする。④建築物は、その外

276 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 15:33:30 ID:
元整備または改変されてしまったものの原状回復。-103-
(イ)宗教活動に必要不可欠で、伝統的工法・建築様式を用い
景観に配慮したものの新築・増築。イ社殿等の歴史的建築物の
改築、又は災害によりき損・滅失した場合の復旧・復元につい
ては、規模・形態・工法・色彩・材質等において、現状を維持
するものとする。ウ山小屋等既存の社会的建築物の改築につい
ては、用途、構造、規模等を著しく変更せず、遺構等の保存と
景観の保全に努める。②工作物の設置・改修・除

277 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 15:38:36 ID:
況の変化により、富士山への登山は信仰を中心としたものから、
富士山への憧れを主な動機とするものに変化した。また、196
4年に中腹までの自動車道として、北麓の富士山スバルラインが
、1970年に南麓の富士山スカイラインが開通し、これ以降、
中腹(標高2300~2400m)を起点とした登山が主流にな
った。この結果富士山への登山者は急増し、年平均20万~30
万人に達するに至った(2007年からはさらに増加し年間35
万~43万人)。これらの登山者の行動様式の中には富士山への
信仰の核心が受け継がれており、加えて、現代的な富士山信仰の
形態として、静岡県の柿田川のように、新たに富士山との関わり
が明らかになったことが、環境保護活動の活性化につながった例
などがある。最近の保全の歴史20富士山体は文化財としては、
1924年に史蹟名勝天然紀念物保存法により、山麓の幅広い地
域が名勝に仮指定された。これとほぼ同じ範囲は、1936年に
自然公園法により国立公園の一部として指定され、現在も保全の
対象となっている。さらに、第二次世界大戦後の1952年には
、新たに文化財保護法によって、御中道以下500mより上及び
一部の登山道などが名勝として(同年、特別名勝として)指定さ
れ、1966年には指定区域を拡大した。山梨県は1978年(
のち、1999年及び2006年に改定)、静岡県は2006年
に「特別名勝富士山」の保存管理計画を策定し、適切な保存と活
用を図っている。周辺の浅間神社や御師住宅の近代以前の修理や
保存の状況は2bで述べたところだが、それらを含めた富士山に
関わる記念工作物・建造物群・遺跡は、1907年以降、古社寺
保存法(1897年~1929年)、(国宝保存法(1929年
~1950年))、史蹟名勝天然紀念物保存法(1919年~1
950年)、文化財保護法(1950年~現在)により、名勝、
特別天然記念物又は天然記念物、重要文化財、史跡等として指定
され、文化財ごとに保存管理計画が策定されており、それぞれの
価値が最もよく表れる時代の状態が保たれるように細心の注意が
払われている。、また、周辺に位置する個々の文化財は、「包括
的保存管理計画」によって、富士山体も含めた統

278 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 15:39:27 ID:
然環境についても同様である。構成資産の所在地域における自然
災害については、台風・大雨・地震・洪水・噴火などが想定され
、それぞれについて綿密な防災対策が講じられている。保全管理
区域については、各々の構成資産間の関係を良好に保ち、富士山
の景観の一体性・連続性を保証するために、緩衝地帯を含め広く
設定した。設定については、富士山を周辺から展望した際、資産
範囲を含め良好な景観を形成する範囲を基準としている。図緩衝
地帯全体図以下にそれぞれの現状を記す。(1)富士山山体及び
登山道A富士山(御中道含む)標高約1,500m以上は構成資
産内に含まれている。A1山頂信仰遺跡(御鉢巡り含む)標高約
1,500m以上は構成資産内に含まれている。A2大宮・村山
口登山道標高約1,500m以上は構成資産内に含まれている。
A3須山口登山道標高約1,500m以上は構成資産内に含まれ
ている。A4須走口登山道標高約1,500m以上は構成資産内
に含まれている。標高約1,500m~800mにおいては、保
全管理区域として保護されている。A5吉田口登山道全体が緩衝
地帯で保護されている。A6北口本宮冨士浅間神社A7西湖A8
精進湖A9本栖湖(2)信仰B1富士山本宮浅間大社B2山宮浅
間神社B3村山浅間神社B4須山浅間神社B5冨士浅間神社全体
が緩衝地帯で保護されB6河口浅間神社ている。B7冨士御室浅
間神社B8御師住宅B9山中湖B10河口湖B11忍野八海B1
2船津胎内樹型B13吉田胎内樹型B14人穴富士講遺跡(人穴
浅間神社)B15白糸の滝(3)眺望C1三保松原海浜に面した
南側のエリアが構成資産であり、水際線から50mの範囲につい
ては、海岸法により保護されている。北側エリアは緩衝地帯とし
て保護されている。2保全管理の基本的な考え方各構成資産の保
存計画の策定状況については、本推薦書の7.資料、e)参考文
献、3)保存管理計画書に示すとおりである。特に山梨県・静岡
県教育委員会は、文化庁及び関係各市町村の教育委員会との十分
な調整の下に『「富士山」包括的保存管理計画』を策定し、資産
の全体を視野に入れた総括的な保存管理を行っている。包括的保
存管理計画に定めた基本方針に基づき、管理団体で

279 底名無し沼さん 2017/12/09(土) 15:44:49 ID:
理が行われている。21表富士山の美術(1)日本古来の伝統様
式によるもの(国宝重要文化財)指定所在作品名形式時代(年代
)説明東京国立博物館聖徳太子絵伝屏風1069現在最古の富士
山。聖徳太子が馬で富士山を越える物語の状景。神奈川清浄光寺
外一遍聖絵絵巻1299一遍が全国遍歴の途中、富士川に入水す
る往生者を見送る背後に富士山。兵庫・真光寺遊

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